生きる意味#5-2

生きる意味#4望まれない児童会長)で振り返った記憶。
幼年期の中で、わたしの人生を最も強く方向づけたであろう、あの記憶についてまとめるため、メモワール分析として綴っているシリーズの2回目。

1回目では、児童会長という分不相応な任務から、なぜ逃げなかったのか?その理由について分析した。

改めて振り返ってみると面白い。
AD.HD.LDを持つ児童だったボクが逃げなかった理由は、諦めようとしていた自分の人生に対して「諦めたくない」「挑戦したい」という、遺伝子からのメッセージだったと考えられる。

今となっても、そのメッセージは、確かにわたしの中にコダマしていると感じる。

いや、もしかしたら逆なのかもしれない。
思考のリュックをぶちまけることに成功した今のわたしであるから、そのメッセージを受け取ることが出来て、だとしたら、あの時のボクだってそのメッセージを受け取っていたに違いないと思えたのかもしれない。

まぁ、どちらでもいい。
どちらにしても、「諦めたくない」「挑戦していたい」というメッセージは、わたしが生を受けた瞬間に、遠く祖先から、さらに遠く宇宙から、与えられていたに違いない。

でなければ、大脳皮質がカラッポであったはずの誕生時に、呼吸をすることや、糧を要求することが出来るはずもなく、歩行などの能力獲得への挑戦も行えたはずがないのだから。

前置きが長くなったが、今回は、挑戦の次に必要とされるものについて。
それは努力の継続。

挑戦というものは、その大半が失敗することが前提だ。
でなければ、それは挑戦ではなく、行動計画と呼ぶべきだろう。

目標に対して挑戦することは、失敗を糧にしながら努力をし続ける事ということなんだろうと思う。

そんな中で、AD.HDを持っていたボクが、忍耐強く努力を続けられた要因は何だったのか?

今回はそこに注目して分析してみたい。

モチベーションとエネルギー

児童会長をやってみようと決断した時、ボクには不安しかなかった。
「とにかくK先生に言われたとおりにやってみよう」

まずは、ほとんど理解できなかった勉強。
K先生は、まずは算数をやろうと言って下さった。
小1の算数ドリル。
3ページ分がざらばん紙1枚にコピーされていて、K先生は月~木の間、ボクに補習を行って下さった。

K先生のすごいところは、ボクだけを対象にしたのではなく、他にも算数に遅れが出ている児童を数人見つけて、一緒に行って下さったところだった。

K先生は30~40分の補習の間、付きっ切りというわけではなかったが、定期的に教室をのぞいて、質問に答えて下さった。

ボクはウソのようにスラスラと問題を解いて、1学期で5年間分の算数ドリルを制覇した。

勉強が途端に面白くなった。
今までなぜわからなかったのかが、不思議なくらいだった。

『勉強が出来ない!』ということに強い劣等感を持っていたボクにとって、算数が出来るようになったことは、心に大きな余裕を与えてくれた。

やもすると、有頂天になって、あたりかまわず自慢したいような衝動もあったように思い出すが、それは、児童会長ならそれくらいできて当たり前だろう?と思われるという気持ちが抑えてくれていたように思う。

逆に言えば「もっと、褒めて欲しい!」という気持ちを抑えつけていた!とも言えるだろう。

努力を継続できた理由のひとつには、「勉強が出来ない!」というハードルを飛び越えた成功体験が、次のやる気を呼び寄せていたというものがあると思う。

そしてこれは、K先生の「粋なはからい(教育技術)」によるものが大きく、小6のタイミングでK先生に出会えたことが、何よりもの幸運だったと言えると思う。

しかし、そもそも、児童会長を自信を持って務めきれるようになるために勉強を克服するべく努力をしたのであって、それ自体が目的なのではなかった。

児童会長として初めての大役は6月にあった春の運動会だった。
ボクはとにかく、K先生の指示通りに、出来る限り失敗しないように、緊張でガチガチになりながら、努めて平静を装いつつ、肥満体を揺らしながら走り回っていたような記憶しかない。

その時のボクの心を支配していたのは「バカにされたくない」という思いだったと思う。

その思いの根っこにあるのはやはり「生きる価値の追求」という大切な命題を「価値のない人間は生きる価値もない!」と間違って受け取ってしまったことから発展していると言えよう。

バカにされるような人間は生きていてはいけない
その時のボクは、そんなバカげた価値観に雁字搦(がんじがら)めにされていたと見える。

こんな話は、本当にバカげている。
そもそも、その時のボクをバカにする人間がいたとして、その人間が正しい人間だと言えるだろうか?
そんなことは言えはしない。

それは例え、お釈迦様だろうと、イエス様だろうと、孔子先生であろうと、藤樹先生であろうと、尊徳先生であろうと、言えるはずがない。
人は誰もみな、失敗を乗り越えてこそ、ここにあるからだ。

立派な人に近づけば近づくほど、人を馬鹿にしたりなど決してしない。
それは、自分がどれほど愚かであったか、そして今もなお愚かであるに違いない、ということを、人並み以上に承知しておられるからだ。

バカにする人ほどバカである!というのは、その意味でゆるぎない事実であろう。

少し話が横道にそれてしまったが、ボクが努力を続けることが出来たもう一つの理由は「バカにされたくない」=「バカにされたら生きてはいられない」=「バカにされる=死刑宣告」という追い込まれていたからこその「必死のモガキ」だったと見える。


モチベーション①
成功体験による自信と次の成功体験への希求

モチベーション②
死ぬほどに追い詰められたことによるモガキ

小6のボクが、突如努力の児童となって、周囲の大人の目を丸くさせた、その努力のガソリンは、上の二つだといえよう。

だが、どちらが大きいか?
また、どちらが先か?
と、問われれば、②の圧倒的勝利だろう。

そして、このモチベーション②とは、昨今しばしば耳にする「承認欲求」の源泉だと考える。

メモワール分析③では、承認欲求とモチベーション②との関係と、承認欲求がもたらす未来について、小6のボクの記憶と共にまとめてみたい。

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