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誇り、自信、プライド・・・大事なことだが、それは適正か?

 私の様な怠惰な人間は自分に自信を持つと、なんとなく緊張感を欠いて、大一番が今一だったり、次の高みを狙うような貪欲な思考が薄れたりする。普段あまり自信とかを意識したことはない。しかし、自分に自信がなくておどおどしたり、マイナス思考に陥ったりしては元も子もない。自分に対して誇りを持つ、自信を持つ、プライドを持つことも大事なのかもしれない。しかし、自分に対する誇りや自信、プライドは、それが適正なものかは自分自身で検証する必要があるのではと思ってしまう。
 世の中にはいろんなタイプの人がいるので、誇りや、自信、プライドが原動力となって、それを拠り所として進んでいく人も多い。人間が成長していく過程において理想的な展開だとも思うのだが、行き過ぎは逆効果である。

 この誇り、自信、プライドが本人にとってマイナスに働いているケースもある。成功できる人はやはり才能や鋭い感性があるし、それを裏打ちできるだけの努力もしている。たまに偶然にも成功を掴んでしまった人は、成功の理由も理解せずに、調子に乗って転げ落ちるのも早かったりする。それでも成功を手にできるだけ幸せなのかもしれないが。

 あまり横柄な態度は傍から見ていても気持ちのいいものではない。しかも、どう見ても実績とその横柄な態度がアンバランスな場合は周囲からも敬遠される。人は自分の言うことを聞くもの、自分の権力は絶対である、自分のやり方に間違いはない・・・。こういう思考に慣れてきてしまうと何かやらかす確率が上がる。そういうケースはよく見て来た。

 一番怖いのはしっかりと実績を上げてきても、冷静で、品格もあり、人にも優しくて、次にやるべきことをしっかり考えている賢い人だ。このタイプの人間は大きくコケルことはない。そういう人には皆がついていきたがる。それでも世の中何が起こるかわからないので、たとえコケルことがあっても周囲は彼を助けてくれる。

 自信、プライド、誇りなんぞは、見せるためにぶら下げるより自分自身が感じて信じていれば良いものなのかもしれない。マウントをとったり、はったりをかましたり、威厳を掲げて相手を制しようとしても、その人が生み出す今の実績が一番説得力があると思う。

【REG's Diary     たぶれ落窪草紙  5月28日(火)】


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