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【長編】奇しき世界・十話 二月の再会(後編) 完

1 場所替え


 午後十一時三十分。斐斗の自室。

 清川夏澄がアナザーである。その事実を突きつけられた斐斗は、机に両肘を乗せて手で頭を抱えて苦悩した。
 対処方法は至極単純。リバースライターで存在そのものを無くせば本体となる人間は救われる。しかしアナザーであれ、清川夏澄が人間として生きてきた思い出があり、耀壱という恋人がいる。

 既にアナザーである前に一人の人間として、斐斗の周りで存在を際立たせて生きている。
 リバースライターを使用すれば問題は解決するだろう。しかしそれは清川夏澄の死。正確には、人間に害を成す奇跡を消す行為に当たるのだが、殺めてしまう事に変わりはない。

 何か良い案があるのではないかと、考えれば考える程頭が痛くなる。

「随分と仕事熱心なのね」
 突然、スズリの声がした。
 周囲を見回して名前を呼ぶも、姿はどこにもない。
「探しても無駄よ。貴方へ直に声を送っているのだから。夜分遅くに恋人がいる殿方の寝室へ突然現れるなんて、不躾な事はしないわよ」
「……何しに来たんだ」
「あら、”アナザーの真実を知り、頭を痛めてる千堂斐斗君を心配しに来た”では、いけなかった?」

 斐斗は呆れてしまい返事をしなかった。

「冗談よ。実は、この街での大きな変化を終えたから、運命の試練が反応する次の街へ向かうのよ。でもその前に挨拶でもしようと思ってね」
「運命の試練ってのは、渡り鳥みたいなもんなのか?」
「そうかもしれないわね。けど、もっと近いのは川の流れかしら。本来ならいつまでもどこかへ進み続け、時折運命の試練が反応した人間の傍で止まり、事を終えたらまた進む。そういった存在よ」
「今回は奇跡の進化時の影響で長居したわけか」
「ええ。それより、そこだと声量抑えないといけないでしょ? 周囲へ気を遣わなきゃならないから。場所を変えてあげましょうか?」

 余程気を揉んでいるのか、即答されず、数秒の間が空いた。

「…………そうだな。頼む」
 斐斗は部屋から姿を消した。


 スズリが招いた世界は、月夜の浜辺。二月の極寒の様な夜の海。

 空気は冷たく、夜空は空気が澄んで月が綺麗に見える。そんな場所でも斐斗が平然としていられるのはスズリの影響が大きい。

「不思議だな。波とか、その辺の木々を見れば風は強くて、この時期の外は極寒なのに平気だ」
「ええ。折角招待したのに、極寒の海でいたぶるようなことは失礼どころか性格が悪い方の趣味よ。寒さを遮り、空気も少し温かくすれば気持ちが良いのではなくて?」

 体感は心地よく、秋の初めの涼しい空気を感じる。

「ああ。……さっきまでの重い気分が若干解消された気がする」
 近くに座るに適した岩を見つけて腰かけた。
「季節が違う気がする。白い息も出ないし」
「どうしても冷気を抑えると、普通の現象が起きないの。その点は我慢してもらえるかしら」
「問題ない。ありがとう」

 二人は暫く真冬の夜空と海を眺めた。

2 選択


 しばらく海と空を眺めていた斐斗は、砂地に寝転がって夜空を茫然と眺めた。

「……すごいな。これでも砂があまり冷たく感じない」
「来客に負担を与えない事を心情としてますから。その程度は想定しているわ。……混乱していた思考のほうは落ち着いたかしら?」
「……ああ。全然解決の糸口は見つからないままだが。何も考えずにボーっとしてると、部屋に居た時よりかは落ち着く」

 スズリは穏やかな笑み浮かべて安堵した。

「他者の運命を背負ってるんですから、頭が変になりそうなのは当然の事よ。他者の生死を決める事が容易であるわけがない」
「運命を司る奇跡に言われてもしっくりこないが。……スズリは人間の存在を左右する場面に直面すると、どんな気持ちで、何考えてるんだ?」
「おかしなことを訊くのね。私の姿は人間であっても、中身は全くの無関係な存在よ。人間らしい情なんて備えてないわ。ただ、決断を迫られた者の行く末を見守るだけ。その前に、運命の試練を与えるのだけど」

 スズリは選択を提示する存在で、選択する者が快い道を相談する存在ではない。
 力を使って夏澄を残すか消すか。そして、運命を司る奇跡のスズリ。
 一つの答えが浮かぶ。ただ、その答えは大したものではないが。

「……俺も今、運命の試練を与えられてるのか?」
「あら、そう思う?」
「ああ。必ず本体の人間を死に至らしめるアナザーを消すか残すか。他人事なら至極全うな正論でも語り聞かせて選択を迫るんだろうけど、今回はアナザーが耀壱の彼女で、俺も面識があるし、『奇跡の変化が起きたら助ける』と言った相手だ。申し訳ないとしか言えない」
「……そうね。まさに運命の試練みたいね。けど千堂斐斗君、二つ間違っているわ」

 顔を空からスズリへ向けた。

「まず、私は運命の試練を特定の人物へ向けるような事はしない。ああ、私自身が与えるのではなく運命そのものね。私は、私の近辺で運命の試練に直面している者達の中で、特に強い躍動を感じる者の傍に寄るのよ。今回は奇跡の進化時であり、ルールを司る奇跡に嵌められ、先祖代々受け継いだ力を駆使する人間である貴方に会える状況だった。かなり異例だから傍にいたのよ」
「じゃあ、俺のこの悩みは」

 運命の試練ではないのかと思えた。

「誤解しないでね。貴方の迎えてる苦悩は紛れもなく運命の試練よ。試練は誰にでも、いつでも起きるの。だから私の存在は関係ないわ。そして、もう一つの貴方の間違いは、選択よ」
 選択。この状況で選択を指すのは、夏澄を消すか消さないかと考えられる。
「どういう事だ?」
「詳しくは話せないわ。それは、多くある選択肢の中から、”特定の筋道への誘導”となってしまう。ある程度なら問題ないけれど、この場合、私が話せることはここまで。とにかく選択について考えてみて。としか」

 二人は沈黙した。
 冬の激しく寄せては返す波の音が、とても大きく聞こえる。

「……さて、そろそろお別れの時間ね。今度こそ本当にこれが最後よ」
「……ああ。色々助けてもらったな」
「助けた覚えはないわ。ただ、運命の試練の流れで貴方の傍にいただけよ。楽しい時間を過ごせたわ。ありがとう」
 斐斗が立ち上がると、周囲の光景が歪みだし、ゆっくり風景が斐斗の部屋へと変わっていった。
「また、どこかで会いましょう。千堂斐斗君」
 それがスズリの別れの言葉となった。


 部屋に戻った斐斗は、スズリと会う前より気分は晴れやかであった。
 これから何をするか、選択肢は一つしかない。しかし、その行い事態は一方通行ではない。

『とにかく選択について考えてみて』

 その点について考えると、確かに一つだけではなかった。
 まだ、不快な思いが燻り、穏やかでないものの、斐斗は床に就いた。

3 覚悟


 数日後、レンギョウのいる神社へ、斐斗は夏澄と耀壱を連れて来た。

「……斐斗兄……何言ってんの?」
 アナザーの説明と、夏澄がアナザーだという真実を聞かされた二人は、驚きのあまり混乱する。
「え? え、え……ちょっと待ってください、千堂さん。私、正真正銘の人間じゃないですか」
「そうだ。僕だってずっと夏澄ちゃんといたし、全然奇跡と関係ないし、この前の進化時ってやつが起きても夏澄ちゃんは大丈夫だったじゃん」
「ああ、奇跡の進化時が迎える新たな形の一つが、“清川夏澄という人間らしい奇跡”なんだ。アナザーはこれからも出てくるだろう。けど、このまま彼女を清川夏澄として成り立たせると、本体の人間が死ぬ事は決定している」

 夏澄は口を手で押さえ、言葉が出ない。

「ちょっと待ってよ! じゃあ、その本体の人間って誰なんだよ!」
 レンギョウが答えた。
「その人間も、清川夏澄だよ。現在入院中の。こっちの夏澄ちゃんと同い年で、殆ど同じ見た目の女性。病気で入院していたけど、昨日容体が悪化して、今晩辺りが峠らしい」
「え……でもそれって、もう駄目なんじゃないの?! このままほうっといても駄目なんだったら、夏澄ちゃんをほうっといてよ!」
「耀壱、それは違う」
「何が違うのさ!」

 必死に夏澄を護っている様子は、涙を浮かべた目から伺える。

「ここで手を打たなければ本体の清川夏澄が死ぬことになる。正真正銘、どちらを生かすかの選択を迫られてるんだ」
 耀壱は頭が変になりそうな思いであった。
 すぐそばにいる夏澄は、どう見ても人間でしかない。しかし、斐斗がレンギョウまで連れて嘘を吐くなんて考えられない。

「……どうすればいいんだよ」
 耀壱は斐斗の胸倉を掴んだ。
「何で夏澄ちゃんが消されなくちゃならないんだよ! 僕の彼女なんだ! 大切な人なんだ!」

 夏澄は涙を流す。
 耀壱の訴えは続く。

「どっちか選べってんなら、夏澄ちゃんでもいいじゃないか! 人間とか奇跡とか関係なくって! だって、人間だって事故ったり病気になったら死ぬだろ! だったら――」
「耀壱君止めて!」
 夏澄の叫びは、耀壱にこれ以上、不似合いな暴言を吐いてほしくない思いからであった。

「……私……どうなってもいいから」
「何言ってんだよ! 夏澄ちゃんが消える必要ないよ!」
「……だって、千堂さん……奇跡の事で嘘つかないもん。だったら……入院してる私は、死にたくないって思ってる筈だから…………だから……助けたいよ」

 しかし、本体を救済する代償は、あまりにも大きい。
 耀壱は、斐斗の胸に頭を当てた。

「どうにかしてよ斐斗兄……。夏澄ちゃんを助けてよ!」
 二人の悲痛な想いを、受け止めるにはあまりにも苦しい想いを、斐斗は込み上げてくる感情を堪えた。
 ここで泣いてしまうと、自らの決心がブレてしまう。
 成功する保証はない。しかし、悲観的になってしまうと、これからする事が失敗してしまう不安がある。

 緊張する手を一度握り締め、決心を固めると耀壱の背に手を乗せた。
「……時間が無い。始めるぞ」
 聞かせると、もう手は無いのだと理解した耀壱は、胸倉を掴んでいた手を静かに放した。

「斐斗、かなり難しい手だよ、出来るのかい?」
 レンギョウが訊くも、振り返らずに答えられた。
「やるしかない。……やると決めたんだ」
 斐斗は夏澄の前に立った。
「君には申し訳ない思いだ。何かあったら俺に言えと言っておきながらこの体たらくだ。すまん」

 夏澄は頭を左右に振った。

「……これからするのは、君の存在を消す行為に他ならん。しかし、俺達三人が挑む試練でもある」
 夏澄は涙を流しながら斐斗を見て説明を聞く。

 斐斗の導き出した答え、それは、夏澄を生かすか殺すの二択ではなく、アナザーとしての存在を書き換え、夏澄の存在、運命を本体にも馴染ませる方法。

「俺は君の奇跡を書き換える。君はアナザーの枠から放たれるが、今の想いを維持できるかに挑む書き換えだ。耀壱と君は、書き換えられた後、互いに出会い元に戻るかを試される。三人揃って挑む試練だ。誰か一人でも挫ければ離れ離れの結末を迎える賭けだ。それに挑むかどうか、清川夏澄、君が決めるんだ」

 何をするか、まるで見当がつかない。しかし、また耀壱と結ばれる可能性があるなら、アナザーである自分の結末が死ではなく、生きる可能性があるなら、それに縋りたい。

 この書き換えは他に例が無い。
 アナザーが現れたのもつい最近、アナザーがいる時代にリバースライターを使えるのは斐斗のみ。
 正真正銘、初めての試みである。

 夏澄は腕で涙を拭い、立ち上がった。
「……お願いします」
「夏澄ちゃん」

 耀壱を見た夏澄は、リバースライターを構える斐斗に「待ってください」と告げ、耀壱の傍まで寄った。
「ごめん。正直、かなり怖いから、手、握っててくれる」
 声は震えている。
 耀壱も腕で涙を拭い、立ち上がって両手で夏澄の手を握った。

 二人は斐斗の方を向いた。

「俺も始めてやる事だ。覚悟は良いな、二人とも」
「千堂さんでもそんな事あるんですね」
「知らない事だらけだからな。よくある事だ」
「斐斗兄、しくじらないでよ」
「ああ。……じゃあ、いくぞ」

 三人は緊張した。

「また会おうね。耀壱君」
「あの公園で。絶対だよ」
 二人は互いの手を強く握った。

 斐斗の手が降ろされた。

「リバースライター」

4 語り・アナザー


 私が千堂さんと初めて会ったのは、友達の桃花が奇跡に憑かれて、解決方法を教えてもらうために千堂さんの家へ訪れた時だった。
 初めは喧嘩別れみたいだった。
 それで、私の知らない内に、いつの間にか桃花の状態は治っていた。
 どうして治ったかは分からなかったけど、恐らく千堂さんが解決してくれたんだと思った。これは直感で、なんか仲間外れっぽくてちょっと悔しい。

 次に会ったのは喫茶店。まさしく偶然の出会いだった。
 衝撃的だったのは、千堂さんに実の弟がいたこと。
 初日に会った耀壱君が弟だと思ったから、実の弟の叶斗さんが本命だって聞かされた時にはビックリだった。だって、如何にも文系っぽい千堂さんの弟が、不良っぽい印象だったから……。

 けど、実際は筋トレオタク……で良かったのかな? とにかく、体を鍛えるのが趣味らしいって分かった。
 叶斗さんから家族の経緯を聞いて、説明があまり良くなかったから千堂さんに詳細を聞きなおして、色々複雑な家庭環境だって分かった。
 桃花の件のお礼もあるし、冷静に考えると、千堂さんには、恩義しかなかった。

 どうやら私には変な奇跡が憑いてるらしいと教わった。
 憑いてるっていうから、幽霊的なものを考えてしまうけど、話から察するにそうじゃないらしい。けど、内心じゃあちょっと怖かった。

 それはさておき、私は耀壱君と仲が良くなった。
 叶斗さんとも同い年だけど、耀壱君のほうが話しやすいし気が合った。
 千堂さんから聞いていない話を色々聞くと、何と、恋人がいるって知った。衝撃的だった。
 あの堅物を絵に描いたような千堂さんと会う人がいるのが驚きでしかなかった。けど、まだ付き合ってないらしい。どうやら奇跡絡みで色々事情があったらしい。まあ、難しい問題だから仕方ないんだろうけど、でも、会う機会を増やさないと話は進みません。

 耀壱君と協力して、何度か会ってもらった。その甲斐あってか、二人は冬に恋人同士になったらしい。
 あ、一方で、私と耀壱君も晴れて恋人同士になりました。
 晴れてっていうけど、プロポーズの日は雪が降ってて、しかも夜だから、晴れじゃないんだよねぇ。でも、素敵な煌いてたような夜だった。

 まだ一年経ってないのに、ずっと、千堂さんや、その周りの人たちと会ってた感覚しかない。

 千堂さん、叶斗さんと恋人の光希さん、耀壱君、広沢平祐さん、美野里さん、真鳳ちゃんに凰太郎君。
 千堂さんの彼女の陽葵には一度も会ったこと無いのが残念だけど。


 私は、どうやら素敵な人達に囲まれた、素敵な夢を見ていたらしい。
 もう、昔を思い返しても、所々が曖昧で、どれだけ思い出そうとしても思い出せなくなってしまった。
 約半年間の素敵な夢。
 けど、まだしっかりと覚えてるものもあるんだよ。

「また会おうね。耀壱君」
「あの公園で。絶対だよ」

 ”耀壱君って人”と、また会う約束をしたんだ。

 素敵な夢の住人だと思うけど、変な話、夢に登場した人と会おうだなんて、私って、こんなメルヘンチックな女だったっけ。
 けど、会えるなら、会ってみたい。
 なんか、雪の降る公園だったような。

 そう…………冬の夜だったような。

5 また、ここへ


 二月四日。
 斐斗は応接室で岡部とアナザー関連の仕事の打ち合わせをしていた。

「珍しいですね。アナザーと本体が友人関係の事例って」
「ったく、一体全体何がどうなってるか分からんが、アナザーの進化が著しすぎる。お前への仕事依頼じゃ、アナザーが存在しきれてない奴を消すものばかりだけど、こういった、人間界にどっぷり存在してる件だって日本中で起きてるらしいぞ」

 斐斗はカップに入った珈琲を飲んで落ち着いた。

「俺、日本中巡りませんよ。子供だって産まれるし」
 陽葵は妊娠八か月。勿論、斐斗の子である。
「んな無茶な事、誰が言うか。そういう情報があるってだけだ。んな事より、カミさんの身体労われよ、折角堅物な斐斗に天から授かった子供なんだからよ」
「堅物は余計ですよ。こないだレンギョウさんにも言われましたけど、そういう噂してるんですか? 俺が堅物って」
「んな事誰がするか。ワシが他の奴らとお前の話なんざ、そうそうしねぇよ」

 岡部は一気にぬるくなった珈琲を飲み干した。

「んな事はさておき、叶斗のとこは双子だっけか? 広沢家の学生ズも双子。お前らどんだけ双子と縁があるんだよ」
「知りませんよ。奇跡でも絡んでるんですかねぇ」
「それより、耀壱の奴、彼女は出来ねぇのか?」
「さあ。……あ、なんでも、二月くらいから、近くの公園で彼女に会うみたいな夢をよく見てたらしくって、時間があると公園行ってますよ」
「二月ってぇと……は? 今じゃねぇか。ちょうど奇跡の進化時終えた後でもあるしなぁ……。何かの奇跡に憑かれてんじゃないのか?」
「俺も見ましたけど、全く。奇跡の芽が開花したわけでもなさそうだし。……けど」
「どうしたよ」
「俺も……耀壱に彼女いたはずだって、記憶の片隅にあるような、無いような」
「おいおい、しっかりしてくれよ。パパになるからって、ボケんのは早すぎだぞ」

 斐斗が清川夏澄にリバースライターを使用して以降、耀壱と共に清川夏澄の記憶が消えていた。
 彼女の記憶は、斐斗が関わる全ての人間から消えている。それは、静奇界の住民も含め、全てである。
 ただ、耀壱と斐斗は、時々、謎の女性の存在を思い出す時がある。その記憶はすぐに消え、思い出した事実のみ残るも、さほど気にも留めない程だ。

「んで? 耀壱は今日も公園か? 雪降るって時に」
「なんでも、Web小説のネタにでもするとか」

 これ以上、仕事とは違う話に感けると、真鳳と凰太郎が帰ってきて邪魔されかねないと思い、二人は本題に戻った。


 公園にて、耀壱はノートに思いつくネタを書き込んでいた。
 筆が乗ったのか、時間を忘れてついつい書き込みに没頭してしまった。
 書いている途中、ノートに雪が降り、それで集中が途切れた耀壱は空を眺めた。

 輪郭の溶けた灰色の雲から降る雪。自分の吐く息は白い。
 呆然と空を眺めていると、冷めたホットティーを飲もうと、よそ見をしながら掴もう手を伸ばした。すると、手がカップに当たって倒してしまい、地面に紅茶を撒いてしまった。

「あぁ……百八十円がぁ……」
 一口しか飲んでいない紅茶が名残惜しかった。
 その様子を見ていた、離れた所に座っていた女性が笑った。
 耀壱がその女性を見ると、申し訳なさそうにした女性は頭を下げた。

 二人は頭を下げ合うと、女性が声を掛けた。

「そちらに座っても宜しいですか?」
「え、あ、はい」
 少し離れた位置に女性は腰かけた。

「すいません突然。この公園に来ているのを良く拝見するので、気になってしまって……つい」
「あ、そうですか。……そういう貴女も、ここへは?」
「ええ。秋ぐらいから、不意に気になってしまって。おかしな話なんですけど、一昨年の秋ごろから、体調崩して半年ほど入院してたんですよ。その時も、この公園も事を夢に見て」
「すっご、僕も去年の二月くらいから、この公園がやたらと気になってたんですよ。それで、暇があったらここへ。今じゃ、考え事するのにちょうど良くって」
「何か、熱心に書かれてませんでした? もしかして、考え事ってそれ?」
「はい。実は、WEBで記事とか書いてて」

 女性は、スマホの着信音に反応し、取り出してディスプレイを見た

「あ、ごめんなさい。そろそろ約束の時間が来てしまって。また、ここへは?」
「はい。明日もこの時間くらいには」

 女性・清川夏澄は、笑顔で会釈して帰っていった。

 ちょっとした会話で終わったが、二人は互いに、どこかで会ったような気がしてならなかった。

 そして、また会えるような気がしていた。

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