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動物保護という私にとっての天職
現在動物保護事業に携わり8年となります。
「天職」
「私がしたかったことはこれだ!」と思った瞬間がありました。
就職氷河期世代22歳の頃、アルバイトから正社員登用となりアルバイト歴も含めるとその会社で13年間サラリーマンをしました。
入社3年で管理職となりまだ労働基準も曖昧で、月150時間を越える残業、ただしお給料は平均年収なんて簡単に越える額をいただいていました。
仕事内容は全く興味がないもので
「興味がなくてもお金のために、生きるために働く」
それは就職氷河期世代の私には当たり前の考えでした。
働けるだけマシ、お給料が多いだけとんでもなくありがたい、仕事とはこういうものである。
どこかでそう信じ込んでいました。
そんな私の前に交通事故にあった猫が現れました。
一応順風満帆だった私の人生が動きます。
その猫ちゃんは家の駐車場に現れ、交通事故前は私の足にまとわりついてくるような子。
数日現れなくなったので、
「最近見かけないな。誰かが拾ってくれたのかな」と思っていました。
するとその子が傷だらけの状態で私の前に現れたのです。
深夜0時、夜間救急病院に運び込み診断結果は足が三本骨折とのことでした。
当時、私は動物関係のことを何も知りませんでしたので、動物病院が「連れて帰ってください」という言葉に疑問を覚えました。
この子は野良ちゃんで私は飼い主じゃないけど私が連れて帰るの?
どうやらこの界隈ではそれが当たり前とのことで、幸い家が動物飼育可能物件であったため、共に暮らすことを決意しました。
結局、日中通っていた病院から飼い主と思われる人がいるということで、その子は元の飼い主のところへ帰っていきました。
飼い主は動物病院に向かう最中にキャリーから飛び出して探し回っていたそうです。
野良ちゃんは交通事故に会っていたとしても、事故後すぐに野に放てるわけはないので保護主が飼わないといけない。
ということは保護をしてもらえずに散っている命がたくさんあるということ。
元々動物が好きでしたから、
飼い主と保健所の間に入るような保護施設を自分の力でできないかな?
と、安易な考えでパソコンを開きました。
調べると既にありました。
たくさん。
どんなところだろう? とすぐに見学に行きました。
そこにはとてつもない数の保護犬、保護猫がいました。
タバコの火を押し当てられた火傷傷がある子、バットか何か棒状のもので背骨を折られた子、飼い主の引っ越しに連れて行ってもらえなかった子、飼い主が先に死んでしまった子。
頭の中で「なぜ!?なぜ!?なぜ!?」と叫びながら見学を終えると、私の頬には涙がつたっていました。
『どうしてもここで働きたい』
そう思った私はそれまでの会社員としてのキャリアや安定の生活を投げ捨て動物保護業界に身を置くことになりました。
営業戦略とか売上、利益のことを事務所でずっと考えていた私にとって動物のお世話は最高の高揚感を得られました。
ただ……
とてつもなくハードなお仕事でした。
出勤1時間、ブラシ掛けで手の豆が潰れ、お昼ご飯なんて喉を通りません。
足も上がりません。
初日が終了し、
『これは……3日もつのか?』と震えました。
動物たちのために汗を流せる。
こんなに最高な気持ちなのに当時33歳の私の身体が追いつかない。
悲鳴をあげていました。
疲労回復に良い黒酢と鶏肉をなどに押し込みそれでも!としがみつきました。
3週間ほどで身体は慣れましたが、次は心です。
気持ちはあってもこぼれ落ちてしまう命はあるわけで、その都度涙を飲む。
『辛いことしかないんじゃないか……』
身も心も挫けそうになっていました。
そんな状態で初めての「譲渡会」が開かれました。
譲渡会とは文字通り、保護された子たちを新しく迎えようと考えてくれている方々が来てくれる催しです。
その譲渡会で14歳の老犬が貰われたのです。
驚きました。
その子は病気も持っている、後ろ足もかなり弱っており、うんちを気張ることもできない、
そんな子が貰われたのです。
私は里親希望者様に尋ねました。
「なぜ老犬のこの子を迎え入れようと思われたのですか?」
「んー、ビビビときたから。この子だ!って私が思ったからでしょうか?」
あの時の感情をどう言えばいいのかわかりません。
驚き?
感動?
奇跡?
どれも違うような気がするしそうな気もする。
ただ、私は
「私がしたかったのはこれだ!!!」
と雷に打たれたような感覚を受けました。
天職。
誰よりも上手にこなせる仕事も天職でしょう。
ですが、やりたかったこと。
これもまた天職だと思います。
今の私は保護施設を立ち上げましたが今なおこの仕事以外の仕事は考えられません。
きっと死ぬまで続けるのだと思います。
悲しいことだらけです。辛いことだらけです。
ですが、悲しい思いや苦しい思いをすべて払拭できるぐらい嬉しいことがあります。
皆様も天職と巡り合うことができるよう心より願っております。
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