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瑠璃の部屋166

映画「SALT」(アンジェリーナ・ジョリー主演)は、観てない。
今後も、機材がないから見る予定もなし。
だから、昨日見つけた、記事を元に書く。

ちなみに、俺は映画に詳しいでもなく、
人の機微に敏感でもなく、
(むしろ、鈍いと言われる)。

では、何故に必要もなく、ここでのうのうと。
貴重な他人の時間まで奪って、記事を読んで頂くのか。

…「そうしろと、囁くのよ。私のゴーストが」(草薙素子)

論点は3つだ。

1.ソルトは過酷なスパイ養成訓練を幼少期から受けて育った点
2.偽装(?)結婚した相手は、昆虫の研究家だった点
3.ソルトの行動が不可解で、感情移入できないという論旨が目立つ点
   3.1 暗殺実行のために命懸けで脱走し、実行したものの、
   それは毒による仮死状態でありフェイクだった、何故か。
 3.2 暗殺実行のあと、自分を捉えようとしたCIAの同僚を、
   殺害できるのにしなかった、何故か。

1については、詳しく述べるまでもない。
 幼少期から顔に傷を受け、包帯を巻くような非人道的な訓練を受けてきたので、
 すっかり洗脳されて、任務を完遂するための道具に成り切っている。

2は、結構、重要な要素をはらんでいると思う。
 1を踏まえて考えると、そういう相手との日々の生活が、
 ソルトにとってどういう意味を持ったのか。
 それまで、非人道的な(殺しのライセンスみたいな)まま、思春期も過ぎ、
 偽装結婚 ここで偽装と書くのは便宜上の話で、当初の目的はともあれ、
 結果的には、通常の結婚生活を送っていたはず。
 ここで、ソルトの世界観が180度変わったと考えると、後の辻褄があう。
 どう変わったかというと。
 ・このままの生活を送りたい
 ・今までの考えは間違っていた。
その生活が、ソルトの全てになって。その象徴がマイク(主人)だった。

3.1 まず、何故、命懸けで暗殺を実行したか。
 実行しなければ、人質に取られたマイクが殺されるから。
 フェイクにしたのは、人殺しするとマイクとの生活が無になるから。
 ここは、論旨が飛躍してる気もするけど、知らんよ。

3.2 なぜ、自分を捉えようとする同僚(正しくは、ソルトはロシアのスパイで二重スパイなので、CIAの同僚は敵なのである)を殺害しなかったか。
 人殺しするとマイクとの生活が無になるから。

ここで、マイクとの生活が無になるとは、どういうことかを論じなければなるまい。

ここが、尺の問題からか、映画の中で伝えきれなかったため、
何がしたかったのかわからない。という論評になっている。

彼女にとって、マイクは。
新しく目覚めた自分の世界の象徴、自由の象徴、生きていくことの象徴であり、
言葉にすれば「全て」なのである。それを愛と呼ぶのかどうか、俺は知らない。
そして、行きがかり上、彼を巻き込んでしまうのだが。

生きてさえいてくれれば、良かった。

自分はスパイである。そして偽装結婚である。そのままの生活が共に送れるはずがない。

だから「彼がこの世に存在している」。
それが彼女の願いだ。

もしかしたら、歳を取って任務を解かれたら。探しに行けるかもしれない。
そこまで、あの騒動の中で考えもしないだろうが、脳ってのは裏で情報処理しているものだ。

それをだ、彼女の忠誠心を試すために、あっさりと殺される。
逃げも隠れもしていないのに、囚われていただけなのに、ただの昆虫博士なのに。

そりゃ、映画で言えば「キャリー」状態ですよ。
もう、組織ごと、ぶっ潰すですよ。

そこが、尺の関係か、アクションを重視したせいか、伝わらなかったから
「アクションを楽しむだけの映画として見ましょう」って言われる訳で。

俺も、肝心なことは言わないのに、余計なことを言うところがあって、
うまく、伝わらないなと思うことが多々ある。

世の人は我を何とも言わば言え。我が成す事は我のみぞ知る。(坂本 龍馬)

考えると、ちょっと寂しい言葉だよね。

うーん。「SALT」観てないんだ。アルハンブラ練習しよっと。







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