お酒を飲むのが格好良くないと思う理由

いつからか、お酒を飲むことがあんまり好きじゃなくなった。それは、「お酒」が嫌いになったんじゃなくて、「飲む場」が苦手になったんだと思う。じゃあなんで「飲む場」が嫌いになったのかと「お酒を飲みにゆく」があんまり格好良くないなと思う理由についてのお話をしようと思う

(とは言いつつも、私もたまにお酒は飲んで、楽しくなったりしているのですが、そうゆうちょっと「いつもと違う自分」にも違和感が感じるから、自分のためにもやめようかなというお話です)

ここで「お酒を飲む場」というのは、ある程度その場にいる人は飲むことを目的としていて、ある程度酔っ払らい、それを許容することを想定している場合をさします


1お酒を飲む場は、ナチュラルじゃない気がする

お酒を飲む場って、少し日常と脱線していたりしませんか?(これは個人的にあまりお酒を飲まないとゆうのもあるけれど)

いつもとは違うコミュニケーションだったり、いつもとは違う話をしていたり、なんだか「少しだけテンションが上がった状態」みたいな場である気がするのです。

そしてその「少しだけテンションの上がったコミュニケーション」がちょっと苦手だったりもします。そんなに自分は上がっていなかったり、そもそもテンションを上げることを求められてしまったり。

加えて、一番違和感を感じるのは「お酒を飲んでいるときと飲んでいない時とで性格などがちょっと違うこと」だったりします。私自身もこれは少しなるので、飲んだ後に少し後悔する違和感があるのです。


2お酒を飲んで「素直」になったり「発散」しているのは、普段が充実できていない証拠なのでは?

そして、良くお酒を飲んでいるときは素直にコミュニケーションが取れるとか、ストレス発散になると言いますが、それはなんだか、向きあうべきことから目をそらしているようにしか思えなかったりします。

もちろん、本当にどうしようもない時もあるかもしれないけれど、多分、向き合うべきはお酒じゃなくて他のところのような気もするのです。実際、ストレスはお酒を飲んだ時よりも、一日山に登った時の方が発散されます。あくまで個人の場合ですが。

だからこそ、「これを向き合おう」みたいなものをすり替えてしまうようなところがあるのかもしれないなと思うのです。そうゆう怖さを感じます。


3いっぽうで、酔わない程度にリラックスできる飲む場はもっと増えて欲しい

上記をお話しましたが、「割と飲んで割と酔う場」に対する、ちょっとした苦手意識があるだけで、「リラックスできるところ」は好きだったりします。例えば、夜にのんびりお茶ができるところだとか。

そんなふうに、素面のまま、丁寧に人とお話ができるところとか、リラックスできる時間を使うことに格好よさだったり、居心地の良さだったり、「自分が自分として自然な感じ」がしてきたりします。

そんなふうにして、「お酒」って私もとても好きなものだったんだけれど、「飲んで楽しくなる」よりも「いつも通りにリラックスする」方が価値が高くなってきているお話でした

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