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チョコレートクッキーの味

 クッキーが五枚入った包装容器に、吸い終わった電子タバコの吸い殻を一本ずつ溜めていく。時間の経過と共に吸い殻がどんどん増えていって、そういう自堕落の権化みたいなものが完成すると、この部屋がまた一段階、怠惰に落ちたような気がして何故だか少しほっとする。
 明日の予定を断った。きっと楽しい自分を演じてお喋りできないと思ったから。
 何もしたくない。
 溜まった食器洗いもしたくはないし、散らかったテーブルの上には触りたくもない。ただソファに寝そべって、日が落ちるのを待っていたい。
 最近調子が良くない。医者には良くなるまで外に出るなと言われているけれど、わたしは毎日外出して、同僚と笑いながら喋ったり、落ちていたゴミを拾ったりして、そうこうしていると頭はふとした拍子に混乱するので、急いで薬を飲む。そして眠くなる。帰宅すると泥のように眠った。毎日がそれの繰り返し。
 今日は家にいる日。そう思っていたのに、ふと気を抜けばマイナンバーカードの電子証明書を取りに出張所まで行こうかなどと考えている。やっぱり少し頭がおかしいのかもしれない。それでも結局動けないままで、吸い終わったタバコの棒だけが菓子の空き容器に増えていく。
 どうしてこんなに調子が悪いのかと自分に問うてみても、うん、なんとなく、としか答えられない。医者の言うように外出を控えて、ヘルプで行っているアルバイトも断って、友人との遊びも辞退して、家でじっとしていれば良くなるのかもしれないけれど、もう既にちょっと狂った頭では医者の言うこともまともに聞き入れられなかった。
 クリスマスイヴは夫とデートをした。昼からとびきりのおしゃれをして出掛けて行って、セルフフォトスタジオで二人で写真を撮り、わたしの好きな古着屋でかわいいコートを買ってもらった。その後は家具屋に寄って、今月クローズした古着屋から買い取ってそのままリビングに放置しているヴィンテージの壁掛け鏡のスタンドになるような椅子を、二人で探した。
 帰り道、本当はホールケーキが欲しかったけれど売り切れで買えず、小さなショートケーキと、西友で大量のフライドチキンを買って帰った。家で二人でテレビを見ながら、クリスマスらしいものを食べた。昼に撮った写真を共有して、笑い合いながらSNSに投稿し、いいねが付くたびに虚しい気持ちになったので薬を飲んでそのまま眠った。寂しかった。
 そんな調子で、わたしは頭の調子があまり良くない。何故かと言われれば、なんでだろうね。
 明日の予定を断った。わたしはマイナンバーカードの電子証明書の発行に行くかもしれない。そんなことを考えながらタバコを吸う。マスカットの味がするらしいけれど、吸いすぎてわたしにはもうよくわからない。呼吸をしている。
 年末まで予定はぽつぽつと入っている。大晦日もアルバイトで、元日の朝まで働く予定だ。夫はわたしとは違う場所で働いて、わたしの仕事が終わったら迎えに行くよと言う。わたしは来なくていいよ、と言う。夫は、それが毎年の恒例じゃないと言う。そうだっけ、とわたしは思う。
 また一年が終わるけれど、来年になったら何かすてきなことが起こるだろうか。今年あったことを考える。すてきなことしかなかったなと思う。だからわたしは、一続きになった十二月三十一日から一月一日までを生きていける。
 元旦に帰ったら、きっと今回は何も正月らしいものは作れそうにないから、スーパーで何か松前漬けとかいくらとかを買って、一緒に食べようと思う。
 今年が終わる。わたしはクリスマスプレゼントに買ってもらったかわいいピンクのコートを着て、早く夫と出掛けたい。
 わたしは元気がなくても、生きています。
 タバコの溜まった容器を見て、ごめんなさい、と言うわたしは生きています。

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