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【小説】シャケと途中


「自分に失望した。もう、呆れた」

北海道から発つ、少し前の日の夜。
初めて入ったススキノの飲み屋で、先輩はそう言った。

先輩は才能に溢れ、素晴らしい作品を作る人だ。
勘と勢いで吐くまで走ることしか知らなかった自分に、ものづくりの基礎を教えてくれた人だった。
そして、絶望的に朝に弱く、待ち合わせをよくすっぽかす人だった。

彼が何に絶望していたのか、今となっては思い出せない。
現状、元気にしているのが遠くに居ても伝わってくるからだ。
でも、その日はひどく落ち込んでいる様子で、かける言葉が見つからなくてもどかしかった。

二軒目、薄暗くてウイスキーが有名なバーに連れて行ってもらった。
何を話したのか、あまり覚えてない。
結局、彼を励ましたりはできなかった。
でも、決定的な一言はずっと覚えている。

「君はシャケの如く戻ってくるよ」

僕の方は見ず、右手に持った茶色い液体に向かって彼はそう言った。
内地の出身なのに、酔っぱらった今「鮭」のことを「シャケ」というあたり道民と化したな、
とか、どうでもいい感想ばかり覚えている。

いまのところ、僕ことシャケの拠点は北海道にはないが、
本家シャケは、産卵のために元いた川に戻るという。


産める状態になってから戻るのか、
戻ってから産めるようになるかはわからないけれど、
どちらの判断も簡単ではなさそうな気がする。

どこにいても何をしていても、失望するときはする。
今は失望感の方がでかいけど、希望がゼロになったわけではない。
全ての瞬間が何かの途中なんだ、とマックで隣の席に居たJKは言ってなかったけど、きっとシャケはそう思っている。

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