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遠足の思い出

を書きたかったのですが、今回は遠足の前の日、しかも兄の遠足の前の日のお話しをします。

明日は遠足だ!

兄はそう言いながら、遠足の用意をしていた。

学校から帰宅し、その脚でそのまま塾へ。
そして帰宅したら、もう夜の七時はとっくに過ぎて、もう8時になろうとしていた。
兄は

昨日、塾がなかったから
大体の準備は終わっている。
やっぱり昨日やっておいてよかったよ。

そう言いながら、学校で配布されたプリントを何回も眺め、リュックの中を確かめていたそのとき、

あ!ヤバい!忘れてた!

兄は大きな声で叫んだ。

何を忘れてたの?

なぞなぞブック

兄たち五年生の行き先は、県内の大きな漁港だった。その道中、バスの中で、なぞなぞ大会をすることになっていて、そのときに使うなぞなぞブックを、兄は教室に忘れて来たのだった。出発は朝の6時。まだ学校は開いてない。だから、必要な物は教室に置いておかないよう、担任から言われていたのだった。

オレ、今から学校行ってなぞなぞブック取ってくる。

3歳年下の二年生の私でさえ、
夜間に学校へ行ってはならないことは
知っていた。そんなことをして大丈夫なのだろうか。幼いながらに兄が心配になった。

お前も来るか?

と、兄は小声で私に聞いた。

大丈夫。ママは風呂に入ってて
まだ出て来ないよ。今のうちにさって
行ってきちゃおう。

自宅から学校までは、歩いて5分くらいだ。

サッカークラブが使ってる部屋は、
いつも腰窓の鍵が開いてるんだよ。そこから入れば大丈夫。

兄はそう言って、自転車に跨った。

月明かりに照らされ、ひと気のない学校は、まるで映画でみたドラキュラ城みたいだった。正門の前に自転車を停めて、一階のサッカークラブの部屋へ。兄が言った通り、一箇所、鍵を閉め忘れた窓があった。

一緒に教室まで行く?それともここで待ってるか?

兄の問いかけに私は、こんなところで一人で待つなんて、と思ったが、窓の奥に広がる暗闇を見ていると、ここに入ったら二度と戻って来れないような恐怖が襲ってきた。
ここで待ってると
告げると、

そっか。じゃ、俺だけ行ってくる。
教室は三階だけど、ダッシュで行って
直ぐに戻るから。

と言って、兄は暗闇に消えて行った。

月明かりに照らされてる桜の木。
この桜が満開のとき、この下で兄と写真を撮った。満開の桜を咲かせた艶やかな桜の木は、月明かりのせいか、不気味な植物怪獣のようだった。
月明かりに照らされた物は全て、怪物になってしまうのではないか?

そんなことを思った途端、私は急に怖くなった。居ても立っても居られず、兄の後を追って、教室の窓に飛び込んだ。

廊下に出ると、階段の下に、なぞなぞブックを抱えた兄が立っていた。月明かりに照らされて、兄の影が長く伸びている。と思ったら、伸びているのは兄自身だ。兄の腕がシュルシュルと伸びて、私の首に巻きついた。苦しくてもがいてる私の耳元に、首をにゅうっと伸ばした兄の顔が、私の耳元でこう囁いた。

夜学校に来ると、こいつみたいになっちゃうぞ。お前もこいつみたいにしてやるよ。

ごめんなさい。苦しいよ。助けてください。

枝が首に巻き付きぎゅうぎゅう締めてきた。私は渾身の力を振り絞って

お母さん!助けて!

と叫んだ。

どうしたの??

子供部屋の襖が開いて、母が入ってきた。

明日、にいちゃん早起きなんだから、起こしたらかわいそうだよ。

え?

私は汗をびっしょりとかいて、自分の布団の中にいた。隣りには兄。その枕元には、
忘れてきたはずのなぞなぞブック。

あんた、こたつでウトウトしてたから、パパが布団に運んでくれたんだよ。お風呂まだでしょ?入る?

そう言うと、母は襖を閉めて、部屋から出て行った。

夢だったのだ。スヤスヤと眠る兄となぞなぞブックを見から、
私は風呂に入ろうと、布団から起きあがったそのとき、

どこ行くんだよ。ここにいろよ。

いつの間に起きたのか、兄が木の枝みたいになった腕を出して、私に手招きをしながら、私に話かけてきたのだった。

(了)




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