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野菜を綴り、マフィンを紡ぐ人。

doyoubiの店主
瀬谷薫子さんを訪ねて


1人暮らしをしていると、『隠し味』という概念が存在しないんですよ。言わずもがな、作るも食べるも動作主は己。

ウォーリーの格好をして、押し入れに隠れる。そろそろいいかな、と思ったら自ら押し入れから出てくる。まるで、1人静かにかくれんぼをするようなものです。もし、赤ボーダーのシャツとニット帽があれば来年くらいに試してみます。

とはいえ、食べる動作主が己でない場合(だいぶカッコつけておりますが、つまりは誰かが食べてくれるということです)であったとしても、れいちゃんには『隠し味』という概念は少々ハードルがお高いかもしれません。

「これね、○○が入ってるんだ~」

なんて、隠しきれない隠し味が隠れずに見え隠れしてしまいそうです。おむすびの具材で作る、海苔佃煮のアクセントとして柚子胡椒やワサビをアクセントで入れることがありますが、隠すどころか”こんな味作っちゃえるぜブイブイ”と言わんばかりに自分から言ってしまいます。

何ともお恥ずかしい。隠し味という概念はれいちゃんの前では1人暮らしなど関係なしに消滅してしまうのでした。ちゃんちゃん。

惜しくもれいちゃんの前では消滅してしまう、隠す側としての”隠し味概念”。ですが、隠される側であれば、話は変わってきそうです。これは、不思議なご縁が紡いでくれた、とある”隠し味”に思わず衝撃を受けた際のお話です。

◯doyoubiマフィンの隠し味。さつまいも×塩×玉ねぎ×コリアンダー=?

週末ともなれば、どうしたって賑わう秋晴れの鎌倉。しかし、鶴岡八幡宮の喧騒を横目に宝戒寺方面に通りを1本挟むと、意外にも長閑な道なり。Googleマップを頼りに、もうちょっと。もうちょっと、と祇園山ハイキングコース方面へ向かう道を進み小川にかかる橋を渡るともう目前。

『doyoubi』

と書かれた空色の小さな看板が目印です。

石段を登った先にあるのは、不定期に開かれるマフィンのお店『doyoubi』。季節によって変わる野菜。そして、野菜と合わせる食材の組み合わせが想像は勿論、目にするのも初めての組み合わせばかりのお店です。

初めて訪れた際に私が購入したのは、”すずほっくりと塩のマフィン”

すずほっくりは、その名の通りホクホクした食感が特徴のさつまいも。しかしそれでいてホクホクしすぎず、程よくきめ細かい舌触りが特徴です。1口食べると、素朴な甘さをマフィンの表面のお塩がグッと引き立てていて。思わず、

”美味しい…”

と感嘆の声を漏らしてしまいました。マフィンと聞くと、焼き菓子のイメージ。ですが、doyoubiのマフィンはどちらかといえばおかずマフィンに近いです。久しぶりにマフィンを口にすることが出来た理由は間違いなくそれ。甘すぎず、野菜のシンプルな味わいを。目の前の季節を口にする。

そして、食べる中でどうやらマフィンの味わいの裏側にいくつかの隠し味を見つけました。少し香ばしい…これ玉ねぎかもしれない。玉ねぎを炒めて、飴色になりそうなあの時の香ばしい香り。そして、アクセントになる味わいが後に残ります。スパイス…?クミンかコリアンダーかな。カレーのスパイスが使われているような気がしました。(後に店主瀬谷さんにお伺いするとコリアンダーとのことでした)かといって、スパイスでお芋や玉ねぎの味わいが消えていない。

さつまいも×塩×玉ねぎ×コリアンダー=?。まるで、違うおとぎ話の登場人物が出会ったかのような食材と調味料の組み合わせ。けれど、マフィンという世界においてしっかり味が組み合わさっている。

かなりの衝撃を食らいつつ、石段に出来ていた長蛇の。しかし、想像を超えた美味しさに出会えるには短い列の意味が分かる気がしました。

◯野菜を綴り、マフィンを紡ぐ人。瀬谷さんとの出会い。

野菜と、掛け合わせる食材に魔法をかけてマフィンを作る。得も言われぬ、素敵な手を持つdoyoubiの店主こと、瀬谷薫子さん。

実は瀬谷さんと私は偶然というには、安直すぎる不思議なご縁で出会いました。時を遡ること、今年の6月。私は山形のりんご農家さんの元で1ヵ月の住み込み生活を行っていました。

収穫期を迎える9月から11月に備えて、摘果と呼ばれる間引き作業を行う毎日。7割方はこの摘果作業でしたが、りんごの他に里芋の一種『甚五右ヱ門芋』と呼ばれる最上伝承野菜も育てている農家さん。時折、里芋の草むしり、そして補植を行う作業を行うこともありました。(補植とは、一度植え付けた場所から芽が出ていない場所に補って植えることを言います)

甚五右ヱ門芋の畑

6月とはいえ、序盤からかなり暑かった今年の夏。山形の新庄市は内陸の盆地とあって尚更です。時には30℃近い気温の中で1日中草むしりと補植を繰り返す日も。なかなか大変だった思い出が蘇ります。

黙々と草むしりをするれいちゃん(写真左)
成長が早い子も時折います

数カ月前のれいちゃんが少なからず生育をお手伝いした、今年の甚五右ヱ門芋。実は、この甚五右ヱ門芋を使って瀬谷さんがケーキを作っていることをたまたまInstagramで拝見したことが出会いの発端でした。

野菜を愛でる私のInstagramのアカウントには

”そんなに野菜が好きなのね。じゃあもしかしてこんな方、興味ない?”

と心を見透かされたように、美味しそうなお料理や野菜の写真を挙げている方がおススメされてきます。瀬谷さんのアカウントもそのうちの1つでした。

”doyoubi muffin"

と名のついたアカウントからは”生”を感じる野菜の写真で溢れた投稿。思わず見入ってしまいました。

「野菜でマフィンを作っています」という文言の後に続く、鎌倉市小町の住所。東京に住んでいた頃から理由を見つけては月に2度以上訪れている鎌倉。目的は勿論、レンバイで購入できる鎌倉野菜。直感で運命的な何かを感じ、更に投稿を遡る中で見つけた「甚五右ヱ門芋」の表記。

実はこの『甚五右ヱ門芋』を育てている農家さんは1軒、のみ。私が住み込みを行った佐藤さん一家代々の作物です。投稿文内では、実際に佐藤さんの畑のある山形を訪問したこと。現地で芋を使ったケーキを試作したことが綴られていました。

こうなったら居ても立っても居られないのが私の性分。気づけば次回営業日を狙って鎌倉まで向かっていました。

実は、残念ながら初めてお伺いした時は里芋のケーキはまだ販売されておらず、代わりに購入したのが先ほど紹介したすずほっくりのマフィンでした。(このマフィンは人生で1番美味しかったので、むしろラッキーでした)

”私、実は今年の6月に佐藤さんの下で1ヵ月住み込みをしていて…”
”しかも、鎌倉が大好きで。何かのご縁かなと思ってお伺いしました”

列に並んでいる間も、なんて言えばいいのか頭の中で考えつつ緊張していた私。精一杯とはいえ、あまりにも途切れ途切れの言葉に。

”まあ、そうでいらしたんですね。こうした不思議なご縁があるから。やめられないんですよね”と優しく返してくださった瀬谷さん。

”もし良かったら、メッセージいただけたら嬉しいです”と、最後に付け加えてくださりました。

小柄な印象なのに、御人柄の柔らかさ、というのでしょうか。優しさで溢れた空気感は、なんだか工房全体に行き渡る大きさを感じる方でした。ご縁を頂けて嬉しかったこと。すずほっくりのマフィンが美味しかったこと。後日、ダイレクトメッセージでお送りしてしまいました。

◯お菓子のような、おかずのような。甚五右ヱ門芋のケーキ。

すずほっくりの奇跡(笑)、から数日後。遂に甚五右ヱ門芋のケーキの販売が開始されたとお見受けしました。しかし、なかなか予定が合わずいけない日々。

先日、ようやく購入することが出来ました。再訪の際に、私のことを覚えていてくださった瀬谷さん。私の活動を見てくださり”キラキラしているよ”と声掛けしてくださったことが本当に嬉しかったです。

ほうじ茶/みりん/りんごを掛け合わせたスコーン、ねぎ/白味噌/レモンのマインなど。この日もきっと魔法の化学反応を起こしたラインナップが並んでおり、ついつい目移りしてしました。けれど、やっぱり自分がお手伝いをした作物は口にしたいもの。甚五右ヱ門芋とゆず味噌、仕上げにすりごまのかかったケーキを選びました。

私が『食×描く』としておむすび出店とライター業をしているように編集業とマフィン販売を両立していた時期のある瀬谷さん。勝手ながら、いくつかの取材記事なども拝読させていただいていました。大学卒業後に、就職ではなくパン屋さんのアルバイトをしていたこと。そこで書き溜めたレシピが、瀬谷さんにしか作れない食材を掛け合わせたマフィンの販売に結びついていること。

甚五右ヱ門芋に携わったという事実はもちろんですが。こうした記事から伺える過去と、今の自分をかさね合わせて尚更味わい尽くしたいと思えたのだと思います。

その大きさからは想像も出来ない重量感。生地にはたっぷりの里芋が練り込まれています。そして里芋のねっとり感に合う、ゆず味噌のクリームチーズ。更に、底の部分の少しこんがりとした味わい。やはり絶妙にマッチした味わいが3層のどこを食べても間違いない美味しさに巡り合うことが出来ます。里芋、少し酸味と甘みを求めてチーズ。こんがり底の部分。無くなってしまうのが惜しい味わいでした。

『お腹を満たせるマフィン。おにぎりのようなマフィンを作っています』

そんな瀬谷さんの言葉を以前記事で拝読したことがあります。まさにその通り、かなりお腹が膨れる瀬谷さんのマフィンやケーキはおやつというよりも主食寄り。お砂糖よりもお塩を使っているというのも納得です。

甚五右ヱ門芋のケーキも、ケーキというより里芋のおかずのような味わい。だからこそ、お菓子を食べることがまだまだ怖い私にとって安心できる味わいだったのかもしれません。美味しかった。本当に美味しくて、愛おしいケーキでした。

野菜を綴り、マフィンを紡ぐ。

私と瀬谷さんを結び付けてくれた山形の里芋と、大好きな鎌倉の地との不思議なご縁は一体どんな隠し味が結びつけてくれたのでしょうか。

【瀬谷さんのnote】

【瀬谷さんの記事】

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