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誰に対しても優しい人

優しい人と言われて思い浮かぶ人は誰でしょうか。自分に優しくしてくれた人が思い浮かんだのではないでしょうか。無償の愛を注いでくれた家族でしょうか。人生の道標となってくれた先生でしょうか。

私が思い浮かべる優しい人は、誰に対しても優しくて、人に気を遣うことができて、よく気が利いて、みんなから慕われていて、いつかこういう人になりたいと心から思える人です。小さな頃からその人を目標としています。

ですが、その人の葬儀の際、過去に親交の深かった方々が話していたその人の印象は、自分が感じていた印象とだいぶ違っていました。「いつも自分勝手で、仕事人間だったから家を留守にすることが多かったよね」、「これだけは何をいっても曲げない頑固者だったな」、「厳しい人だったよね」、「昔こんなことがあってさ…」など、思わず「え、そうなの?」と思ってしまうエピソードがたくさんありました。

人間である以上、自分自身の人生を生きるので精一杯です。誰に対しても優しく接することはとても難しいことなんだと思った瞬間です。ですが、それでも自分にとっては、誰に対しても優しい人に見えていたことは事実だと思っています。

そう思えたのは、その人と自分の間に一定の距離があったからだと思っています。距離が近くて自分のことがよく見えすぎる場合には、きっと優しく接されることは少なかったでしょうし、他の人に優しくできない面も見えてしまったかもしれません。

優しい人と言われて思い浮かんだ人は、何かしら一定の距離があった人ではないでしょうか。遠くに暮らすおじいちゃん、おばあちゃん、学校の先生、メンター、推しの人など、立場上自分とは一定の距離のあった人だと思います。

裏返すと、距離が近い人にはなかなか優しくなれないとも捉えられます。このことは、優しい人になりたいと思う人にとって、常に意識しなければならないことだと思います。

人に優しくなることは、相手の全てを受け入れるとかそういうことではなく、意識的に一定の距離感を保つことができる人だと思います。ときには厳しいことを言うことも優しさです。誰にでも優しい人とは、どんな人とでも近すぎず遠すぎない一定の距離感を保てる人でしょう。

自分に不都合なことがあると攻撃されたような気がしてしまう、相手を受け入れると負けたような気がしてしまう、その他様々な感情が生まれて、人に優しくできない自分に気がついたら、相手に近づきすぎていると思い、意識的に距離を置いてみることが大切です。イライラしてしまったり、うまくいかないことがあっても、いったん一人になって目を瞑ったり優しい音楽を聴いたりするだけで、徐々に自分の視野が広がっていきます。一度心を落ち着けて広い視野で物事を捉えると、少なくとも前の自分よりは、余裕を持った寛容な自分になることができると思います。

今は空から見ていてくれているであろう、小さな頃から目標としている人に少しでも近づけるよう、うまく自分を遠ざけながら、誰に対しても優しくなれるように、日々を過ごしていきたいと思います。

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