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男と犬

季節はずれの寒さに見舞われたある日のこと

男が公園のベンチにひとり腰掛けていた。
スーツ姿で、片手にビールを携えており随分と長い間呑んでいたのか、顔は少し赤くそして本人も少し笑顔なのだがその笑顔とは裏腹に男の周りにはどんよりとした空気がたちこめていた。
その平日の昼間には似つかわしくない姿のせいか、子供のひとりやふたりは来そうなものだが今日は誰1人として人が来ていなかった。
「はぁ、昼間っから酒呑んで、会社にも行けず、かといって行くあてもなく、、、」
「まわりの奴らが羨ましいなぁおい、、、」
どうやらこの男、会社にクビにされたのかはたまた何か別の理由があるのかは定かではないが何かしらの理由で会社に行くことができずにこのような有様になっているようであった。
会社に行けないのなら公園で恥を晒すのではなく、家で呑めばいいのではと思わなくはないが、どうやらこれもまたどういうわけかは分からないが帰ることができないようであった。
そうして男が、酒が相当回ってきたのかああでもないこうでもないとひとり呟いていた声がだんだん大きくなっていっていたその時、1匹の犬がどこからか公園へやってきた。
その犬は、柴よりかは大きいがレトリーバーよりかは小さいぐらいの大きさで毛がまるで何日も洗われていないかのように薄汚れていて、
とぼとぼと歩いている様を見るとどうやら今ではとんと見なくなった野良犬のようであった。
男も、人ひとりもいない公園で嫌気が差していたのか犬にすぐに気がつくと
「おい、そこの犬。随分とくたびれた毛をしてるが腹は減ってないか」
と声をかけ、自分がつまみにしていたジャーキーを持ち犬にアピールしていた。
どうやら犬もそれに気づいたようで、ワゥ!と一声すると少し心もとのない足取りで男のもとへ近づき、男の投げたジャーキーにかぶりついた。
男はそれを見て、
「おうおう、いい食いっぷりじゃねえか。なんだお前さん、飯食ってなかったのか?」
と話しかけると
犬もワン!と先ほどよりも元気な声でまるで男が何を喋ったか分かるかのように返事を返した。
「そうかそうか、ほれもう少しやろう」
と男は嬉しそうな声で、ジャーキーをさらに犬へとほうり投げた。
犬は、それを嬉しそうに食べ、男の足元に座り込んだ。
男はそれを見てこの犬に愛情が湧いたのか、
「お前、行くあてがないのか?ならよ、もしよかったらうちに来ねえか?」
と声をかけた。
すると犬は嬉しそうに吠え、尻尾を振り立ち上がった。
男はその様子を見ると立ち上がり、
「よし、じゃあ俺の家に連れて行ってやろう」
と声をかけた。
そうして男と犬は歩き出したが、どうやら犬は道が分かっているかのように、迷うことなく進んでいった。
男はその様子を見て少し訝しんだが酔いが回っていたのと犬の歩く方向が自分の家の方向であったことから特に何も考えることなく犬の後をただついていった。
ほどなくして、犬がとある家の前で立ち止まり男の方を向き、ワンと一声吠えた。
もちろんここは男の家ではなく、それに気づいた男は
「おいおい、ここは俺の家じゃないぜ。俺の家はもう少し先だ」
と言い、犬に歩くよう促したが、犬は満足げに家の方を向きワンとまた一声吠えた。
すると、その家から人が出てきて犬の方を見て近づきこう言った。
「あら、テル。昨日からどこほっつき歩いてたのさ。
ほらー、こんなに体汚しちゃって」
そして、男に気づいたのか男の方を向き、
「うちのテル見つけてくださったのですか?わざわざありがとうございます」
と言った。
男は、何て返せば良いのか分からずに、ああとかううとかそのようななんと書けばよいのか分からない声を上げ、軽く会釈をすると、少し恥ずかしそうにそしてどこか寂しそうに自分の家へと歩いて行った。
その姿を犬が見て、ワン!と吠えた。
その後、男は家に帰りひどく泣いたそうである。


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