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長編小説【記憶の石】

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14歳の、終わりから。 ※フィクションです。
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2023年4月の記事一覧

【記憶の石】16

【記憶の石】16

 私は頭が悪い。とにかく頭が悪いことがコンプレックスだったのだけれど、高校のスクールカウンセラーには『でも、この高校に入れたのってすんごいことなんだよ。』と諭され、ちゃんといい大学にも入れてしまい、そして不本意ながら大学院にまで進んでしまったものだから、私は頭が悪い側の人間として生きていくことが許されなくなってしまった。進路を決めたのはもちろん自分だけれど、考える力がないから、次に進む学校がある限

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【記憶の石】15

【記憶の石】15

 身分証としてパスポートを提示し、コピーを取られて返却されてから、久子は自分の名前を失った。つい数分前までは、『久子さん、』としっかり名前を呼ばれていたのに、この切り替えのスピード、そして違和感の無さに、もうこの世界に足を踏み入れたら最後、元の人間には戻れないのかもしれないし、あるいは本名を取り戻すのも一瞬なのかもしれないと2パターンの想像をしてみた。
 オフィス街の駅に、スーツを着た中年の男、あ

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【記憶の石】14

【記憶の石】14

 私は一度身体を重ねただけで消えてしまう男に執着しても幸せにはなれないということを覚えた。最初のあの1人への凄まじい執着心、あの絶望を乗り越え、何度かそれと似た、けれどもそれと比べたらもっともっと小さな喪失経験をいくらか経て、諦めが早くなった。それは私の大きな成長だったはずだ。ネットで誰かと出会い、そして当然の流れで肉体関係を持ち、今度こそ末長い関係を築きたいと意気込んでもそれからすぐにメールが返

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