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『BANANA FISH』-恋愛と友情の境界線|REING Library vol.5


📕REING Library

REINGから皆さんへ、本の贈り物です。

小説だったり、ノンフィクションだったり…ジェンダーに関するものだけでなく、背中を押してくれた本、辛い時寄り添ってくれた言葉などなど、毎月1〜2冊、REINGのメンバーがお気に入りの本をピックアップします。

REINGが主催するコミュニティの中でも、「ジェンダーについて知りたいけど何から始めたらいいかわからない」「アカデミックな本はたくさんあるけど、どんな本を読むのが自分に合うのかわからない」という声を聞きます。

REINGを運営する私たちも日々学びながらジェンダーイシューに取り組んでいるところです。わたしたちに影響を与えた本をシェアすることで、みなさんと二人三脚で一緒に歩んでいくヒントを見つけることができたなら…そんな思いを込めて本を紹介していきます。

本って、わたしたちの世界を少しだけ広げてくれたりする。

ぜひ、わたしたちの頭の中を覗きに来てください🌷


📕今月の本📕
『BANANA FISH』 吉田秋生

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友情と、恋愛の違いってなんだろう。

例えばわたしは、現時点ではヘテロセクシュアル(異性愛者)だと自認している。でももし、日本において同性婚が認められたとすれば、家族をつくる、子供を育てる為のパートナーとして同性を選ぶことも多いにあり得るだろう。

愛の「あり方」、そしてその「描き方」という大きなテーマを考える上で、吉田秋生先生の『BANANA FISH』はわたしにとって大切な作品の一つ。

今回紹介する『BANANA FISH』は1980年代のNYを舞台に、「バナナフィッシュ」というキーワードを巡って繰り広げられるストリートギャングとマフィアの抗争、そしてIQ180を超える頭脳を持つ少年・アッシュと日本人青年・英二の絆を描く長編の漫画作品だ。

女性キャラが極めて少なく、男同士のホモソーシャルが描かれており、作中では小児性愛者やその被害者、また同性愛者など多様なジェンダー・セクシュアリティを持つキャラクターが登場する。

本作品は性描写という観点において、性暴力と性被害が比較的誠実に描かれているように感じられる。

アッシュは同性愛者かつ小児性愛者による性暴力の被害者として、男性でありながらも中性的な存在として表現されている。男たちが彼のことを「お姫さま」と揶揄するシーンは大変興味深い。性被害者として受け身の彼を、「女」として扱っているのである。

また、彼のボスは同性愛者なのだが、ボスからアッシュへ向けられた歪んだ激しい執着心はかなり複雑で、恋愛感情や性的視線とはまた異なる人間の心理状況がリアルで面白い。それゆえに本作品のサブテーマとして「同性愛」を挙げることもできるだろう。


ファンの間では主人公アッシュと英二の関係性について、「BLなのか、それともブロマンス*なのか」という議論が絶えないようだ。

*Bromance(ブロマンス)とは、brother(兄弟)とromance(ロマンス)を掛け合わせた造語で、男性同士の強い連帯感で結ばれた間柄のことを指し、性的な意味合いはなく、あくまでも友情や信頼をもとにした絆で結ばれた関係性を表す。

<BLだと思う人の意見>

本来BL作品でなくてもそう受け取られて仕方ないと思う。登場人物に女性が極端に少ない。別にストーリーの進行に差し支え無いだろうし、もっと女性が登場した方が良いとも思わないけど、登場人物の性別に極端な片寄りがあり性的描写もあるんだから色眼鏡で見られて当然と思う。

<ブロマンスだと思う人の意見>

アッシュも英二もお互いをキスしたい、セック●したいって思う対象ではないんだから、完全にBLじゃないだろ。大好きな大切な友人がいたとして、他人からそれはBLとか言われたら普通ムカつかない?
明らかに恋人のloveでは無いと思うんだけど…。意見にもあったけど親しみの方のloveに感じた


引用元掲示板:掲示板KUSAREISM【もはや禁句?】未だ続くBANANA FISHはBLじゃない論争まとめ


私はこういう議論を眺めながら、ふと考える。

性的な描写があるから、強く結ばれた関係は「恋愛」と呼ばれるのだろうか。性的な関係なしに恋愛感情は成り立たないのだろうか。性的描写のあるなしが、BLかブロマンスなのかを結論づけるのはなぜだろうか、と。

確かに英二はアッシュへの手紙の中で、「君はぼくの最高の友達だ」と記している(19巻)。しかし、アッシュが英二に対してどう思っていたかについて、作中では明記されていない。

わたしはアッシュと英二の関係性をブロマンス(定義は定かではないのだが)だと言い切ることはしたくない。

友情と恋愛の境目は、国境のようにはっきりと区切られているわけではないとわたしは感じているからだ。「愛」とはグラデーションであり、ブロマンスの延長線上に恋愛感情があることは否定できないのでは、と思う。

親友だった異性愛者の2人がいつの間にか付き合っていた、というような経験を思い起こせば、それを他のあらゆるセクシュアリティ・関係性に当てはめることは理にかなっていると言えるだろう。

(これに関し、原作者の吉田秋生は、映画『真夜中のカーボーイ』(1969年)を原点とし、『私の描くものには男性同士の関係がでてくるときには肉体関係は絶対でてこない』とインタビューの中で言い切っている。事実、『BANANA FISH』の中で、主人公アッシュと英二の間の性的関係は描かれていない。)

ネット上では二人の関係性を「友情を超えた強い絆」と言い表している感想が多く見られたが、なぜ、同性同士の関係になるとやたらとそのような表現になるのか。男と女が二人で歩いているとカップルだとみなされるような社会で、もしアッシュと英二が男と女だったら、どのような感想が見られたのだろうか。

読了後に、リアルな社会問題に繋がるたくさんのif(=もしも)が浮かぶこともこの作品の魅力の一つだ。


(吉田秋生 / 小学館 )


Recommender: Ai O'Higgins

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Writer: Ai O'Higgins
Editor: Yuri Abo

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