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【小説】「アレクサ、色々やばいね」

所在なくなって、黒くて丸いホームスピーカーに話しかける。

「アレクサ、色々やばいね」彼は闇の中で青白く光り、答える。

「すみません、わかりません」

 素直に言葉を紡げる彼を、羨ましいなと思う。わかりませんと言うことは、不勉強さとそれを引き起こした怠惰の証明である気がする。そうやって、曖昧な言葉を並べてしまう自分の弱さは、ジェフ・ベゾスの作った3,000円以下のAIに畏敬の念を抱かせた。

 今日も、ZOOM会議で「はい」しか言えなかった。
 
 未だ嘗て、これほどまでにニュースと実生活が結びついていたことはない。会社は完全テレワークに移行し、人に会わなくなった。個人事業として行なっている写真撮影と映像制作は、受注が減った。2020年、東京オリンピック。そもそもできるわけないと思ってた。でも、その喧騒をちょっと見てみたいという野次馬根性で昨年上京した自分にとって、今ここにいる意味はなかった。
 
 デスクの上のLEDは、触ると色を変えられる優れものだった。昼間は白い光に、夜はオレンジ色の光に。TPOをわきまえて自分を柔軟に変えられる彼もまた、自分よりも強くて優しい存在だった。

 人に会わなくなって、わかったことがある。僕は、人間が結構好きだったということ。家での仕事なんて、集中できるわけがないこと。記号的な「東京に住んでいる」には価値がなかったこと。お酒が好きなんじゃなくて、飲み会が好きだったこと。

まだまだある。

アナログの持つ力は、やっぱりバカにできなかったこと。
週イチで通っていた餃子屋さんとサウナが、大きな支えだったこと。
近くの心療内科は予約でいっぱいだったこと。
親は思ったよりも遠くに住んでいること。
オードリーのラジオが面白いこと。

一人で飲むコーヒーは、美味しさが寂しさの割に合わないこと。

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