アメリカのキューバ保護国化の経緯

問題

難易度: ★★★★☆
アメリカ合衆国がキューバを事実上保護国化するまでの経緯について,60字以内で説明せよ。

配点: 4点 オリジナル

採点基準

・米西戦争後にスペインがキューバの独立を認めたことに触れていれば +2点
・プラット条項をキューバに認めさせたことに触れていれば +2点

解説

センター試験レベルの勉強で留まっている受験生にとっては太刀打ちしにくい一問。米西戦争もプラット条項も教科書レベルの用語だが、当時のアメリカの帝国主義政策と絡めて理解しておかないと答えることが難しい。

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米西戦争とは

この戦争はキューバ市民による宗主国スペインに対する独立運動が契機となっておきた戦争でした。この時代、ラテンアメリカの旧スペイン領の多くがすでに独立しており、キューバ・プエルトリコだけがまだ独立を果たせていない領土でした。

アメリカはキューバを自分たちの経済圏に組みいこもうと画策し、キューバ市民らは反スペイン独立運動を支援したため、アメリカとスペイン間の戦争へと発展しました。

結果として、アメリカの勝利におわり、キューバは独立に成功し、アメリカはプエルトリコ・フィリピン・グアムを領有することに成功しました。

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アメリカのカリブ海政策

プエルトリコを獲得したアメリカは、その隣のキューバも欲しかったが、あくまでキューバの独立を支援した形で米西戦争を始めたので、他の方法でキューバを支配する方法を考えます。それがキューバ憲法の中に「アメリカが内政干渉権を持つこと」を組み入れることでした。

セオドア=ローズヴェルトはキューバに対して、上記欲求を含むプラット条項を押し付け、それをキューバに認めさせました。これによりキューバは爺津上、アメリカの保護国となりました。むりやり支配したため、やはりこれも棍棒外交の一策と言えるでしょう。

解答例

米西戦争後、スペインはキューバの独立を認めた。その後アメリカはプラット条項をキューバに認めさせ、保護国とした。(55)

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