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『欠片』

コトン、何かが落ちた音がする。毎度、何か違うものが、落ちている気がする。
けれどそんなのどうでも良くて、家を出る。駅に向かって電車に乗る。
今日は何処まで行こうか。何も考えず、遠くの知らない場所へ。

いつもそうだ。何もかもどうでも良くなって、みんな所詮他人。親ですら関心がない。だからいいんだこれで。
財布とスマホと充電器、いつもそれだけ持って行ける所までいく。
知らない土地で写真を撮って、景色を眺めて、気がむくまでそこにいる。
たまに泊まったりもする。
そして家に帰ってくる。
その繰り返し、案外楽しいもんだ。

ある日いつものように、家を出ると、
白いワンピースを着て、小さなバックを持った幼なじみがいた。
『また学校サボりかい?今度こそ退学になるよ?』
「そんなのどうだっていい。誰も関心なんてないさ。」
『君はいつもそうだよね。朝からどこへ行くんだい?』
「さぁ?」
『私もご一緒してよろしいかしら』
「なんで」
『君が毎日何をしているのか、気になるの。当然じゃない?』
「当然かは知らないけど、君を満足させられるかは分からないぞ。」
『いいんだよ。私は、いや、僕は君と居たいんだ。』
「珍しいな。元に戻すなんて」
『君の前でならいいと思ったからさ。』
「あっそう。」
そのまま彼女の横を通り過ぎ駅へ向かう。
『勝手について行かせてもらうよ』
そんな言葉を無視し、また歩く。
『ねぇ、いつも駅に向かうのかい?』
「そうだよ」
『行きたいところでも?』
「ない」
『じゃあどうして?』
「別になんだっていいだろ」
『教えてくれたっていいじゃないか。』
「勝手に着いてくると言ったのは君だろ、俺は了承してない」
『でもノーはいっていない。』
「あっそ」
そうしていると駅に着く。
昨日よりは遠いとこの駅の切符を買って、改札を抜ける。
『で、どこに行くの?』
「だから、。はぁ。何処でも。ここよりもっと遠いとこ。」
『へぇ〜。どうして?』
彼女はこうなると答えを聞くまで問いかけてくる。
面倒だから答える。
「いつも、行ける所まで行くんだよ。ここより遠くて、俺を知らない人がいるとこ。毎日行くから、毎日昨日より遠いとこに行く。そこで写真を撮って気の向くまま。それだけ。」
『ほぉ。それは楽しそうじゃないか!
今日から僕も混ぜてくれ』
「はぁ?冗談じゃない。1人だからいいんだよ。」
『いいじゃあないか。僕が行きたいと言うんだ、僕の勝手さ。』
「、、、好きにすれば」
『そうともさ、好きにするよ。』
そうこうしてると電車が来る。俺たちは無言で電車に乗る。
カタン、コトン
俺はこの音が好きだ、この時間は人が少ないから、世界で1人だけのような気分になって、特にこの空間と時間が好きだ。
今日は少し違うけれど。
隣を見る。相も変わらず笑顔で外を眺めている。
俺も無言で外を眺める。
昨日降りた駅を通り過ぎ、2、3駅後に降りる。
今日の買った切符ではここが最後らしい。
電車をおりて改札をくぐる。
随分と田舎だ。
『綺麗じゃないか、あそこからこんなに離れると、また違ったものが見れるのだな!いいじゃないか。君は素敵だよ。こんなことを毎日してるなんて、お得だ!』
そんな大袈裟に叫んだ後くるりと舞う。スカートがひらりと回って、まるでその世界に消えてしまいそうなほど綺麗だった。思わず写真を撮る。
『で、何をするんだい?』
撮られたことに気づいてないのか問いかけてくる。
「だから、気の向くままに過ごす。写真撮ったり歩いてみたり、」
『いいねぇ。僕はついて行くよ』 
俺はいつも通り気ままに歩いて、写真を撮って、休んだり、する。
その後ろを楽しそうに着いてくる。
俺たちが出会ったのも、こんな感じだった。

幼い頃、俺が1人でいるところに声をかけてきた。
誰もが最初こそ声をかけて来るけれど関心を示さない俺に興味も失せて去っていく。
けれど彼女は違った。俺がやることすること全てに着いてきて話しかけてくるのだ。鬱陶しいことこの上ない。俺は一人でいるのが好きだ。
親は共働き、俺は自立が早く手のかからない。だから放置なんて当たり前。俺も一人でいたかったから、ちょうど良かった。
のに彼女と出会って、1人の緩やかな日常は激変した。
1人にしてくれなくなった。何をするにも着いてくるわ、連れてかれるわ。行きたくもない学校に強制的に引っ張られるわ、俺がサボってると一緒にサボりに来るわ。何がしたいのかさっぱり。
とにかく、俺を1人きりにはしてくれなかった。
そのくせたまに空気を読んで1人きりにしてくれる。
ほんとに何がしたいのか分からないそんなやつ。

俺は橘 慎哉たちばな しんや
人が寄り付かない理由もちゃんとある。
Xジェンダーであり無性。つまり性別がない。
彼女もそうだ。
彼女の名は北原 凜音きたはら りんね。これでりんねと読む。
Xジェンダーの中性だ。男性でも女性でもない真ん中だ。
彼女もよく一人でいる。
だからなのか、俺によく構ってくる。
別に俺も気にしてはいないし、
互いに一緒にいて心地いい。のも確か。


そんな過去にふけっていると小さな寺に着いた。ついでだから参っていこう。そう思い門を潜る。
『古風な感じでいいなぁ。僕はこういうの好きだ』
「ふーん」
そう言いながら俺たちはお賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らした後、手を合わせお辞儀をし、願い事をする。
数分後、互いにまたお辞儀をし、御籤を引きに行く。
『君は何を願ったんだい?』
「そういうの言ったら叶わないらしいぞ」
『おっと、それは困る。なら聞かないでおこう』
ちなみに御籤は中吉。彼女は大吉だと嬉しがっていた。
「中吉とか微妙かよ」
『ぉぉぉぉ大吉じゃないか!すごいぞ!初めてだ!』
こんなふうに。
それぞれくじを結び、また門を潜る。
そしたらちょうど夕方だ、そろそろ帰るか、と駅に足を向ける。
『なるほど。なるほど。この時間帯に帰るのだな??』
「いやそれも気まぐれ。泊まる日もある」
『ほほぅ。いいでは無いか!楽しいなぁこれは!』
鳥の鳴き声がする。そろそろ桜が咲く頃だ。
そこからは互いに無言で家に帰った。

そしてまた朝が来る。親は俺が寝ている間に帰ってきて、また出かけたようだ。

朝、俺はまた何かを落とした気がしたが無視し、ドアを開ける。玄関から出ると、笑顔で彼女が待っていた。そして、俺の後を着いてくる。
昨日より遠くへ、無言の電車内。少しの会話。
そんな日が毎日続いた。

桜が満開になった頃、俺はいつも通りに家を出る。もちろん彼女も一緒だ。
「飽きないのかよ。君は。」
『飽きないさ、むしろこちらの方が楽しい!学校なんてつまらないしね。』
「いいのかよ、こんなにサボってて」
『君が言うかい?どうせ義務教育だ、問題ない。』
「あっそ。俺はどの道これを辞める気は無い。」
『気が向くままに、をかい?』
「あぁ。」
『なら僕も、気の向くままについて行くさ。』
駅に向かいきっぷを買う。
どうやら今日は終点まで行けるらしい。
『おぉー、ついに終点か!いいねぇ。どんな景色が見えるのだろうか』
「さあな。」
改札潜り電車に乗る。都会から田舎へ、そんな風景を2人して無言で眺める。
【次は、終点。終着駅です。】
そんなアナウンスが流れる、それに従い俺たちは降りる。
改札を抜けると、ふわっと風が吹き、桜が舞う。
彼女はそれに合わせ、舞う。きらりと光って少し眩しい。白いスカートに桜が舞い、彼女に寄り添う。一際笑顔になりまた、くるりと回る。それに合わせて風も吹きまた桜が彼女を包む。
あまりにも幻想的で、綺麗なそれに目を奪われ、思わず連射していた。
『そんなにとってどうする気だい?』
そんな言葉を無視し、桜並木を歩く。
『無視かい?酷いなぁ。さっきの僕綺麗だっただろう?』
「そうだな。綺麗だった」
するりと出てきた言葉に俺は驚く。
そして彼女も。
『何だい、今日はやけに素直だな。』
「桜のせいかもな。」
『あぁ、たしかに。満開だ。』
一緒に写真を撮り、景色をとり、撮って、撮られて。
彼女の笑顔に微笑んで。
そうして、ベンチのある場所へ辿り着く。
そのまわりは桜でいっぱいで。現実かと目を疑うほどだった。
そこに2人して座る。そして桜を眺める。
「君は、春のような、桜みたいな人だ。」
『どうしたんだい?突然』
「気の向くままに話しただけさ」
『そうかい。なら僕も。
君は、素敵な、綺麗な世界を持っているよ。
けれど、たくさんの落し物をした。』
「落し物?」
『そうさ、欠片という名の落し物。』
「はぁ?」
『はい、これ』
そう差し出されたのは、金平糖のようなもの。
『これは、君がいつの間にか落としてしまった欠片。
探しても何処にもなくていつしか諦めてしまった欠片。
気付かないふりして、忘れたフリした欠片。』
『ねぇ、これ、忘れ物。
ちゃんと届けたよ。』
そう言って、君は届けてくれた。
落とした俺の欠片を。
『君が落としても、僕は何度でも、君の欠片を拾うよ。だから君も。僕の欠片を拾ってね。』

その欠片の名は『愛』『辛さ』そんなたくさんの感情の名前だった。
欠片の中には、喉の奥に声が詰まって、音にならない。そんな叫びが沢山あった。
言葉にならない其れは音にする前に風に攫われてしまうから、何時しか其れを言葉にしようとは思わなくなったモノ。
ただ、一言、それだけなのに、それを言葉にする方法を忘れてしまったモノ。
伸ばした手は空を切った。そんなもの達

「どうして君が?」
『君が拾ってくれと、届けてくれと願ったんじゃないか。』
「ど、ういうこと?、」

『忘れたのかい?あの約束を。』
途端、突風が吹く、俺たちは風に、桜の花弁に包まれる。

あれは、桜が満開になったあの日。
『ねぇ、君、1人なのかい?僕も1人でね、一緒にいてもいいかい?』
「好きにすれば。」
『ならば好きにしよう。』
『ここで何を?』
「桜を眺めてた。」
『どうして?』
「単に、気が向いたから。気の向くままに過ごしたいんだよ、俺は。」
『へぇ、素敵じゃないか。僕も一緒に君と居よう。これから先ずっと。』
「なんで」
『気の向くままに、さ。』
「あっそ」
『なんだか浮かないね。』
「俺は、きっとたくさんの欠片を落としてきてる。これから先も落とすと思う。」
『欠片?』
「うん。感情とか、愛とか、そういう欠片」
『そんなのがあるのかい?』
「見えるんだよ、そういうの。きみは、沢山持ってるね、綺麗だよ。」
『へぇ〜。そっかァそれは嬉しい』
「けど、何個か落としてきてるみたいだね。」
『確かに、僕は何か足りない。』
「ねぇ、君にお願いがある。」
『なんだい?』
「何となく君なら大丈夫だと、安心できる。それに居心地がいい。だから君にしか頼めないことだ。」
「俺が、落とした欠片たちをこの一年後、俺に拾って、届けて欲しい。その変わり、君が落としたものを俺が拾って届けるから。」
『いいよ。それ楽しそうだ。けれど、僕には見えないよ?』
「見えるよ。みんな、見ない振り、気付かないふりしてるだけ、忘れてるフリしてるだけ、ホントは、ちゃんとそこにある。心って名前の自分が。」
『あ、見えた。うん。そうだ、そうだった。僕は。僕だよね。』
『あはは。君のおかげ、僕は僕を見つけた。思い出した。』
「俺はこのことをきっと忘れる。だから覚えていて。」
『わかった。覚えていよう。約束だ。必ず忘れないでいること、君の落とした欠片を拾って、君に届ける』
「頼んだよ。約束」


風が吹きやむ、桜が舞い散る。
『思い出したかい?』
「あぁ、思い出したよ。
ありがとう。拾って届けてくれて、覚えていてくれて」
『約束だからな。当たり前さ。忘れたりなんかしない、この先もずっと。君のことも、君の心も。』
『僕は君に沢山掬われた。その恩返しさ。』 
「そうかい?俺は君に掬われた。あぁ、そうだな、俺も君を忘れない。君のことも、君の心も。」
2人は微笑む。
そしてまた風が吹く。2人を包む。
季節は巡る。また春が来る。
そっと2人はつぶやく
『慎哉。愛してる』
「凜音。愛してる。」

PartA
視界が晴れた時、そこには誰も、いなかった。
桜に攫われた。
彼らの願い事、それは
互いに欠片を集め終えた時、2人だけの世界に逝こう。
それだけだ。
僕らは既に亡くなっている。だけれど欠片を落としてしまったせいで、生きているのとおなじ状態になった。だから互いに欠片を集めようと決めた。
だけれど、長い間そうしていると自分が死んだことすら忘れてしまう。
欠片は、感情、心、後悔。
そして今、2人は集め終え、思い出した。
だからこそ、桜が攫ったのだ、2人だけの世界に連れてくために。

PartB
視界が晴れた時、そこに、彼はいなかった。
彼は幽霊だった。
昔から人に見えないものが見える僕は、彼の姿が見えている。小さい子は見えるけれど、親に急かされその場を去る。
僕には親がいなかったから、彼とずっと話していられた。
彼は欠片を落としてる間は、人間として生きていられるらしい。だから、わざと、ゆっくり、ゆっくり、欠片を回収したんだ。
慎哉とずっと一緒にいたくて。
ねぇ知ってる?りんねって言葉。
人は輪廻するんだって。
僕の名前が凜音なのはきっと偶然じゃない。運命なんだよ。
だから、少しだけ待ってて、そっちに行ったらまたたくさん話そう?気の向くままに。
そして、2人で、素敵な世界に輪廻転生しよう。そして歳をとって幸せになろう。
ね、約束。
また風が吹く。
好きにすれば
そう言ってる気がした。


PartC
視界が晴れた時、そこに、彼女はいなかった。
彼女は、既に死んでいる。
小学6年の頃、事故でなくなった。
昔から、人の欠片、心や感情後悔が色や形になって見える俺は、幽霊になった彼女を見つけた。
あの約束を果たさない限り輪廻転生できない、なんて言うもんだから。手伝ってやった。あの時は約束なんて覚えてなかったけど。
君が落とした欠片を拾いながら、彼女も俺の欠片を拾ってた。最初は俺のなんて知らなかったけど。
君は言ったね。人は輪廻に、また、転生すると。
俺はその言葉を信じてるから。
俺はまだ気の向くままに生きるよ。
少しだけ待ってて欲しい。
お前の言葉信じてるから。
2人でまた、輪廻転生しよう。お互い歳をとるまで今度こそ一緒に過ごそう。
約束だ。
風が吹く。
いいねぇ、それ!
そう言ってる気がした。

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