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いとうせいこう『MESS/AGE』(1989)

アルバム情報

アーティスト: いとうせいこう
リリース日: 1989(月日不明)
レーベル: Astro Nation(日本)
「50年の邦楽ベスト100」における順位は76位でした。

メンバーの感想

The End End

 ブレイクビーツの組み方がシンプルだけどとてもスマートで、扱っているサンプル自体はオーセンティックなのだけどかなりモダンに聴こえる。サンプリングミュージックの気持ちよさの核を持っているビートだと思った。ラップミュージックにおける『風街ろまん』みたいに思っていいんですかね…?完全に母音と子音の組み合わせで成り立っている日本語でのラップはどうしても韻が硬くなるのだけど、それだからこその面白さ、心地よさに溢れた作品だと思う。
 80年代の作品、デジタルレコーディングが普及してクリアな音像が追求される流れもあるのだけど、その裏でこういう、ずっとヒスノイズが乗っている音楽も成長していくのが面白い。

桜子

 ビットワールドのおじさん凄い人でワロタ!番組を見てたあの頃の私に教えてあげたいですね!
 ピアノの鍵盤弾いて作ってないHIP HOPの感じが来たなと感じました。
 こないだ聴いた佐野元春のアルバムはポップス畑の人が作るヒップホップって感じで、こっちはヒップホップが好きな人が作ったそれだと感じました。
 コード進行とか、そういう脳みそで作ってなくてヒップホップとして聴きやすかった。

俊介

 ラップ黎明期にひたすら暗中模索してるかんじがいい。
 黎明期の傑作だけど、令和にきいても歌い方というか、ライムの上でのアクセントの置き方がすごい独特で、そこから生まれる素っ頓狂さみたいなのがこの盤を名盤たらしめる所以だと思う。
 中学生の頃、にわかに流行りだしたフリースタイルダンジョンの審査員の一人がいとうせいこうで、他のストリート的な出で立ちの審査員の中であきらかに浮いてたから、友達と一緒に邪魔なおっさん扱いしてたけど、たとえヒップホップの先駆者だときかされて、mess/ageを聞かされても当時の僕らは納得しないだろう。

湘南ギャル

こういうのってシーンが成熟してから出るもんじゃないの!?日本語ラップの祖、という噂を聞いていたので、どんなシンプルな作品だろうと身構えていた。身構えていたところにこれである。ちょっと先進的すぎる。イケすぎ。
ヒップホップに限らず、サンプリングが上手な人が好きだ。いろんな場所から集めてきたはずの音たちが、まるで同郷の同世代かのように振る舞う作品が大好きだ。そういうことで私はJ Dillaとかavalanchesが好きなんだけど、いとうせいこうもこの系譜の人間だと感じた。バラバラだった音たちはいとうせいこう印を押され、一つの同じ雰囲気をまとって出力されていく。そして、いとうせいこうのラップがそいつらをまとめあげる。J Dillaより前にこんな作品があったなんて、まだちょっと信じられない。

しろみけさん

 全然ガチ。いとうせいこうが日本語ラップのパイオニアであることは知っていた。しかし、その作品が単なる歴史的な資料ではなく、オルタナティブな試みを存分に盛り込んだ“ガチ”のアルバムだったのには驚いた。ライミングの固さはあるけども、現在発表されたら間違いなく“エクスペリメンタル”とか“アブストラクト”なヒップホップとして扱われているのでは。「Theme OF Astro Nation Instrument」や「エッ・アッ・オー」、「Astro Groove Instrument」(元ネタはサンラー!!)などのインタールードからも、アルバム全体のコンセプトを重視するいとうの意図が伝わってくる。ECDやキミドリ、はたまたDos Monosと、非ヘッズの自分が好きな日本語ラップの源流がここにあった。

談合坂

 まだ今のように自由に編集しまくることができないからこそ生まれるサンプリングの生々しさみたいなものが感じられてすごくいい。
 今日の確立された日本語ラップを聴いているからこそそう言えるだけかもしれないけど、国内に大きなシーンなんて形成されてないような時にこんなに迷いのないものが作れてしまうものなのかと畏れを抱く。

 ビットワールドの住人がまさか日本の音楽文化に大きすぎる影響を与えていた、と知ったのは大学に入ってからだった。ただフルアルバムを聴いたことは無く、今回初めて聴いた、単純にかっこいいトラックに自分のナラティブと最近の思いを洒脱に、時に泥臭く重ねていくラップミュージックの日本における第一人者としての実力をまじまじに見せつけているアルバムだ。ジャケットの土星?のイメージは楽曲にも表れていて、二曲目のインストトラック「Theme of Astro Nation」なんかは奇妙な交信音と左右にパンニングされたSEが宇宙的な奇妙さを持ったニューエイジとも形容でき、ラップだけではなくトラックメイカーとしても高水準だったと分かる。同時に「マイク一本」みたいな裸一貫のラップで自信をレペゼンする曲も収録されていて、フリースタイルダンジョンに出てきたDOTAMAや漢GAMIらの源流なんだなと数年越しの答え合わせが出来たよう。

みせざき

 情報を知るまではそこまでヒップホップという印象を感じさせなかったほど、色々なジャンルのテープをマッシュアップして創造するサウンド、例えが正しいか分からないがJ dillaのアルバムのように聴こえた。ヒップホップとしてだとアルバムというよりはミックステープのような、自由奔放にトライしまくっている過程を観るような作品に感じた。あとバラエティとかで観る印象だからかも知れないが、声にどちらかというと軽いコミカルな印象を強く感じた。正直好みの声では無いかもしれないが、この作品には絶対この声がフィットして成り立っていると思う。

和田はるくに

 これがサンプリングミュージックですか。
 と言うのは冗談で、これまで出てきた作品は生演奏だな、という感じだが、この作品はループや何か元ネタがありそうなフレーズがサンプリングっぽく繰り返されることが気になる。だけど一番気になるのが「これ、割とちゃんと演奏してない?」ということ。
 要するに、このアルバム用にサンプリング風のフレーズをちゃんと録って、それらを組み合わせたり、それを元に生演奏を加えているように聞こえる。なんでだ?
 もう一点気になるのがラップ長の歌唱なのにあんまり韻を踏まれていないので気持ちよく感じないこと。いとうせいこうさんがどういう経歴を辿ってこの作品を作ったのかは知らないけど、あまり作詞ばたけにいなかったのかしら。

渡田

 今回のアルバムの魅力の本質は、音楽としての魅力とは少し別のところにあると思う。
 どの曲もイントロが印象的。といっても、曲のその後の展開が楽しみになるという意味とは少し違う。例えばテーマパークの入り口で流れている音楽のような、一つの曲として意識せず聴かずとも、ふと耳に入ってくるうちにその時の自分の心情を彩ってくれるような魅力があった。
 一曲一曲はじっくり聴き込む間もないほど短いものばかりだし、声色も決して洗練されている訳ではない。楽器の演奏を楽しむというものでもなさそう。
 映画館や遊園地とかで聞き覚えのある、奇妙でよく響く特徴的な音と、それらの音による工夫されたフレーズこそ、このアルバムの魅力の正体だと思う。
 こういった魅力は、音楽の技術というより演出の技術に裏付けられているように感じる。そういう点では、いとうせいこうが音楽シーン以外でも活動しているのも納得させられる。

次回予告

次回は、ザ・タイマーズ『THE TIMERS』を扱います。

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