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夢の中の記憶

明夫は彩耶のパジャマの下とショーツを乱暴に引き摺り下ろすと、手に唾をつけて敏感な部分をこね回した。そして、体を重ねてきた。

夫のセックスは、言わば排泄行為だ。自分がしたくなると体調も聞かずに下だけを脱がせ、強引に入ってくる。そして果てると、すぐにイビキをかいて眠ってしまう。コンドームをつけると気持ちよくないという理由で中に射精した。仕方がなく、私は日頃からピルを飲んで自衛した。

最後に、男性に抱かれて幸せを感じたのはいつだろう? それ考えると、いつも切なくなる。思い浮かぶのは夫ではなく、屈託のない浩之の笑顔だったからだ。でも、これが私の生きる現実。だから今日も目を閉じて、夫が終わるをただひたすら待った。

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浩之とは大学の頃から付き合い始め、社会人3年目に別れた。すごく好きだったのに、お互いに実社会に溶け込むことが精一杯で、次第に関係がギクシャクした。結婚適齢期に差し掛かった私は気持ちが焦り、浩之を振って関係を終えた。

彼がすごく成功していてるらしいと友達から聞いたのは、1ヶ月ほど前のこと。きっと、ググればすぐにわかるんだろう。でも、思い出まで壊れるのが嫌で、浩之のことを思い出すのは、夫に体を求められた時だけに留めた。

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でも、現実は厳しい。

辛いのは夜のその時だけではなく、常にだからだ。

夫の機嫌は、いつもなんの前触れもなく悪くなった。子供たちがその場に居ようがお構いなしで、些細なミスをあげつらい、罵声を浴びせ、私を無能呼ばわりした。殴る蹴るされたこともあれば、物を投げつけられたり、家具を壊された日もある。少しでも口答えしようものなら、「お前は頭がおかしいんじゃないか? 精神科にかかったらどうだ?」となじられた。

もし彼が子煩悩な父親だったならば、それでもまだ許せたのかも知れない。でも、そんな時はついぞこなかった。それどころか、夫は子供にも容赦なく手を出した。殴られる子供を見るのはあまりに辛く、自分が殴られた方が、まだ幾分かマシだった。

そんな夫の取り柄は外面がいいことで、家の外ではいい人で通っていた。夫の仕事関係や近所の人たちから、「優しいご主人で幸せでしょう」と、ことあるごとに言われた。

私には、もう何が本当なのかわからなくない。

私以外に、夫のことを悪く思う人はいない。悪いのは本当に夫なのだろうか? それとも、彼の言う通り、私が無能で精神を病んでいるだけ? 私の我慢が足りない? 世の中の主婦たちは、みんなこんな思いをしながらも、にこやかな笑顔を浮かべているのだろうか?

家庭内での序列は、夫が一番で、息子が二番、そして娘が三番で私が四番。いや、もしかすると、飼い猫のマロンの方が、私よりも上なのかもしれなかった。すくなくとも、マロンが叩かれることはなかった。

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夫は私の上で腰を前後に動かし、やがて果てた。夫が寝静まったあとトイレに行って座ると、夫の体液がポタポタと垂れて便器の水に波紋が広がる。

目を閉じて、浩之と過ごした時間を思い出してみる。彼と抱かれた時には、毎回一緒に果て、幸せに包まれた記憶がある。

浩之は、いつだって柔らかな手つきで私を触ってくれた。火照った肌をゆっくりと舌先が撫でていくと、私は思わず体をのけぞらせた。彼は神妙な面持ちで、私の敏感な結び目を丁寧にほぐしてくれた。それはいつも気が狂いそうなくらい長く続いた。散々焦らされたあと、ようやく彼が入ってくる。まるで、彼の形を私の中に記憶させるかのように、ゆっくりと。そして2人は、いつだって同時に昇り詰めた。

それともあれは、すべて夢だったのだろうか?

いつのまにか頬を濡らしていた涙を拭うと、ビデのスイッチを押して夫の体液を洗い落とし、パジャマを履き直す。きっと私は無能で、精神を病んでいて、おまけに不感症なのだ。トイレを流すと、夫の体液とトイレットペーパーと私の涙が混じった水が、渦を巻いて流れ去っていった。

気配を消して寝室へと戻る。

私のいる場所は、この家以外にどこにもないのだから。


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