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あなたの名前

 わたしのお腹の中の赤ちゃんへ。
 今日はママの冒険の話を書きます。あなたはまだ丸い球体の中でくるくると回って大きくなろうと頑張っていますね。あなたは今年の冬には産まれてきます。会えるのを楽しみに、ママも日々生きています。
 今日はあなたのパパの誕生日です。ママはケーキを作ろうと思い立ち材料を近くのスーパーに買いに行くことにしました。
 季節は春です。ママはこの季節が大好きです。緑は太陽の光にきらきらと輝き、花たちがぱっと咲き始めます。今日もよく晴れて暖かい日でした。道を見れば小さなすみれの花が風にそよいでいます。そのけなげな姿を見てママも頑張ろうと励まされました。
 穏やかな春の空気に深呼吸をしながら歩きます。この気持ちのいい風があなたにも届きますように。公園には小さな子どもたちがかわいらしい声をあげて走り回っていて、そんな光景にママも元気をもらいます。ママはお腹をさすりながら言います。あなたと公園で遊ぶ日が待ち遠しいよと。
 ふと前を見るとスーツ姿の男性が紙を片手にあたりをきょろきょろと見回していました。道にでも迷ったのかな、ママは声をかけてみました。男性はこの近くのお家に行こうとしていてやはり道がわからなくなってしまったようでした。男性の持っていた地図を見ると大体の位置がわかったので、ママはこの先を右に曲がってまっすぐ行って、と道順を教えてあげました。男性はそれを聞いてほっとした様子でお礼を言いました。その時の笑顔が眩しくって、ママはいいことをしたなと自分で自分を褒めてあげました。あなたも困っている人がいたら助けてあげられる人になってくださいね。
 歩いていると次第に暑くなってきました。ママはふうふう言いながらゆっくり歩いて行きます。あなたがびっくりしないようにね。真正面から照らす光は白く光っていて道端の木の葉は輝いています。世界はとても美しいよ。気持ちの良いあなたとのお散歩にママも自然と笑顔になります。
 スーパーにつきました。今日はパパの好きなチーズケーキを焼こうと思います。ママのチーズケーキは絶品です。少なくともあなたのパパはそう言います。早くあなたにも食べさせてあげたいな。ママは他にも様々な種類のケーキが作れるので、あなたがチーズケーキよりも苺のケーキが好きでも大丈夫ですよ。ご心配なく。
 買い物を済ませてお店を出るとさっきまであんなに晴れていた空は曇っていました。今にも雨が降り出しそう。ママは急いで帰ることにしました。
 少し早足で歩いていると、ぽつっと頬に何かがあたりました。ああやっぱり、雨が降ってきました。早く帰らないと大変。あなたが風邪を引いてしまいます。しかし雨はどんどん強くなり、仕方なくママは近くにあった雑貨屋さんの店先で雨宿りをさせてもらうことにしました。
 空を見上げます。大粒の雨がぱらぱらと降ってきます。ママは帰ってケーキを作らなければならないのに。途方に暮れていました。すると雑貨屋さんから出てきた中学生くらいの女の子がママに話しかけてきました。傘がないんですか、と。ママが事情を説明すると女の子はうむと頷き、方面が同じだから一緒に帰りませんかと持っていた傘を広げました。ママはとても助かりました。女の子の家は我が家のすぐ近くだということでした。
 ママは買い物袋を手に、女の子と一緒に帰りました。歩いている間、彼女と少しお話をしました。女の子は今日はお父さんの誕生日でバースデーカードを買いに来たのだと言ってさっき買ったかわいいカードを見せてくれました。偶然ね今日はわたしの夫も誕生日なのとママが言うと女の子はふふと笑いました。
 結局女の子はママを家まで送ってくれました。ママはお礼を言って女の子と別れました。立ち去る後ろ姿を見つめながらママはなぜだか少し不思議な気持ちになりました。
 ママはこれからパパのためにケーキを作ります。窓の外では春の雨がしとしとと降っています。今日は色々なことがありました。道の花に心を揺らして、人を助け、そして助けてもらいました。あなたもあの女の子のような優しい人になってね。
 日々には素晴らしいことが沢山あります。雨は降り、そしてやがてあがります。あなたには、雨つゆに濡れても輝く花のような人になってほしいな。あなたと会える日を楽しみにしています。どうか元気で産まれてきてね。それではまた。

ママより

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