見出し画像

読書ノート:「メガスレット」~迫りくる世界的危機に備えよう

 2023年夏、息も苦しい蒸し暑さの中、日米の不思議な株高を目にしています。おそらく長引くFRBの利上げと高金利維持、出口の見えない日本の金融緩和と永遠の円安。。。個人投資家として息をつめて見守る毎日の経済ニュース。。。こんなときは読書で未来の巨大危機(メガスレット)に備えたいですね。本書は、ダボス会議などでリーマンショックを予言したアメリカの経済学者ヌリエル・ルービニ(Nouriel Roubini, 1958~)ニューヨーク大学教授の著作”Megathreats”(2022)の翻訳書(村井章子氏訳、日本経済新聞社)です。ルービニ博士は、リーマンショックを予言し、金融・経済危機についての警告をたびたび発して、「破滅博士」とも呼ばれているそうで、本書ではコロナ感染症蔓延の真っただ中、10の世界的危機を論じ、最後に世界の悲劇的と楽観的なシナリオを提示しています。本書の内容で特に興味深かった点を中心にレビューしてみます。

迫りくる10の世界的大脅威

 本書は3部構成で、第1部「債務、人口、政策」では、積みあがる債務、誤った政策、人口の時限爆弾、過剰債務の罠とバブル、大スタグフレーションの5つの脅威を、第2部「金融、貿易、地政学、テクノロジー、環境」では、通貨暴落と金融の不安定化、グローバル化、人工知能、米中新冷戦、気候変動の5つの脅威について説明しています。第1部と第2部の区別について「はじめに」のところでも、途中でも言及されていませんが、前者は一国の国内で対処できる問題、後者は国際協力が解決のために不可避であるような問題と言えそうです。第1部1章から第2部6章まではは経済学者として、破滅博士として本領を発揮した議論で、MMTと違い、まだ引き当てられていない今後の社会保障のための負債を含めて、政府債務のかつてない積み上がりに強い警告を発しています。これはインフレ、住宅や暗号資産などのバブルを現実に生み出しているだけでなく、巨額の対外債務を抱える多くの新興国に耐えられない物価高、通貨の値下がりと金利の高騰、最終的にデフォルトの可能性を高めているからです。MMTのいうように、先進国はインフレに苦しんでも自国通貨を発行できるので、さすがにデフォルトはありませんが、その国民や企業がバブルに踊り、無理な負債と高額の利子を抱えているのは明らかです(日本も都会の住宅はもうバブルじゃないでしょうか)。このバブルがどのように破綻するかは、著者も「予測できない」としていますが、史上最悪のソブリン債務危機と付随するショック(株価や住宅価格の暴落、企業の倒産、新興国のデフォルト)が近々来ると予言しています。しかも「次に起こる債務危機はこれまでとは桁外れの規模」(p. 37)だそうです。
 この危機は、そもそも重要な政策や企業活動を、返済不可能な借金で賄おうとする誤った政策(財政規律の欠落)、企業個人の誤り(「身の丈に合わない負債」)から生じたものです。ルービニ教授が考える治療法は救済、債務再編、インフレ、資産税、金融抑圧、緊縮、経済成長の七つで、経済成長以外のどれもが「労働者にも投資家にも大打撃を与える」ものです。第一部の5つのリスクは人口減少に関する諸問題(少子化、移民問題、格差、世代間不平等)も含めて金融・財政に関わるもので人為的に起こされた危機ですが、その意味では痛みを伴っても対処法はあるとしています。
 本書が分析している大危機のなかで、読者を戦慄させるのは人工知能の発展と気候変動です。このテーマではたくさんの書籍やネット情報がありますが、本書はそのような情報とは一線を画します。著者が経済学者ですから、この二つがどれくらいの経済的被害を与えるか、克服する提案についてどれくらいのコストがかかるのか、を詳しく論じています。これまでの科学技術の進歩と異なる人工知能の最大のリスクは「雇用の喪失」で、ブルーカラーだけでなく、ホワイトカラーのほとんど、医師やエンジニアに至るまで広範囲にAIが彼らの仕事の代替が可能であり、その進歩が人間の生存を脅かすようになると考えています。広く知られているようにシンギュラリティの時代が訪れたら「コンピュータが自ら学ぶ意思を獲得し、人間の指図なしに猛スピードで学習するようになったら、知性の爆発が起こる」(p. 257)。ここまで来たら人間の経済的ダメージを議論することはもう無意味ですよね。AI革命により高度なスキルを持たない人は「いずれAIによって賃金水準を押し下げられ、無用とみなされるようになる」(p. 259)。格差は開く程度では終わらず、「(AIによる)今回の革命は終末を告げるもののように見えてならない。AIの進化は人間の生活をまったく想像もつかないほどに変えてしまう」(p. 264)ので、最後に経済的予測や真の解決法は述べられていません。
 AIの次の9章米中新冷戦は毎日テレビで取り上げられるものと変わりません。世界的分断はますます進み、経済的な影響は膨大なものとなると予測していますが、最後のリスク、気候変動、に比べたら、まだ政治によって対策が講じられるかもわかりません。それよりも世界の分断は、気候変動という人類最大の危機についてグローバルな協調が不可欠であるにもかかわらず、それを不可能にする可能性があるということです。ルービニ教授は、ナショナリズムや安易なポピュリズムと相まって欧米で頻繁に起きている移民排斥運動も、経済的には移民の貢献のほうが大きいにも関わらず、職を奪われる、賃金が低下するなどの理由で根強い市民感情を反映しており、先進国からの新興国への資本移動(経済援助)が行われず、利己的な利上げが新興国の経済をますます圧迫し、世界の分断を大きくし、協調をますます困難にしていくだろうと予測しています。ウクライナ戦争や中東の緊迫は、今後私たちが経験する大分断の氷山の一角に過ぎないかもわかりません。

メガスレットは回避できるか?

 本書の第3部「悲劇は避けられるか」の最後の2章は、著者が想定する「悲観的シナリオ」と「楽観的シナリオ」を述べています。悲観的なシナリオでは、本書で見た巨大債務が「構造的」で世界のシステムと文化に深く根ざしたものであると説きます。現在の最下層の人々の自殺が増える一方、豊かな人間は富を独占し続けます。不平等の克服が平和的な再分配によって成功したことは歴史上一度もない、という歴史家ウォルター・シャイデルの研究を紹介しています。歴史的に移民が多くの恩恵をもたらしたという証明は、アメリカが移民なしには繁栄できなかったという事実を理解するだけで十分なのに、移民排斥の流れは止まりません。そして、先進国でもミレニアル世代は経済的な打撃を受け、借金をして一獲千金を夢見ます(ビットコインはシットコインとして切り捨てています)。今のインフレは一過性ではなく、今後10年のうちに債務不履行の大混乱が起こり、大スタグフレーションは避けられそうにないという予測です。分断化は先進国と新興国のあいだだけではなく、先進国内でも社会の不安定状態をすでに起こしており、ソーシャルメディアによる混乱やAIの進歩がいずれ人間の仕事を消滅させ、セーフティーネットの重しとなると書いています。地球温暖化についてもひたすら暗い予測と、それに対する希望的改善策について経済学的視点からコストの概算を示しています。
 最後に著者は「破滅博士」のあだ名を返上して、少しだけ希望的な解決策を述べています。それは悲観的シナリオの反対なのですが、とくに経済発展(先進国で5~6%の経済発展を長期間続けられること)と(特に温室効果ガスを出さず、エネルギーを安価に生み出す)イノベーションが起こり、よいデフレが容認されます。しかしどんな明るいシナリオでも、世界の緊張は高まり、国・地域や社会集団に勝ち組と負け組が出ることは避けられず、多くの修正主義国家がアメリカ(や民主主義先進国)に対抗し、消費者は一層弱くなり、希望の仕事でなくてもなんとかありつけるでしょう。気候変動も緩和されるが、解消はしません。これが著者の望みうる最善のシナリオだそうです。

感想

 私たち平凡な市民は、巨大債務と破綻、世界の分断、AI進化の暴走、止められない地球温暖化の前に無力感を味わずにはいられません。本書で取り上げられた10のメガスレットの背後にあるのは、モラルハザードではないでしょうか。返す(償還する)つもりのない政府の債務が金余りを作り、インフレで自国民を苦しめ、金利を勝手に上げて途上国を債務危機に追い込む、またはポピュリズムや右傾化を世界中で起こさせて、権威主義の国々に対抗する連帯を作らせてしまう、巨大IT企業が利益を上げるために高度なAIをどんどん開発し、自国の労働者の仕事を奪い、不満を募らせる世論が移民や異なる意見を排除しようとする。地球規模で協力が必要な温暖化問題でも先進国や企業は利益のために分裂を深めて、途上国の当然の権利を奪う。すべてではなくてもかなりの部分で政府や中央銀行、企業や市民の規律やモラル、利他の精神、長期的幸福に関する視野の欠如を示していると感じます。
 私たちはまず自分がこのような世界でなんとか生き残るために、資産を作り、守っていくこと、そのために近未来の大きなリスクを素直に学ぶことから始めなくてはなりません。本書からデフレにも良いデフレと悪いデフレがあり、現代人が良いデフレやローフレーションを選択すべき必要性を学びました。今後も世界はますます深い分断に落ち込み、格差を拡大し、私たちは手に負えない物価高に直面していくでしょう。少なくとも私たち普通の市民は、身の丈に合わない負債という愚だけは決して犯してはならないと思いました。さらに、私たちは、弱く貧しい国や人々から搾取するためのグローバル化に反対しつつ、外国人労働者がもたらす異文化に心を開き、誰にもフェアな待遇を提供して、ともにこの国で幸せに生きていくすべを育てていくべきです。個人としてリスクに備える一方、身近な活動で将来の世代のために、よりよいコミュニティー作りに貢献したいと考えました。
 最後に余談ですが、本書の題「メガスレット」は翻訳したものに変えたほうがよくないでしょうか?「メガスレット」からどれくらいの人が迫りくる世界規模の経済危機を予測されるでしょうか?内容が広く読まれるべき素晴らしい議論を含んでいるので、痛切にそう思いました。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?