SaaSスタートアップが最初からエンタープライズを狙うときのハマりポイント(セールス編)

フラジェリンのCEOの阪本です。

当社は医療・製薬企業向けのメッセージングプラットフォーム「Shaperon(シャペロン)」を開発・提供しています。Shaperonは、製薬企業のMRやマーケティング担当者のメールを1ツールに統合し、プロモーションの効率化とリスク管理強化し、DX推進をサポートしています。

2019年9月にプロダクトをリリースし、翌月から全従業員数約1600名を抱える上場企業の持田製薬様にご利用いただいています。その後も、エンタープライズ(大企業)をメインターゲットとし、1000人以上の従業員がいる企業様への導入が進んでいます。

このnoteでは、その経験に基づきSaaSスタートアップが初期からエンタープライズをターゲットとしたときにハマりそうなポイントについて、セールスの一部の領域(商談と契約)に限定して掻い摘んで書いています。

当社の事業の立ち上げや拡大における難しさや魅力を少しでも感じてもらえればと思います。また、エンタープライズをターゲットにしようと考えるスタートアップの参考になれば幸いです。

あんまり聞けていない問題

手を尽くしてリードを増やし、アポを取り、商談に臨む。まずは信用を得るために、自身の紹介や実績、課題感の共有をして、共感を得る。プロダクトの説明はさらっとして、次のステップを提示する...というのがセールスの基本的な流れとされています。

基本的な流れとしては正しいと思います。しかし、この型を大して考えずにそのまま使って、トンチンカンな商談になっているケースが結構あります。特に課題感の共有です。実際、いくつかサービスの商談を受けていたとき、無邪気に「御社の課題はなんですか?」とか「御社の採用の計画はどうなっていますか?」と聞いてくる人が想像以上にいます。正直なところ、「何であなたにそれを教えないといけないの?」となって終了です...もちろん、心の声で、そんな火の玉ストレートは投げませんが。

トンチンカンな商談になる理由ですが、単純に顧客の状況を認識できていないのが原因です。大事なのはセールスの表層的な方法論よりも、顧客課題のパターン認識と、各パターンに対するコミュニケーションの出しわけだと思います。

課題はパターン化できます。主だったパターンを列挙すると、

1.解決策がわからない
2.解決策はわかっているが、確信がない
3.どの解決策を選べばよいか、わからない
4.解決策の実行方法がわからない
5.あるべき姿がわからない
6.あるべき姿はわかっているが、解決策を実行したら失敗した
7.実は現在の状況がわかっていない

SaaSプロダクトの初期セールスのタイミングで発生しやすいのは、3、5、6、7だと思います。

例えば、「5.あるべき姿がわからない」という顧客に課題を聞いてもさほど意味がありません。示すべきは、あるべき姿とその中での自社プロダクトの位置づけでしょう。他社事例も提供できると喜ばれます。あるいは、「7.実は現在の状況がわかっていない」のであれば、やるべきことは、現状課題を特定する支援です。ビジョンやあるべき姿の話をしても大して響きません。ベンチマークとなる指標や具体的な事例があると話を聞いてもらいやすくなります。

また、それぞれのパターンにおける論点は、面談対象のポジションによって抽象度が変わります。例えば、トップマネジメントと話す場合は、業務レベルの具体的な論点で会話をしても意味がなく、あくまで抽象度の高いトップイシューレベルから情報交換をする必要があります。事前準備も綿密にしておくべきでしょう。取れる情報は全部調べ尽くしておくべきです。ここで失敗すると後がありません。一方で、担当者クラスの場合は、より業務に近い課題感について情報共有するべきです。業務プロセスのどこが自動化されるのか、その時のシステム連携はどういうイメージになるのか等。

どの課題のパターンなのか、そのパターンに対してどういう言葉を使えば刺さるのかを認識するには、耳を鍛えるほかありません。ほとんどの場合、文字通りに言葉を受け取ったり、思ったほど聞いていないことが多いように思います。「売り方」を軽視して良いというわけではないですが、察知するスキルはより重要です。

...と言いつつ、小手先のテクニックも使い方次第で課題の特定に役立ちます。「課題は何ですか?」と聞くより、「御社絶好調ですね」と言ったほうが、「いやいや、そんなことないんですよ、実は...」と、課題を話してくれます。当然、相手のキャラクターを見極める必要はあります。

「推し」になれているか?

元々「推し」は、AKBが流行り始めたときにアイドルオタクが使い始めていたと思いますが、最近は比較的広い層が自分のおすすめの作品やキャラ、アイドルなどを対象に「推し」という言葉を使っています。少し前に流行った「俺の嫁」という言い方もジェンダーフリーな「推し」という言い方が代替していたり、こんなところにもジェンダーに関するグローバルトレンドが影響しているのかと思うと興味深いです(適当な意見です!)

エンタープライズ向けにセールスをする場合、関係者は必然的に多くなります。多数の部署やベンダーを巻き込むことになります。そのため、契約・導入に至るには、担当者に関係者を説得してもらい、稟議にあげてもらう必要があります。プロダクトの年間料金や設計次第では経営会議に諮る必要もあるでしょう。場合によっては、初回商談から1年、あるいはそれ以上の時間がかかると思います。

これほど長い時間をかけて担当者の方に対応いただくためには、そのプロダクトが担当者の「推し」になっている必要があります。担当者に売るのではなく、担当者に社内で売ってもらわなければなりません。

「推し」になるには、兎にも角にもその会社にとってのメリット、及び担当者にとってのメリットの提示が不可欠です。そのメリットは、バリュープロポジションによって決まります。バリュープロポジションが明らかなプロダクトでなければ「推し」にはなりづらいでしょう。

バリュープロポジションがあれば、「推し」になれるわけではありません。必要条件ですが、十分条件ではないです。そのほかに影響する重要な要素としては、その会社が置かれている状況があります。類似サービスをすでに導入済みなのか、類似サービスを比較検討しているだけなのか、まだ何も考えていないのか。

類似サービスが導入されていないケースは、対応が最もシンプルになります。一方で、「推し」になるのが大変なのは、すでに類似サービスが導入され、スイッチングコストが発生する場合です。前者は、類似サービスに対して1.1倍の価値があれば勝てますが、後者は何倍もの価値がなければ勝てません。価格設計にも大きく影響が出るポイントです。

いずれにせよ、バリュープロポジションがなければ、話が始まりません。バリュープロポジションを築く方法は、すでに秀逸なnoteがあるので参考まで。

1つ強調するならば、競合製品に対して1機能だけで徹底的に差別化できている状態が理想的だと思います。その1機能で主要なペインポイントが解決でき、その1機能を活かす機能群で価値が数倍になっている状態です。担当者の方が機能比較表を作ったとき、競合製品と比較して機能数は劣るものの、その1機能のためにそのプロダクトを使いたいと思ってもらえることが肝要です。開発には時間はかかりますが、その1機能を中心に機能追加をしていけば、競合製品とapple to appleで比較できなくなり、担当者の「推し」になりやすくなります。

現場はOK、法務はNG

商談を乗り越え、ようやく契約に行き着きます。ここでの「あるある」は、現場で合意はとれたものの、法務的にNGで契約が進まないケースでしょう。顧客企業がもうアカウントを開設しない方針という理由だったり、スタートアップ側の財務評価が問題だったりします。ワンショットの業務委託ならば契約できるのですが、継続的にサービスを提供するSaaSは倒産リスクを吟味されます。

たまに帝国データバンクや東京商工会議所等から、決算を教えてほしいという連絡があります。損益計算書や貸借対照表の共有を求められる経験をしていると思います。こうして渡した情報は、帝国データバンク等で管理され、顧客企業の求めに応じて、格付け評価とともに共有されます。こういった情報を参考に、直接的な契約・取引の可否が精査されています。(されていないこともありますが、上場企業でしていない会社はほぼなかったのが体感値)

把握している限りでは、設立数年の企業は基本的に最低ランクの格付け評価のままです。そして、スタートアップを評価する仕組みがないので、一般的な中小企業と同様の目線で見られる傾向が強いです。銀行の融資の審査に近い目線だと思います。スタートアップにとってはどうしようもない側面です。

では、この法務NGを回避する方法はあるのか?大きく分けて2つほどあります。1つは代理店の活用、もう1つは顧客の子会社の活用です。

1点目の代理店を活用するケースは、商流を代理店経由にし、直接契約にしない方法になります。ここでしていることは、平たく言うと倒産リスクの転嫁です。そのため、代理店契約の交渉は簡単ではありません。そのリスクを受け入れても良いと思っていただけるかどうか、代理店契約先の担当者・担当部署の「推し」になれるかどうかが肝心です。契約におけるテクニカルな方法は色々あると思いますが、とりあえず不誠実なことはしないことが最重要です。当たり前のようですが、悪評はすぐに漏れますし、業界から淘汰されたりもしています。

2点目は、子会社経由で契約すると審査が少し緩くなるのを狙った方法です。ワンショットの業務委託でも、子会社経由で依頼されることがあります。ここにこぎつくまでに相当な関係性になっておく必要があると思いますので、現実的には代理店経由が早いと思います。

それ以外に飛び道具として超トップダウンの指令というのはありますが、難易度が跳ね上がるので除外しています。ただ、最短ルートになりますし、直販になるので、挑戦してみるのが良いと思います。

1に時間、2に時間、3に時間

実は最も退屈で時間のかかるプロセスについて書いていません。ライトパーソンにリーチするまでのプロセスで、これが一番大変です。特にプロダクトも何もない場合、とんでもなく時間がかかります。ライトパーソンにリーチできなければ、課題やMVPの検証もままなりません。そのため、このフェーズでコケているスタートアップが大半ではないかと思っています。実際、当社の場合、まともにリーチするまで半年かかりました。

平凡ですが、あらゆる機会を活用して、ライトパーソンを紹介してもらえるように動く以外に方法がありません。とにかく時間がかかります。特に成果があがらず、目減りする資金を見ながら過ごすことになります。実績がないのでエクイティーでの調達は簡単にはいかず、受託で食いつなぐということもあるでしょう。リーチしてから、導入まで1-2年かかることもザラです。いま契約交渉をしていても、導入は1年後ということもあります。

とにかく時間がかかるので、気長に、ただし銀行口座が空っぽにならないように、再起不能なダメージを負わないように取り組むしかないと思います。

ちなみに、当社はこのプロセスをようやく抜け(つつあり)、複数導入プロジェクトを走らせられるようになりました。今後、一緒に事業の成長を加速させていけるコアメンバーとして、PdMやエンジニア、CS、Sales、HRのメンバーを積極募集しています!DMでも結構ですので、ご興味があれば気軽にご連絡ください!


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