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【長編】奇しき世界・九話 迷走の廻転空間(2/4)配分と疎通

1 時間の価値

 ルールを司る奇跡の声は、斐斗と叶斗へ同時に聞こえた。
「てめぇ! 何を企んでる!」
 叶斗の叫びが斐斗にも聞こえた。
「叶斗! どこにいるんだ」
「兄貴?! どうなってんだ? 俺はどっかの学校だ! 今でも使われてそうな木造校舎のグラウンドだ!」

 斐斗の咄嗟の直感では、田舎町か、過疎化の進む離島などが浮かぶ。

「俺は崖だ! それ以外は……――はぁ!?」
「どうした兄貴!」

 斐斗が見たのは船であった。しかし、現代の貨物船や漁船や客船ではない。木造の、海賊や水軍などが登場する時代劇に出てくる船そのものだ。

「叶斗! お前がいる場所で、時代が分かるものがあるか!」
 叶斗はすでに正門前まで来ていた。そこから町を見ようと道路を進むと、二つの疑問が浮かぶ。
 道路はアスファルトではない。そして、数件の見える家屋がやけに古めかしい。

「はっきりとした時代は分からねぇ。けど、現代じゃない感じだ!」
 二人の会話を聞いていたルールを司る奇跡は、高笑った。

『あーっはっはっはっ! 最高だよ君達。驚きはするも、即座に事態を把握して理解に励む。常人なら混乱してもっと悶えるのだろうがな』
「おいルール野郎! てめぇ、かくれんぼしてぇだけだろ! こんな時代が違う状態でどうしろってんだ!」
『勘違いしないでもらおう。既に君等は舞台の上だ』
「どういう事だ。スズリの説明にあった、風景が変わるというやつか」斐斗が訊いた。

『そうだ。彼女にはメッセンジャー役を担ってもらってね。いきなり舞台に立たされて混乱し、無駄に時間を浪費してほしくない僕の気遣いだ。おっと、焦らないでくれ、今は時間が止まっている。僕が君達と意識を共有し合ってる間は時間が止まる”ルール”だからな』
「ルール野郎! てめぇ、ルールを司るんだろ。だったらこっちに分が悪すぎるんじゃねぇのか! 見つけるお前の顔も知らん、何処をどう行けばいいかも分からねぇんじゃ、俺らに不利すぎるだろ」
『安心しろ千堂叶斗。詳細を伝える為にこうしてわざわざ赴いているのだ』

 叶斗の「ああ?」と、苛立つ声が聞こえる。

『ルールは彼女から聞いた通り、僕を見つけるだけだ。しかし、僕は彼女と違って実態が存在しない』
「じゃあ見つけようが――」
 反論する声に被せ、ルールを司る奇跡は続けた。
『だから、ある人間に憑かせてもらった。君達にはその人間を見つけてもらう事になる』
「結局分からずじまいだろ! どこの誰かだけでも教えろ!」

 叶斗が感情任せに訊く内容は、斐斗も抱いている事であり、暫くは質問役を叶斗に任せている。

『僕はルールを司る奇跡ではあるが、ルールを決め、舞台や脚本を設定するだけで君達への妨害行動は出来ない。もし、君達が僕を捜し回る途中、何かしらの妨害と感じるモノと遭遇したら、それはルールを成り立たせるための存在だ』
「つまりお前は、スズリと同様に別で大きな力が働いているが、自分は何も出来ない存在だと?」
『彼女は姿を作り上げた点、有能だと思うよ。けどまあ、既に彼女は僕のルールの一部でしかないがね』
「数か月前から俺を見張っていたのは、この時の為の下調べか」
『まあそうなるが、『舞台構成』と言ってくれないか。僕は色々面倒な下拵えが必要だからね。さて、今の説明から深読みしてくれたまえ。直接的なヒントを教えてしまうと、勘のいい君達ならすぐに気付いてしまうだろうからね』

 平然と説明するルールを司る奇跡。
 焦る千堂兄弟は、まるで手に平の上で踊らされている気持ちになった。

『さて、次は変わる風景と時間の説明をしよう。二人とも右手首を見てくれ』
 二人が言われた通り見ると、いつの間にかデジタル表記の腕時計がセットされていた。しかし、画面はスマホを一回り小さくした大きさである。
 画面には『8・00・00』と表示されている。

「おい、いつの間にこんなん付けやがった」
『それはこのゲームの使用時間だ。一応、八時間設定だ』
 スズリの説明では、午前十時から午後六時がかくれんぼの時間と決められていた。その時間だろうと思われる。
「お前の奇跡が及ぶ範囲は街全体と聞いている。なら、俺達は八時間以内にその範囲内でお前を探せばいいって事だな」
『理解が早くて助かる。その通りだ』

 いくら世界の見た目が変わっても、行動範囲は街中である事に違いは無い。

「随分余裕だな。八時間もありゃ、お前を探すのは簡単だ。こっちは力使ってOK、おっちゃんやレンギョウさんの力も借りてOKって聞いてっからよ。兄貴と合流して速攻で済ませてやるぞ」
『こちらとしてはもっと楽しんで欲しいよ。まあ、その時間が、『僕を探すまでの、真っ当な八時間』であればの話だがね』
 斐斗は直感で察した。
「力の使用、静奇界の協力も時間消費に影響するのか!?」
『ご名答。さすが千堂斐斗だ。まあ、それぐらいの枷を付けてもらわなければ、僕には不利なゲームだ』
 ルールを司る奇跡は時間の説明をした。

1 何もしなければ正規の早さで時間が経過する
2 風景の変化は経過時間と関係なく変わる。しかし、力の使用後は強制的に変わる
3 力の使用は一度で一時間消費
4 静奇界関係者の助言は経過時間が助言者の格により早さが違う
5 かくれんぼの舞台で出会った奇跡との会話でも早くなる。また、どのような力であれ、プレイヤー以外の力は一度で三十分の消費
6 ルールを司る奇跡がプレイヤーへ話しかけると時間は停止するが、プレイヤーがルールを司る奇跡に話しかければ、会話中の経過速度は二倍増
7 メッセンジャーとして現れるスズリとの会話も時間は停止する。
8 スズリにプレイヤー同士の言伝をする場合、一度に一時間消費する
9 プレイヤーの残り時間が一時間を切ると、あらゆる力の使用が不可能となる
10 プレイヤー同士の時間経過は連動される

「おい、スズリの言伝以外に叶斗との連絡手段は無いのか!?」
「どう考えても不利だろ! 俺らはこの舞台の把握からお前の姿を突き止めるまで、色々やらなきゃならねぇんだぞ!」
『僕との会話中は話せる。時間を消費するが言伝も可能。静奇界の奴も使えるんだ。奮発はしてるよ。それに、こちらは何も出来ない。ただ一か所に留まるだけだから、すぐに見つけられれば終了だ。双方共にアドバンテージ、ディスアドバンテージはあるんだから文句言うなよ』

 いつ説明を終えられるか分からない。
 斐斗は咄嗟に思いつく、気になる事を訊いた。

「ゲームを始める前に答えろ! お前の目的は何だ!」
『くだらない質問だな。運命を司る奇跡から聞いてないか? 進化時の話を。我々奇跡か人間か、どちらかが贄となるんだ。これほど力に揺らぎが生じ、全部がしっちゃかめっちゃかの状態なんだよ。僕の力を遺憾なく発揮してゲームを楽しむに決まってるだろ』
 単なる道楽。それが答えであった。
『さあ、千堂兄弟。奇跡か人間か。贄となる側を決めるゲームを開始しよう』

 まるでホイッスルのような笛の音が響くと、斐斗と叶斗の時計が動き出した。

2 悩み多い開始

 ルール説明を聞いて、叶斗が真っ先に思った事は、奇跡の宿った品を持ち出したことは悪手であったかもしれない可能性であった。既に持っている首飾りの奇跡が何か分からないのに使用するのは自殺行為である。
「ったく、なんなんだこの奇跡わよぉ」

 力を使いづらい。
 首飾りの力が謎すぎて使えない。
 誰かに頼るには考えて行動を決めなければならない。

 しかし、何かの助けがあっても”現状では勝てる気がしない”事は変わらない。闇雲にあちこちを探しても、目当ての存在が見つかる可能性が低すぎる。

(――あ~、失敗したぁ)
 ルールを司る奇跡は、嘘をついて逃げるかもしれない。もし、その手段を使われれば、見つけても惚(とぼ)けられればこちらが尚更不利になる。
 確認すれば良かった。と後悔が生まれた。

 手がかりゼロ。
 連帯責任を考えすぎて協力を求めようにもそれが出来ない。
 どんな世界にいるのか把握が出来ない。
 負ければ人間の大半が死ぬ。
 悩んでも仕方なく、動かなければ落ち着かない。

 焦りと緊張が、叶斗の足を動かした。

 一方、斐斗は座りやすい岩を見つけると腰かけ、ジッと壺越しに海を眺めた。けして壺に憑いている奇跡が何かを探っているのではなく、考え事をするのに必要な岩が、壷越しに海を眺めれる位置に存在していただけであった。

(とにかく、一度情報整理だ)

 かくれんぼは街の土地面積が舞台で、風景はコロコロ変わる。変わる理由を見つけなければ勝機は失せる。
 協力、力の使用、言伝、全てが許されてはいるが時間を対価にされる。
 プレイヤーとルールを司る奇跡、それぞれに有利不利がある。
 ルールを司る奇跡は実態が無く、人に憑いている。

(くっそ! 見つければ素直に負けを認めるかを確認しとけば良かった)
 叶斗と同じことを思うも、何か手は無いかを考え、不意に腕時計に目を向けた。
 時間はまだ五分も消費していない。
(叶斗は力を使っていないか。まあそうだろうな)
 しかし、ただ闇雲に走っていては標的を見つける事が困難だと思われる。
 直感に等しい憶測でしかないが、時間消費はするものの、力を使えて協力も可能。何か身を削るアクションこそが進展の鍵だと考えられる。

「――ん?!」
 ふと、時間が五秒消費された。
 消費時間のルールに、五秒間の消費は説明されていない。しかしそれが成されている理由を考察した。

 力でもない。
 協力でもない。
 ルールを司る奇跡とのこちらからのコンタクトでもない。
 言伝の時間消費ではない。

 説明に無い内容が時間消費に関係しているとしか考えられない。
 斐斗が咄嗟に浮かんだのは、風景変化しかない。

 八分後、更に五秒の時間消費が起きた。

 ルールを司る奇跡の説明では、斐斗と叶斗の時間は連動しているとされた。
 もし五秒の消費が風景変化であるなら、斐斗のいる世界は一度も風景が変わっていない事から、起きたのは叶斗側の世界。
 風景変化は何かしらの行動を起こせば起きると考えた。

 考察を深めていく最中、叶斗への質問と指示を絞った。
 斐斗はルールを司る奇跡が話しかけてくる時を待っている。
 時間の消費から、叶斗も力を使わないのは、恐らくその機を伺っていると考えられる。
 なら、消費時間を節約するためには、言葉も選ばなければならない。

 一分一秒が惜しい中、斐斗は黙って時計と壺と海を見ながら、黙ってその時を待った。

3 変わる世界、必要な考察


 叶斗は学校を出て暫く歩くと、突如異変が起きた。
(――なっ!?)
 絶句する程の出来事。スズリの説明にあった風景変化である。

 長閑な田園風景から、時代劇でありそうな長屋通りに飛ばされた。
 町並みの時代背景と自分の服装の時代が合致しない違和感を抱きつつも、叶斗は恐る恐る近くの家の戸を開けた。
 中には草鞋を作っている途中と思われる光景広がっている。しかし人っ子一人いない。
 他の家を除くも、誰もいない。
 叶斗が飛んだ時、視界に入る家屋全てを見たが、誰もいない事が分かると、再び風景が突然変わった。

「なんか前触れでも起きろよ」
 呟きながらも風景を見回した。
 次に訪れたのは、四方八方に噴水が並べられている広場と思しき場所。
 時代背景が明らかに現代寄りではある。しかし、どこにこんな噴水が密集した広場があるか疑問であった。

 噴水は水が出た状態である。
(水は出てるけど人は……なしか)
 どうやら、水道会社関連の人の存在は考えなくてもいいとした。憶測だが、電気は点き、水は出て、コンロなどの火も着くと想像できる。
 『物は動くが、人はいない』そういうステージだと考えた。

 暫く歩き回ると、先程の二回分と違い、中々風景が変わらない。
 時計を見ると十五分が経過していた。
 風景が変わる理由は、歩数や時間かと思われたが、学校から長屋、長屋から噴水広場へは、歩いたり小走りだったりと、歩数はバラバラである。
 時間も、長屋と噴水広場へ変わるまでの時間は、叶斗の体感では誤差を感じた。

 噴水に腰かけて休憩する叶斗は、またも風景が変わり驚いた。
 次の風景は、砂浜。所々に岩がそそり立っているモノが点在している。

 動いていないのに変わる。
 斐斗の方はどうなっているかが気になるも、叶斗が現状の変化によって抱いた意見は、”風景変化は自分の行動が関係して変わるのではない”である。
 時間も関係しないので、ルールを司る奇跡が敷いたルールに、ランダムで風景が変わると思われた。

 叶斗は、動かずにこの状況をどのように打破するかを考えた。
 自分の力は、端的に言えば同質同士を結び付ける力である。使える人間が何処にもおらず、小動物もいないので使用対象が存在しない。必要のないものと思った。
 次に、何か出来るとしても、電話で岡部にかけるか、首飾りの奇跡を使用するだが、岡部に連絡するにも時間を消費するし、首飾りは奇跡の性質そのものが不明だからどうにもできない。万が一使用すれば一時間も時間を消費してしまい、かなり危険な賭けだ。

 このかくれんぼに敗北すると、光希を含めた多くの人間が贄となって死んでしまう。それを考えると、無駄な時間消費は避けたい。しかし、何か事を起こさなければ、風景変化以外の変化がない。
 対象を捜す手立てが見つからず、頭を抱えて苦悩した。

 ルールでは、自分から斐斗へ相談し、互いに再会する手は考えられ、その方法について考察してみた。
 結論、この世界は地続きでは同じでも、空間そのものを変えられているから、斐斗とはどこかで偶然会えるなどと期待を抱くだけ無駄と思われた。

 連絡すれば時間を消費する条件に縛られている相手と、偶然会えるなど虫が良い話であるし、二人を離した意味がない。
 悩み続ける最中、再び風景が変わったこれで四度目。

 情報が少なく、行動できることも限りがある。
 ルールを司る奇跡は、ゲーム開始時のような通話状態をゲームの最中にすると言っていた。その時、斐斗との会話が出来る限りある時間である。
 叶斗は自分の体験した事を話せば、斐斗なら情報を元に何かを導き出すとは考えられる。しかし、話が出来る時間に限りがあるとしたらどうだろうか。さらに、全体的に時間消費ゼロで話が出来る回数が二度や三度ではどうだろうか。
 限度ある短時間で、互いの状況説明、力の使用するタイミング、外部との連絡時期と時間、スズリとの接触、言伝。
 どう考えても打ち合わせするには時間消費が多すぎて無理が生じる。

 声だけしか聴いていないが、叶斗が何となく抱いてるルールを司る奇跡の性格は、意地悪い愉快犯の部類である。
 斐斗との打ち合わせ中に挑発的発言をしてきて、無駄な時間を使わせる可能性は十分あり得る。

 叶斗はさらに考えた。
 無駄な話し合いと、しなくても良い言動。
 必要な言葉、指示を。
 そして、時間消費の割り振りを。

 叶斗が消費時間の制限を指示するよりも、斐斗に任せる方が有利である。理由は、場数を踏んでいる斐斗の勘を頼りにした方が有利だから。出来る事なら時間配分や力の使用場所も考えてほしいが、向こうもこちらの状況が分かっていない手前、欲張って願うのは、ルールを司る奇跡の思う壺だと分かる。

 叶斗は考察に徹した。
 ルールを司る奇跡の出方、斐斗の出方。
 双方の言葉次第で自分は何を発言して有利に、無駄な時間を浪費せずに事を進める事が出来るかを。

 考えていると、あの音が響いた。

4 使用可能時間


 ゲーム開始から三十分後、ホイッスルの音が響いた。

『三十分経過したよー』
 ルールを司る奇跡が、気堕落な声で告げた。
『どうしたどうした千堂斐斗。ゲーム開始からずっと黙って座ったままで。弟は必死に走り続けてるのに。あ、それとももう諦めた?』
 斐斗は黙った。それは、反論する時間を惜しんでの沈黙ではない。
『……だんまりですか。まあいいや。途中経過の説明するねぇ。僕が繋ぐ時間は五分だけ。その際、僕への質問も互いの会話、何でもOK。時間は一切消費しないよ~。今回は三十分後だったけど、次からは、いつになるかランダム。それと、後二回だから』
 斐斗も叶斗も黙ったまま五秒待った。
『……貴重な五分、黙ったままで――』

「叶斗! 風景は変わったか!」
 突然斐斗が叫んだ。
「ああ、四回変わった! 兄貴、時間管理は任せたぜ!」
 このやり取りで斐斗は、五秒の時間消費が風景変化だと確信を得た。そして、叶斗の心構えも想定通りだと察すると、笑みが零れた。
「叶斗! 時間配分は二時間だ! 大事に使え!」
「了解だ!」
 それ以降、叶斗は声を出さなかった。その反応が、斐斗を安堵の気持ちにさせた。

 ルールを司る奇跡は、双方の状態を観察する事が出来る。斐斗にも叶斗にも変わった様子は伺えない。

「聞いてるかルールを司る奇跡! 面倒だからお前をルールと呼ばせてもらうぞ!」
『千堂斐斗……何をした』
「さあな。手の内を晒さないのはお互い様だろ」
『お前は座ってただけだぞ! それで何が分かる! 力も使わない、助言もない、協力者もいない! 何か分かっても正解の保証はないぞ!』
「随分動転してるな。焦るなよ、まだかくれんぼは始まったばかりだ。楽しむんだろ? だが忠告しといてやる。この勝負、必ず俺達が勝つ! 黙ってその場で待ってろ」

 宣言が終わると、会話タイム終了の笛の音が響いた。


 斐斗も叶斗も状況を把握し、互いの思いを理解しあった。
 叶斗がルールに向かって意見しなかった。それは、発言権を斐斗へと委ねたと推測できる。だからルールが斐斗の状況を口にしても、叶斗は怒らずに黙って聞いていたのだろう。斐斗はそう結論付けている。
 確信を抱けたのは、斐斗への返事に、”時間管理を任せた”と告げた事だ。
 力の使用、協力要請などの支持を委ねたと考えていいだろう。

 叶斗も斐斗も考えている。

 二人の力の使用がこのかくれんぼを勝利に導くカギの可能性を秘めているなら、どちらとも自由に使用できる時間の余裕が無ければならない。気兼ねなく使用できる時間を把握させることは重要であった。

 叶斗への自由時間配分、斐斗の発言権獲得。
 この二つを得れば、無駄な会話時間が省かれる。

 斐斗は再び持ってきた壺の傍によって向かい合った。
(風景変化をしてみるのもありだが、先にこっちをやったほうがいいな)
 壺にリバースライターを使用する案は、先程考えていた時に思いついた。
 先に風景変化が起きた場合、壷を失う恐れがあるし、持って歩いたり走ったりするには体力の消耗が激しい。
 斐斗は深呼吸をし、力を使う構えをした。

 一方、二時間の使用時間を得た叶斗は、途中経過の会話後、首飾りを外して手に取った。
 風景変化は珍しい現象だが、ただ走り続けているだけで、何かが攻めて来る様子すら感じ取れなかった。まだ序盤だから、こんな様子なのかとも思われる。いきなり強敵が出現するゲームは、明らかに主催者側に有利だから、それは無いだろうが。

(なんだ? ルール野郎、昭和の町並みとか田舎が好きなのか?)
 木造家屋や田園風景、時に、夏の日本を彷彿させる蝉の声や風鈴の音が響く。

「持ち時間、二時間っつったよな」
 叶斗は首飾りに力を使用し、何か変化が起きるかを試みた。力の使用で何か変化が起きる可能性は思い付きであった。
 ヘブンを奇跡が憑いた物品に使用した事が無く、まさしく叶斗の直感であった。
 よって、どんな奇跡かも分からない首飾りに使うのは、自殺行為なのかもしれない危険性を孕んでいる。

(鬼が出るか蛇が出るか。……大博打だな)
 叶斗は首飾りに向かって手を構えた。


 互いに行動が一致した千堂兄弟は、それぞれが持ち込んだ品に向かって手を構えた。
「――リバースライター」
「――ヘブン」

 力を使用した分の時間が消費された。

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