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井上陽水『氷の世界』(1973)

アルバム情報

アーティスト: 井上陽水
リリース日: 1973/12/1
レーベル: ポリドール(日本)
「50年の邦楽ベスト100」における順位は51位でした。

メンバーの感想

The End End

 「あかずの踏切り」がとても好き。もちろん「氷の世界」も。ちょっとニューウェイヴ的なムードを感じて、この音が1973年の日本で鳴っていたなんて信じられない…
 自分の前にあるのが「あかずの踏切り」だとわかっていても、“僕”は踏切りが開くのを待っていることしかできない——そんな閉塞感は、「HOSONO HOUSE」や「頭脳警察セカンド」などとも共通するこの時代の通奏低音だったのかな、などと考えながら聴いていた。この歌がミリオンを達成してしまうんだから、本当にそうだったのかも。いや、とっても良いアルバムだけど暗いから…この音がミリオンだなんて(好ましいという意味で)信じられない。

桜子

 人を傷つけたいな~♪って歌詞、名フレーズだとは思うし大好きだし、共感できるな~とか思っていたんですけど、良く考えたら意味分からない歌詞だな~!人傷つけて良い事ないし!いやでも、歌詞ってそういう事だと思う!意味なんて聴く人次第だし、インパクトの方が大切だし!

俊介

 国内で初ミリオン達成したのがこのアルバムってことに驚き。そこそこ一曲目からなかなかアバンギャルド。そこにいい塩梅でフォークが入ってくるので気持ちがいいです。
 全編通して詩が冷たくて、孤独と不安、悲しみ、みたいな捉え方によってはネガティブな感情をスムースに歌ってくれるのは、高度経済成長期に合わせて享楽的な歌謡曲が増えた時代には新鮮に聴こえるのかと思った。
 その冷たい詩が訴求力を持って、日本中に受け入れられたことによって本当に氷の「世界」が完成したようにも思える。
 企画を通して思ったのは、70年あたりの音楽ってすごい詞が抒情的ですよね。そこらへんの時代の電車内の写真をみると乗客みんなくわえタバコしながら新聞か本を読んでいるので、そこそこ難解で解釈の余地がある詩に抵抗を持たない土壌があったのかしら。

湘南ギャル

 私はPUFFYの「渚にまとわるエトセトラ」が大好きだ。特に、あの歌詞の良さと言ったら信じられない。(そういや、ミューマガの100曲ベストにはPUFFYが入っていない。昭和アイドル勢も軒並み外されている。選考基準が透けて見えて少し嫌な気持ちになる。)
 PUFFYの歌詞から、井上陽水はセンス抜群なおちゃらけおじさん、というイメージしかなかった。だから氷の世界を聞いて驚いた。あまりに真摯すぎる。自分が本当に信じている事を、大きな声を出して主張することは、体力も気力も削がれる。信念を否定されることや誰からも見向きされないことへの恐怖に、一人で立ち向かわなくてはいけないからだ。しかし、井上陽水はこのアルバムで、それを全曲に渡って行っている。恐ろしい気概と覚悟だ。曲調の話をすると、ファンクらしい曲が目立つ。ファンクの名盤といえば70年代に固まっている印象があるから、このアルバムはその影響を受けて80年くらいに作られたのかしらなどと思っていると、なんと73年の作品である。この男、あらゆるものにアンテナをはっている。もう恐ろしくて、おちゃらけおじさんなどとは呼べない。

しろみけさん

 真ん中にいる。記名性が高いと言えるほど特徴的なサウンドやメロディだとは思えないものの、陽水の声で陽水の詩を載せれば間違いなく陽水でしかなくなる。アップテンポなファンクナンバー(「氷の世界」は明確にスティービー・ワンダー「迷信」から来てるのだろうなと実感した)からバラードまで、実に幅広いタイプの曲がごった煮になっている本作。それでも散らかることなく聞かせることのできるこのアルバムが飛ぶように売れたのは納得だし、そのごった煮性を含めてJ-Popの嚆矢になった一作。

談合坂

 井上陽水に馴染みがあるわけでもなく、なんなら「氷の世界」まで知っている曲がなかったのに、聴き始めた途端(若い井上陽水だ…!)という感想になって面白かった。典型的なアプローチとは離れていそうなのに揺らぎが全然なくて、歌謡曲的な確かさだとかポップスとしての強度だとかをめちゃくちゃに持っているように思う。
「待ちぼうけ」のギターの作り方が好きです。

 聞きやすい。すごい。クセの代表格だと勝手に認識していた。「あかずの踏切り」。コーラスとギターリフとメロディーが綺麗に重なる。昔のジャニーズの曲だと言われても疑わない。「帰れない二人」。流麗なピアノと幾重にも重なったコーラスが幻想的。なるほどどこかピンと張り詰めた気配がある。カップルが別れる前の緊張。少し手を放したら全てが消えてしまいそうな緊張。氷の世界だ。それにしてもめちゃくちゃ売れていたのは本当なのか。わかるような、わからないような。

毎句八屯

 すぐリリース年に何があったか調べた。日本初のLP100万枚売り上げという前知識をもっていたからだ。アルバムの半数は暗い曲という中で大記録を打ち立てたことが信じられなかった。そこまでネガティブに共感できる年であったのか。当時日本は、オイルショックの高騰の最中であった。
しかし、よく考えてみると、最終的に前を向けるアルバムにも感じる。氷の世界で何も信じられない冷め切った世の中を皮肉った後、「白い一日」「自己嫌悪」「心もよう」とバッドエンドを連想させる曲が続く。しかしリスナーのズタズタに荒んでしまったであろう心は「Fun」で少し洗われる。つづく「小春おばさん」は一見暗い曲に見えるものの、絶対におばさんに逢いに行くという決意ともとれる。そして、身におこった災いを落ち着かせるように「おかえり」では「もう終わったのに」と語りかける。こういった希望を持たせるような流れが当時の疲弊した人々の気持ち掴むことになったのだろうか。意図的に計算高く作られていたとしたら、私はこのアルバムを好きではない。

みせざき

 井上陽水の、一聴するだけで分かる、透き通るようなはっきりとした声と、それを軽快にサポートするバッキングのコンビネーションがとてもマッチしていました。以前Youtubeでスガシカオと「氷の世界」をデュエットしている映像を見たことがありましたが、ブラックミュージックに影響を受けた、軽快で気持ちよくかつ描写をうまく描くようなスガシカオの歌詞と音楽は井上陽水の影響が強いのだと改めて感じました。アコースティックナンバーから軽快な曲まで曲のバリエーションも多いですが、嘆きの色が強い歌が多いのも、商業的に成功した作品としては意外性を感じました。

和田はるくに

 今の陽水を知っていると歌い方にびっくりするが、「桜三月散歩道」のポエムリーディングパートに前兆を見つけることができて安心した。
イントロ3曲のスルッと感が何回聞いてもおもろい。「まちぼうけ」のアウトロが好き。

渡田

 白状すると井上陽水は少年時代しか聴いたことありません…
 声も音も「ハンサムボーイ」の雰囲気とは別質で驚いた。知らずに聴いたら井上陽水とは思わなかったはず。アルバムの感想としては、様々なジャンルの音が聴けたことがシンプルに楽しかった。どの曲も個性的、それでいてステレオタイプのフォークソングやロックの約束事から少しズレた音を含んでいて、そこが少しポストパンクらしくも感じた。
 日本レコード史上初の100万枚売上と聞くが、確かに70年代にこのアルバムが出たら新しい音で楽しいと思う。

次回予告

次回は、吉田美奈子『扉の冬』を扱います。

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#アルバムレビュー
#井上陽水


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