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最強の物語のつくりかた。

――最強の物語(フィクション)をつくるためには、その一部で本当のこと(現実)を物語ればいいわけです。



人生は物語。
どうも横山黎です。


今回は「最強の物語の作り方」というテーマで話していこうと思います。

結論からいうと、「現実や私情を組み込むのがいいよね」です。



◆相棒20最終回


昨日、「相棒20」最終回を視聴しました。


あんまり発信してこなかったんですが、僕は長らく相棒のファンでありまして、シーズン11からはほとんどの作品を観ています。お昼にやっていた再放送を見ることも少なくなかったので、昔の話もいくつかは知っています。


シーズン14から相棒を務めていた冠城亘を演じていた反町隆史さんが卒業されるということで、ちゃんとリアルタイムでその門出を見届けることにしました。



正直な話をすると、事件そのものにはさほど魅力を感じず、これで冠城亘は終わりかあとちょっと残念だったのです。


最近の相棒のスペシャル(元日スペシャルとか初回スペシャルとか)の物語といえば、政治の話ばかりで、結局政治家の暗躍を暴いて終わるんですよね(笑)


今回もそんな感じで、国家公安委員長の選挙の話でした。「シーズン20という記念すべき節目の年の最終回であること」そして、「冠城亘の最終章であること」を踏まえると、もっと大きなこと、派手なことがあってもいいんじゃないかなって思っちゃいました。



少しハードルを下げて鑑賞した最終回でしたが、ラストシーンにぐっときました。泣けました。


つまり、杉下右京と冠城亘の別れのシーンですね。


警視庁近くの長い道で最後の言葉を交わすんです。そのとき、右京さんはこれまでの禁を破りました。「去るものを追わない主義」の右京さんが「冠城亘が特命係をやめること」を惜しく思い、退去を拒んだのです。


「もう少し一緒にやりませんか?」


最後に足掻く右京さんの言葉に、込み上げるものがありました。


それは歴代最長の7年という歴史が冠城亘との間にあるからであり、杉下右京という人間が20年の時を経て深みを増したからであり、フィクションの世界を越えて私情が滲んでいたからです。



◆フィクションの中の私情


つまり、杉下右京としてだけでなく、水谷豊として、冠城亘(反町隆史)に離れていってほしくなかったのではないか、と感じたということです。


杉下右京を演じる水谷豊さんと、冠城亘を演じる反町隆史さんの2人は、ドラマの中だけでなく、プライベートでも仲良しで、相棒っぷりを垣間見ることができました。一緒に温泉に入って裸の付き合いをしたというエピソードがあるくらいです。


公私ともに相棒だったからこそ、歴代最長の7年という記録を達成することができたし、右京さんの最後の台詞にぐっとくるものがあったのです。


で、この相棒最終回を受けて、僕が何を思ったかというと、現実や私情を組み込んだフィクションって最強だよねってこと。




◆最強の物語のつくりかた。


良い嘘をつくためにはその一部で本当のことを言えばいい、という言葉を聞いたことがあります。同じようなイメージで、最強の物語(フィクション)をつくるためには、その一部で本当のこと(現実)を物語ればいいわけです。


今回の例でいうと、右京さんの言葉に、水谷さんの本心が混ざっていたと感じましたが、まさにそれです。真実はさておき、僕はそういう風に受け取り、心を大きく動かされました。


現実や私情を混ぜると、どうして最強の物語になるかっていうと、その表現の純度が高いからです。簡単にいえば、嘘がないってこと。自分が体験したこととか、自分が思ったことは紛れもない事実で、自分の心と体で感じ取ったものを表現すればいいので、濃密なんですよね。


俳人の夏井いつき先生も言っていました。俳句初心者なら下手に想像で句を作るより、自分の体験を句にした方がいいって。もっと乱暴な物言いだったと思うけれど(笑)


僕自身、これは痛感していて、高校生の頃は高校生の話が書きやすかったし、評価もされました。大学生になってからは、大学生の話を書いて、評価を得ました。



等身大の物語を綴ることが、今の自分にできる最強の物語の作り方なんですよね。等身大の物語=自分が現実で体験したことをそのまま表現する物語なので、「現実」とか「私情」を組み込むと最強のフィクションができるよねという話でした。


最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

【#267】20220324 横山黎



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