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【二十四節気短編・大雪】 金曜日の足跡

1 途切れた足跡

 ヒナタは通学に利用するバス停から五十m程歩いた所で何かに気付いてて立ち止まった。それは意図してではなく何気ない気持ちで。
 視線を感じた訳でも声をかけられたのでもなく、妙に何かが気になって振り返り、歩道を眺めると異変に気付いた。

 今年は例年より強い寒気が影響して、滅多に雪が降らないこの田舎町にも雪が降った。十二月になって一週間が経過して、地面に薄らと雪が積もるなど、ほぼ無いに等しい。降ったとしても二月前後である。
 ニュースなどではラニーニャ現象が関係していると報せている。だが、ヒナタはそういった異常気象を詳しく知る気がない。だから、”異常気象の影響で寒い”としか思っていない。

 ヒナタが眺めている道には自分の足跡ともう一つ、彼女の数歩手前で終わっている足跡がある。見るからに、主が消えたとしか考えられない、不自然に途切れている足跡。誰が見ても不気味でしかないそれを見てもヒナタは動じなかった。むしろ物悲しい想いが高まる。

 不意に、涙がこぼれた。
 なぜ奇妙な足跡にここまで気が引きつけられるのか分からないが、今度は鞄に付けたキーホルダーが気になり見つめる。また、胸が締め付けれられる想いが高まる。

 涙を拭い、気晴らしにスマートフォンに付けたイヤホンを取り出して耳に付け、昨晩ダウンロードした男性フォークギタリストの曲を聴く。
 謎のキーホルダー、今まで聞かなかった男性フォークギタリストの曲。
 前日まではこんな事無かったはずなのに、どうしてここまで趣味が変わったのか、なぜ奇妙な現象を前に心揺さぶられるのか分からず、ヒナタは登校した。

 ただ、今聴いている曲は、これまで聴いてこなかった、どうやって知ったか分からない曲だが、不思議と心に染みた。 

2 幽霊のような女子高生との出会い

 今年は例年よりも寒気の到来が早く、さらに最高気温が一桁台の日が続いた。空には大きくて灰色がかった千切れ雲がよく漂っており、毎朝近くの池や川で氷が張っていた。

 そんな年の十二月最初の月曜日。十七歳のトモキは、異常なまでに寒い朝、バス停へ向かう途中にて、生まれて初めて幽霊を目撃した。
 姿は女子高生。それもトモキの通う高校の制服姿。そして人間同様に両足でタンタンと歩いている。
 誰がどう見ても普通の女子高生をトモキが幽霊だと言い張る理由、それは何もない所から突然現れたからである。

 驚きはしたトモキだったが、見慣れてしまえばどうと言うことは無く、雰囲気や何気ない仕草が女子高生そのものとしか言えない。
 警戒心や恐怖心も振るわず平静でいられる。むしろ、オロオロしてしまえば自分が不審人物のようだと、冷静な判断が出来る。

 普段から足早に進む癖のあるトモキは、すぐに幽霊女子高生に追いついた。
 背中越しからでも見える白い息。ポケットに片手を突っ込み寒さに震えル様子。
 距離にして約一メートルだが、どう見ても普通の女子高生にしか見えない。追い越そうと考えるも、バス停まで近く、このまま速力を抑えるだけにしようとトモキは選んだ。

 バス停へ辿り着くと鞄からウォークマンのイヤホンを取り出し、曲を聴きながらチラチラと女子高生を眺めた。見れば見るほど、幽霊ではない普通の女子高生に見えてしまう。
 実はトモキが気付いていないだけで、『突然現われたのではなく始めから前を歩いていたのでは?』と、疑問も浮かぶ。

 仮にそうであったとして、いつも利用しているバス停でこの女子高生は今まで見たことがない。
 『転校生』と過り、確認しようかどうか迷いが生じてしまった。
 しかし幽霊や不思議現象云々を別として、思春期真っ盛りのトモキに、見知らぬ女子高生へ声をかける”行為”そのものが恥ずかしくて出来ない。

 オロオロと戸惑いながら何度も見られていることに女子高生は気付いた。
 気にしないでいようとするも、視界に入るトモキの情緒不安定な影が嫌でも気にしてしまい振り向いた。

「え……何?」
 まるで不審者を見る目でトモキは訊かれた。
「え、あ……えーっとぉ……」
 言葉がまとまらない。

 女子高生は、イヤホンをしているから声が聞こえないのだと思い、自分の耳を指で軽く三度叩いた。『イヤホン』と、声に出して。
 トモキは慌ててイヤホンを外すも恥ずかしいのは変わらない。音量もかなり抑えて聴いているので、女子高生の声は十分に聞こえていると、気持ちを伝えたいが、その言葉も纏まらない。

「さっきから何なの?」
 ここははっきり言わなければ、本当に不審者扱いされると判断した。「……いや、見ない顔だなぁって……転校生?」
 必死に絞り出したにしては、上等だと、自分で自分を褒めたくあった。「え、ずっと通ってるけど。そっちこそ、見ない顔なんだけど」

 二人は急に怖くなり、揃って半歩ずつ下がった。

「え、何、幽霊?」
「それ、こっちの台詞」

 不信感と警戒心はあるものの、互いに話しやすくはなっていた。

 二人は自分たちがここに住んでいる人間だと言わんばかりに、自己紹介とどこに住んでいるかを告げた。
 女子高生の名はヒナタという。不思議なことに、互いに互いの名字と家の位置は合致するも、そこに住んでいる住人に同年で同じ高校に通う子がいないと知っている。

 二人だけで生じる混乱の最中、バスが到着する。

 気まずく乗車しにくい状態だが、入り口に僅差で近いヒナタが先に入り、定位置となる後方の席へ座った。
 後から入るトモキも同じ席がよく座る場所であり、『ここまで被るのか』と、心中で嘆く。仕方なく離れた席に座り、二人は話をすること無くバスが進んだ。

 約三十分後。
 目的のバス停へ到着し、トモキが降りようと席を立つと、いつの間にかヒナタの姿は無かった。今まで下車する高校生の中にヒナタの姿が無かったので、降りていないと分かると、”消えた”という言葉が正しい。

 悪寒が背筋に走るのを感じながらトモキはバスを降りた。

 なぜ”ヒナタ”なる幽霊女子高生と会えたか不思議でしかないトモキだったが、同じ学校ならホラー映画のように怨霊染みた現れ方をするのかと仮説が立ち、一日中警戒していた。
 同級生から変な目で見られつつも、気苦労耐えない一日を終えたトモキは、帰りのバスで一気に力が抜けて結論に至る。

 ”アレは何かの間違いであった”

 いつも通り夕方のバス停に到着し、バスから降りようと立ち上がったときだった。いつの間にか通路を挟んで隣の席にヒナタが出現した。
 同時に立ち上がったところで目が合うも、瞬く間に揃って驚いた。あまりの衝撃的事態に、椅子へ尻餅をつく状態であった。

3 趣味の話

「ねぇ、トモキ君はどんな歌が好きなの? アイドルとか流行りもの?」 
 そう、友達のように聞けるのも、既に二人が互いの現象になれている証拠であった。奇妙な出会い三日目の午前六時四十分のこと。

 月曜日の夕方、二人は不思議な現象について色々と確認し合った。その一つがある一定の位置に行くと姿が見えなくなるというもの。
 バスでは次の駅、帰路ではバス停から二百mほど離れた位置。正確には目印となる分かれ道までであり、距離数は大雑把なものであった。

 ただ、ヒナタは一つ秘密を持っている。
 登校時に二人が降りるバス停で、五十mほどだがトモキの足跡が雪の上に残されている現象である。それがトモキの物かは不明だが、こんな奇跡体験が起きているのだからトモキの足跡でしかない。
 始めは言い忘れただけだが、帰宅して冷静さを取り戻すと自分しか知らない秘密を得たようで嬉しくあり、未だに伝えていない。

 二日目は学校での事についてどこまで同じかを確かめ合った。判明したのは、同じ所もあればどことなく違う所もあるということ。
 二人の関係は【並行世界線で偶然一致した関係】と、聞くだけで説明を求めたくなる言葉でトモキが結論づけた。

 並行世界とは、ある点から分岐したもう一つの世界を指す。同じ人間がいても、生き方や景色の雰囲気が違うなど、パラレルワールドとも呼ばれる。
 どういった経緯で会えたか分からず、奇妙な現象が起きた理由は不明だ。しかしトモキとヒナタは、この出会いが奇跡の出会いと信じて楽しんだ。

 三日目の今日、まるで幼馴染みのように会話が弾む。
 会える時間が七時十五分発のバスに会わせないといけないので、二人はいつもより早く家を出た。
 家族には『テスト勉強』と、期末テストが近いから早く行って勉強する言い訳であしらっている。

「俺インディーズばっかだから、言っても分かんないよ」
「インディーズ……、何かのバンド名?」
 ヒナタは人気アイドルと流行りものぐらいしか聴いていない。
「んー、っとぉ……。簡単に言うとメジャーじゃないバンドグループとかアーティスト。独立して活動してるみたいなの」
「じゃあ、ランキングに入ってないやつ?」

 ミュージック番組のランキングの事を言っている。

「たまに入ったりするよ。メジャーっぽいけど、実はインディーズだったり。……聴いてみる?」
 トモキはウォークマンのイヤホンを片一方渡した。
「音量高いとか止めてよ」
「大丈夫大丈夫。逆に低すぎるくらいだし」

 高校生活初めて女子とここまで親密になれたトモキは、全身が熱くなるのを感じた。
 ここ数日の異常寒気で気温は相変わらず低いままだが、そんな事構わずトモキは学ランを脱いでもいいくらい身体が熱い。

 こっそり自分が一番好きなアーティストの曲を流した。

「…………誰? おじさん? 本当に分かんない」
 トモキがソロ活動している男性シンガーの名前を言うも、ヒナタは分からないでいた。
「フォークギターよね。ずっとフォークギターで?」
「うん。この歌詞気に入ってんだ。なんか、応援歌っぽいけど、周りの人達もそんなに特別じゃない、みたいに訴えてるような」
 ちょうどトモキが好きな歌詞にさしかかると、ヒナタは黙って聴き入った。

 一番の歌が終わると、ヒナタも共感した。けしてトモキへの恋愛感情が芽生え、意識共有したい想いではなく、本当に心に染みている。

「他に推しのアーティストとかある?」
 トモキの密かなブームは、今の男性シンガーと、四人グループのバンドである。そのグループの曲を聴かせると、曲の趣味がどういったものか、ヒナタは察した。
「訴え系、魂の叫び系みたいなのがトモキ君の趣味?」
「え、あー……、うん。そうかも」

 トモキが聴かせた曲は、生きることは辛さと個人の存在を重要視した歌詞であった。

「あーやばい。私両方好きかも。え、どうしてランキングに入ってないの?」
「ん? 今の曲、昨日の歌番で十位に入ってた」
「うそ!?」

 ヒナタの知る十位は男性アイドルの歌であった。そして、トモキが好きなアーティストとバンド名は見覚えも聞き覚えも無い。
 咄嗟にスマートフォンを取り出し、その二つを検索した。すると、検索出来ないと表記された。
「え、おかしい」
 インターネットでの検索は、単語が被っていれば何かが表記されたりする。しかし、その二組を調べても何一つ表記されない。

「こんな事ってある?」
「分かんない。もしかして、二人でいるときは無理。とか?」

 トモキの推測は十数分後、それぞれの姿が見えなくなって以降に正解だと証明された。
 ヒナタが検索したとき、二組の歌手は実在し、曲も出している。しかしトモキから教えられた曲は無かった。

4 奇跡の出会いと恋心

 四日目。
 ヒナタは鞄に付けたキーホルダーを笑顔でトモキに見せた。それは、昨日の朝、トモキから貰えなかったキーホルダーであった。

 歌の話の後、急にトモキの鞄に付いているアニメキャラクターのキーホルダーが気になり受け取ろうとした時であった。トモキから渡されたキーホルダーがヒナタの手をすり抜けて地面に落ちたのだ。
 その時、再びヒナタが幽霊では? とトモキが疑うも、今度はヒナタの生徒手帳を確認のため手渡した。するとトモキの手をすり抜けて落ちた。

 どうやら互いに物々交換は出来ないと証明された。

 歌手の件もあり、キーホルダーは無い可能性もあったものの、ヒナタは下校途中に駅前のデパートまで足を運び、キーホルダーがあると思われる店へ向かった。
 まさか難なく見つけることが出来るとは思わず、密かにヒナタは喜んだ。

「え、あったの!?」
「昨日、寄り道して駅前のデパートで見つけちゃった~」声が弾んでいる。
「だから昨日はバスいなかったんだ。不思議な現象なのに互いの時間差は守るんだな」
「けど、これで”二人が出会った証”完成」

 無邪気に奇跡体験を堪能するヒナタを余所に、トモキの心情は別の所に向いていた。

 ヒナタは女子高生の中でも可愛い部類。
 雰囲気も良く、話していて楽しい。思春期真っ盛りのトモキの中では恋心がしっかりと芽生えていた。
 このまま仲の良い友達のように接するのも良いが、手ぐらいは繋ぎたい想いは高まる。

「……あの……さ」
「ん?」
 何気ない表情で返されると、言葉が詰まり、些細な頼み事も出来なくなる。
「え、あ、え~……っとぉ」
 視線が微かに泳ぐ。
「どしたの?」

 うつむくトモキの顔を除く様な姿勢で見られ、恥ずかしさのあまり、頼み事は砕け散った。

「あ、いや、別にたいした話じゃ無いけど」
「それは言ってみないと分かんないじゃん」
 無理やり、言い訳のように言葉を繕う。
「こういう関係って」
「あ、恋人みたいな言い方だね」
 急に顔が赤くなり、必死に否定する。
「照れてる照れてる」
「違うって! こんな現象で会うのって、いきなり会えなくなったりすんじゃないかって話!」

 ムキになるも、顔が赤いのは隠せない。
 茶化された事への怒りではなく、恥じらいと恋愛感情の微かな昂ぶりから。

「そうよねぇ……、ハッピーエンドのラブコメだったら突然会えなくなっても、どっちかが転校生として再会とか、大人になって再会とかあるけど……」
「何か目印とか考えてみる? ああいうのって、お互いが見えなくなるけど、実は認識してないだけで会えてるみたいなのって考えられないかなぁ」「じゃあ……」

 ヒナタはバス停の周囲を見回した。めぼしい目当ての物が見当たらないので、ベンチの骨組み部分を指さした。

「ここに紐でも結ぶってのはどう? たこ糸でも縫い糸でもミシン糸でもいいから」
「つーか、今だったこうやって地面に足跡付けるとかあるんじゃ」
「その日に雪無かったら終わりよ。糸にしようよ」
 押し負け、ヒナタの案が採用されることとなった。

 バスに乗り、ヒナタだけが学校近くのバス停からトモキの足取りを確認し、少し嬉しい気持ちになる。
 恋人同士ではない友人関係。しかし、二人はとても楽しい恋人同士になれた時間を過ごしている気持ちであった。
 純愛のような、キラキラと輝く青春映画の一場面のような一時。
 新鮮で、清々しく、淡く柔らかい、会える時間が短い奇跡の一時。
 二人だけしか知らない不思議な関係。

「また明日ね」
「うん。また明日」

 きっと、また会えると信じて別れた。
 その幸せが唐突に終わりを迎えるとも知らずに。

5 途絶える足跡

 金曜日、午前七時。
 トモキはいつも通り登校した。

「あれ? 今日は勉強しに早く行かないの?」
 母親に訊かれ、何を言っているのか分からず「なんで?」と返すも、家事に忙しい母は「あ、いいの、車に気をつけてぇ」と返し、別の事に気が回る。
 トモキの母はせっかちであり、あまり話をよく聞かない癖がある。
 いつもの事だからトモキは深く気にせず家を出る。

 その日、妙におかしな気持ちであった。

 バス停へ向かう直線道路で、いつも何かあったように思えるのに、何か思い出せない。
 気にせずウォークマンのイヤホンを耳に当て、好きな男性アーティストの曲を流す。すると、何か、いつも以上に歌が心に染みる気がする。

 奇妙な事は続いた。
 バス停へ向かう最中、誰のものか分からない足跡が続いていることに気付く。それは靴のサイズから女性物だと思われる。
 他に足跡は無く、その足跡だけがバス停へ行き着く前に消えている。
 乗車するにしてもバスがそんなところで止まる筈は無い。
 足跡の進行方向からも、消えた場所で他に足跡を残さず待っているなんて不自然だ。

 バス停に着いてからもトモキは足跡を眺め続けた。すると、不意に涙がこぼれた。何か、大事な何かを忘れているような気がする。必死に色々と思い出そうとするも心当たりがまるでない。

 そうこうしている間にバスが到着する。

 急いで涙を拭い乗車すると、背後で何かを感じて振り返る。
 一瞬、瞬きをするほどの刹那、女子高生が見えたような、見えないような。

 ほんの些細な奇妙な出来事を、トモキはいつものバス停で体験した。

 その奇妙な体験の記憶も、次第に消えていった。

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