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思い出話 その5

ひょんな事から映画製作のスタッフに加わった私は
夏の間彼らの滞在先におじゃまし、他のアニメーターさん達の見様見真似で作業をお手伝いする日が続きました。

一人はクレイアニメーションでアート活動をされている方、
もう一人はアンダーグラウンドの音楽シーン等で色々仕事をされている方で
二人ともそのご夫婦と共通の知り合いもたくさんいるようだったので
私一人だけ、異世界からポンとやってきたような場違いさはありましたが
彼らはそんな私を暖かく迎え入れてくれ
初めて足を踏み入れた自由な大人達の世界に私は毎日心をときめかせていました。

映画の主人公を演じていた方は、当時Demi Semi Quaverというバンドで
今までの自分の音楽の概念を覆すような歌い方をしているミュージシャンの方で
普段からそんな恰好をしているという、まるでフィメール・ドラァグクイーンの様なその奇抜な出で立ちも含め
私はすっかり彼女のファンにもなりました。

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自分の知らない音楽や映画の話、海外での生活や大人達のゴシップなど
彼らの話は当時18歳でパンクというダークで非常に偏ったジャンルに傾倒していた私にとって、新しい世界への扉を開けられたような衝撃でした。
会社に就職し、毎日規則通りの時間で働くという選択を取らずに
好きな格好をして、まるで遊びの延長のように自分の好きな事をして生活している大人達。
そして作業が終わり家に帰るために電車に乗れば
そこには一体何時間働いてきたのか、暗い色のスーツ姿で疲弊し眠りこけたサラリーマン達。

当時の私は美大に入る事だけが当座の目標で
この厳しい美大受験に勝ち残り自由に創作活動をしている美大生を、まるで神のように感じていました。
入学した後の事や、ましてや卒業後に自分が何をしていきたいのかなど想像もつかず
ただただ目先の目標だけに囚われていましたが
初めて、ぼんやりとした「自由な大人」への願望が私の中に生まれたのを、今でも覚えています。

今まで通っていたライブハウスでも出会えなかったタイプの人々。
閉鎖的なシーンから生まれるカルチャーというものは
凝縮され、不純なものが混ざらないからこそ面白く
例えばファッションのように、その表面だけを掬い取り「洗練」させたものに、私は今でもあまり魅力を感じません。
泥臭いものの中には、混じりけのない純粋なエネルギーがあり
例えば音楽を生で見る楽しさは、その「エネルギー」を直に体感することができるからです。
自分の好きなシーンにどっぷり漬かりながら生きるのも一つの選択ですが
私は一つのシーンに居続けるという事が今でも苦手で
何かを「決めて」しまうと、途端に窮屈さを感じてしまう。

特定のシーンにも馴染めず
どこにも居場所がない事をコンプレックスに感じ
自分がどうなりたいのか明確なビジョンが持てずにいた18歳の私に
新しいヒントを与えてくれたのは、この自由な大人達でした。
音楽は好きだけれど
自分は絵を描いたり、物を作ったりする事の方が断然好きだったので
バンドをやるビジョンも持てず
かと言って主流なアートシーンで活躍するアーティストを目指す自分も想像できなかった私が
初めてこの人達のように
特定のシーンに身を置かずに好きなシーンを好きなように動き回り
自由に自分を表現して生きていきたいというビジョンを持てたという出来事は
この映画製作に関われた事での一番の収穫だったのだと思います。

続く

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