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きのこのなぐさめ紹介② アミガサタケ/トガリアミガサタケPART2

きのこのなぐさめ

著者 ロン・リット・ウーン
訳者 枇谷玲子、中村冬美
出版社 みすず書房

前回の記事の続きです。

著者のロンさんの好きなきのこNO.1は、アミガサタケの1種、トガリアミガサタケだと前回の記事でご紹介しました。このきのこがどんな風に作中に登場するのかこの記事ではご紹介します。

【アミガサタケ/トガリアミガサタケはノルウェーではよくとれるの?】

 私はトガリアミガサタケを正直食べたことはありません。ノルウェーではトガリアミガサタケは簡単にとれるのでしょうか? 

 この本の『トガリアミタケ――きのこ王国のダイアモンド』という章では、

「オスロ地域愛好会のベテラン会員によれば、このきのこはめったに見つからないという」

と書かれています。また

「ある八十代の男性はきのこ採集の長いキャリアの中で、森でトガリアミダケを見つけたのは、たった三回だけと話す」
「きのこ愛好家の大半は、トガリアミガサタケを見つけたことはなく、ソーシャルメディアで他の人たちの発見に、いいねを押すことで満足してやり過ごしている」

ともあります。

【初めてトガリアミガサタケを見つけた驚きでムンクの叫びポース】

『ニューヨークでトガリアミガサ狩り』の166ページでは、きのこ狩りをはじめて数年した時に、きのこ仲間である友人Kに教えてもらいオスロのグリューネロッカ地区のある花壇でトガリアミガサタケを初めて見つけた時、驚きで思わず声を失い、ムンクの叫びのポーズをとったと書かれています。

また文化人類学者である作者は『ニューヨークでトガリアミガサタケ狩り』という章の158ページで、トガリアミガサタケの発見はきのこ愛好家の「通過儀礼」であり、この発見を機にきのこ愛好家たちの集うきのこ社交界デビューができると書いています。

トガリアミガサタケはノルウェーの食料品店で買うこともできるようですが、値段はかなり高いようです。『ニューヨークでトガリアミガサタケ狩り』の160ページでは乾燥させたものでも、トガリアミガサタケはノルウェーで1キロ4千クローネ(およそ5万円)と書かれています。

【トガリアミガサタケのレシピ】

この本の159ページにはニューヨーク・タイムズに載っていたという’Chicken la Tulipe’というレシピを実際に作った時の体験談やレシピも載っています。

また作者のブログでは、トガリアミガサタケを使ったパスタも紹介されています。

乾燥させたトガリアミガサタケについてもブログで紹介されています。

作者は長年連れ添ったノルウェー人の夫エイオロフを突然死で亡くします。

【亡くなった夫エイオロフさんの人柄】

BBCのラジオ・インタビューで作者はエイオロフさんはとても素晴らしい人物だったと語っています。本作の149ページ『人生の轍』では、エイオロフさんがごく親しい相手だけでなく、例えば職場の食堂のおばさんにも気さくに話しかけるような方だったと書かれています。エイオロフさんは友人、同志に寛大で、彼が亡くなった後、彼からこんなことをしてもらったよと感謝の言葉や思い出話をされる度、作者はいつも心が慰められました。

インタビューでは、エイオロフさんは動物や子どもたちにも好かれていたと語られています。『人生の轍』でもこう書かれていてとても感動的です。

「エイオロフは子どもたちと一緒に絵を描き、また彼らのために絵を描いてやるのが好きだった。価値ある作品を遺すと、亡くなった後もその人は作品とともに生き続ける。私はエイオロフについてのこれらの話を、美しいエメラルドみたいに大切にしまっておくのだ」(150ページ)

また作者はこうも書いています。

「女同士が集まると、夫は生贄のように悪く言われるものだが、幸い私は夫に感謝していた。同じく幸いなことに、そのことを彼に何度も伝えてきた。私が結婚生活で、でき損ないの妻でなく、私らしくいさせてもらえたことに感謝でき、自分でもほっとしていた」

【ノルウェー人と死】

死が人生の一部というよりは「一種の医療ミス」とみなされ、公的な場で死というものが影を潜めるノルウェーの社会では、死というのはごく個人的なものと見なされると本作の197ページに書かれています。他人の傷口に塩を塗るのを恐れる人たちは慰めの言葉があまりなくて、何もなかった振りをされたり、犬を飼ったらどうかとか、まだまだ若いから出会いがあるよといった善意からのアドバイスをしてくると書かれています。作者はそれらの言葉に救いを見出すことができなかったそうです。上のBBCのインタビューでもその旨のことをおっしゃっています。ただ作者自身も当時、友人や周りの人いどうしてほしいのか、どうしたら自分の悲しみが癒やされるのか分からなかったようです。

そんなロンさんを救ってくれたのが驚くことにきのこだったのです。

【トガリアミガサタケと癒やし】

ロンさんの悲しみは深いものでした。たとえば『天からのキス』の302ページではこう書かれています。

「実を言うと、私は夫婦が――若い夫妻でなく、熟年の夫妻が――並んで手をつなぎ、横を通り過ぎるのを、つい目で追ってしまうのだ」

BBCのインタビューでロンさんは『天からのキス』の304ページのエピソードも紹介しています。ロンさんは貸し農園で、エイオロフさんの命日の前の週、建築家だったエイオロフさんが設計した小さなテラスの花壇のそばにガーデン・ファニチャーを置き、朝食を食べている時に、花壇からトガリアミダケがふたつも生えているのに気づいて、胸がどくんと高鳴ったと書かれています。そして翌週の命日の日、再び花壇を見ると、何と三本目のトガリアミガサタケが生えていたのです。

ずっと悲しみに沈んでいた作者はその瞬間、エイオロフさんがサインを送っているような気がして、人生の歯車がようやく再び回りだすのを感じました。インタビューで最後におっしゃっているのはこの場面のことでしょう。ロンさんはトガリアミガサタケのことをこう書いています。

「トガリアミガサタケはすらっとして、尖っていて、いかにもトガリアミガサタケという風貌だった。他の人たちだったら、神様や他の高尚なスピリットに感謝していただろうけれど、私は空の上のエイオロフに温かな挨拶を送り、彼からの愛の印に感謝した」(305ページ)

このようにトガリアミガサタケは作者を悲しみの淵から救い出してくれたきのこの一つでした。

他にもマツタケやアンズタケ、ベニテングタケ、ミキイロウスタケ、ヤマドリタケ、フウセンタケなど様々なきのこがこの本では登場します。また他のきのこやこの本に書かれているノルウェーとマレーシアの看取り、死生観の違いやきのこの癒やし、グルーフ・ケア効果などについても次回以降、ご紹介していきますね。この本はノルウェーを代表する心理士Sissel Granからもとても評価されています。以下はSissel Granとの出版記念イベントの様子。

作者も日本での出版をとても楽しみにしてくれているようです。

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