ベリーベリーストロング
午後5時30分の10分前。
この日は新人スタッフさんに道を教えながら、二人で車に乗っていました。
いつも通り最後の利用者様をお送りして車で施設まで戻る途中。
細い道で正面に車がライトをつけたまま停止。
よく見ると見慣れた車いすのおじいちゃんが、道沿いの駐車場の前で動けなくなっていました。
正体はやはりかめじい。かめじいは私が働く施設に長らく通う利用者様です。
人が集まって、おまわりさんもやってきて。
わたしは新人スタッフさんに車を任せて、かめじいのもとへ駆けつけました。
状況を伺うと、駐車場に車を停めたいのだがかめじいには言葉が通じず、おまわりさんを呼んだ、と。若いおまわりさんもどうしていいかわからなくなっていたところへ、タイミングよく私が来た、と。
かめじいの正面にしゃがんで顔をのぞくと、眠たそうな目をしている。
調子が悪いタイミング。
かめじいの病気は、自分の意志に反して身体が動かなくなったり、言葉が出なくなったり。調子が良いと歌も歌えるし、調子が悪いと、眠たくないのに瞼も閉じてしまう。
「かめじい!目を開いてみてー、わたしだよー、顔見えるーー?」
言葉は出ないけど目が合って、わたしを認識してくれたことがわかる。
よく見ると足がペダルから外れていました。
「家に帰る途中?ちょっと、わたし車椅子動かすよ?押すよ?」
言葉が出なくても、かめじいと会話はできる。
まずはYES、NOで答えられる質問をする。YESだったら1回、NOだったら2回手で足を叩いてもらう。調子が悪い時はピクっと指が1回、2回動くだけの時も。それを見逃さないように。
ひとまず、邪魔にならないところへ車いすを動かし、またかめじいの正面にしゃがむ。
また、瞼が閉じかかってる。
「もーしもーし!」と呼びかける。
消えていきそうな声で「かめよ、かめさんよ、」と聞こえて私はほっとする。
どんなに調子が悪くても、かめじいは私に冗談で返してくれる。いつも私が「もしもし!」と声をかけるもんだから、調子が良い時は返事もせずに歌いだす。
今日は歌えてはないけど大丈夫そう、と安心して、ゆっくり話しかけてみる。
「どうしたの?」
思うように言葉が出ないときに、伝えたいことが伝えられない苦しさってどんなだろうか。
かめじいに出会ってからよく考えるようになった。
だからこそ、YES、NOで答えられない質問も、ゆっくり言葉を待つように心がける。
すると、ぼそぼそと話し出す。
が、まだ聞き取れない。
「もう一回、ゆっくり言って」耳を寄せる。
かすかに「ちょっと縁石に乗り上げただけだよ」と聞き取れた。
道端でしゃがみ込んで会話している様子に、駐車場に車を入れた持ち主さんが「ヘルパーさん!道端危ないから駐車場の中入ってもいいので!どうしようもできないから困ってたけど助かりました!」遠くから呼びかけてくる。
「少し縁石に乗り上げて動かなくなっていただけみたいです。病気の影響で、言葉が出なかったかもしれませんが、話は通じてますし、言葉もちゃんと聞こえてますので!」
これだけは言いたかった。
話は通じているし、全部聞こえている。
「話が通じない」としきりに繰り返す言葉に、わたしが悔しくなってしまった。
そこへ、ふくよかで見るからに優しそうな先輩おまわりさん登場。
道の真ん中まで車いすを押したら、そこからはスタコラ漕ぎだすかめじい。
二人のおまわりさんと、かめじいを家まで送る。
若いおまわりさんが、かめじいの奥様に事情を説明している間に先輩おまわりさんとお話しした。
「あなたがいてくれて、助かりました。私たちもきっと、何もできなかったと思います。きっと業務時間外ですよね、お若いのに大変なお仕事をされてて関心します。」
こちらが恐縮するほど褒めて下さり、「おまわりさんの方が大変ですよ。私はまだまだ、修行中の身です。」と笑って答える。
「笑顔でこういう対応ができるのは素晴らしいことです。修行中は私もおなじですよ、」と50過ぎくらいのおじさんが少年のようにニコっとしてくれた。
そして「うちの若いのは、あなたのお名前伺いましたか?」
「いえ、」と答えると、
「そういうところなんだよなぁ」と笑いながら私の名前をメモして
「お顔もしっかり覚えました。」と言ってくれた。
「まだまだ彼も修行中ですが、あなたのように対応できるよう、帰ったら伝えようと思います。あ、お説教じゃないよ!」とまた笑う。
さて、わたしはかめじいのことを知らなかったら、落ち着いて対応できただろうか。
言葉が通じないと、諦めなかっただろうか。
知らない、というのは怖いもので、自分の当たり前が通じないだけで近づけなくなってしまう。遮断してしまう。
いろんなもの、こと、ひと。
なるべく多く知って、すべての人にフラットに向き合える人でありたいなと、改めて思い返す。
そして、わたしが車の持ち主さんに「ヘルパーさん!」と呼びかけられた時に生まれたこころの靄と向き合う。
会話をするときの相手の名前の大切さを想いながら、名前を聞いてくれたおまわりさんを思い出す。
わたしはあのおまわりさんに「おまわりさんの方が、」と言った。職業のことも指してはいたけど、名前を聞かなかったことを後悔する。
でもお顔はしっかり覚えておこう。
今度お会いしたら、必ず名前をお聞きしよう。
そしてわたしは、あのおまわりさんのような対応ができるようになろう。
*わたしが大好きな斉藤和義の歌に『ベリーベリーストロング』という歌があります。
偶然出会った人との会話で、相手の仕事をねぎらい合い、「自分の仕事が一番つらいと思うやつにはならない」という歌詞があります。
なんかソレみたい、と思って書きました。
最後まで読んでいただきありがとうございました☺