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「アメリカにおける補習校教育の問題点」の巻

■補習校を退職した件
 勤務していた補習校を、年度末を待たずに2007年12月に退職した。詳しい理由はここでは書かないが、「戦うのに疲れた」というのが率直な感想だ。
 2つの都市で、補習校2校、日本人学校1校に勤務させてもらい、短期間で小学3年生から高校3年生までを教える経験ができた。教育内容に関しては、教師の裁量権が広く、小学6年生の「社会」で、プリントで通史を教えたり、ディベートをさせたり、小学3年生の「生活」(日本文化を教えるということで特設されていた)では、バイエル終了程度の腕前だが、ピアノを弾いて文部省唱歌を歌い、日本の神話を一緒に読んだ。
 そういうすばらしい経験もできたのだが、学校と呼ぶには、余りにも常識外れのことが多く、その違和感に耐えられなくなってしまった。これは一条校(学校教育法第一条に記載されている学校)に長らく勤めた経験がある方が、もしも補習校で教えたなら、誰しもが抱くことだと思う。

■アメリカにおける補習校と邦人教育
 補習校(補習授業校)というのは、現地の学校(現地校)に通う在外邦人の子供が、平日の放課後や土曜日などに日本の学校教育の内容を習う学校として設置されているものだ。現在世界52ヶ国・地域に205校あるが、そのうち61校がアメリカにある。私が教師をしていた頃に比べると。20校以上消滅している。これに対して、日本人学校というのは全日制で、日本とほぼ同じカリキュラムで授業が行われるものを言う。アメリカ本土には4校しかない。
 補習校の経営は日本人会や商工会などによるものが多い。日本人学校と併設されているところもあるし、私立学校もある。
 そもそも補習校とは、海外赴任中の日本人の子供たちが、現地校に通いながら、帰国後に、日本の学校へソフトランディングできるように、日本の教育内容について学んでおくことが目的となっている。小中学生には、文部科学省から、教科書の無償配布も行われている。しかし実際には、永住している日本人や日米ハーフの子供たち、場合によっては、韓国系や支那系の子供たちも通ってくる。経営環境が不安定なところも多いので、「お客さん」を拒絶することはできない。そのお陰で、本来の「帰国子女予備軍」の教育に専念できず、教師不足もあって、教育内容が混乱している例は多々ある。
 アメリカの学校は、外国人を受け入れる環境が整っているので、日本人学校は設置されず、邦人子弟の教育は、現地校+補習校というシステムで、基本的に行われている。これは理に叶っているように見えるが、考えてもみてほしい。学習量はまさに詰め込みだ。多くの親は、子供がそれに耐えることで、自分が駐在で赴任している3年とか5年の間に、バイリンガルにできる、或いはそれに近づけると、素朴に信じているようだ。これが神話であることは以前に書いた通りだ。この傾向は、親の学歴とも関連があるという。実際、中西部にある補習校の先生は、近隣の自動車関連企業などに赴任している職人肌の人たちは、自分が言葉の壁で苦労しているので、子供にはそうさせたくないと考えて現地校に通わせているので、仮に日本人学校が近くにあっても、興味を示さないだろうと語ってくれた。
 しかし、実際には語学習得はそんなに甘いものではない。子供は帰国すれば簡単に英語を忘れてしまう。経験的に言っても、話さなければ、外国語は簡単に忘れてしまう。日本に一時帰国している間に、現地校での英語の授業についていけなくなったというのは実際よくある話だ。しかも日本語はだんだん怪しくなる。そうならないために補習校があると言うのだが、この安易な発想にこそ落とし穴がある。日本語も英語も中途半端という最悪の状態に陥る可能性があるということを、保護者は肝に銘じてほしい。これは、安易にアメリカンスクール、インターナショナルスクールに通わせようとする人たちへの警鐘でもある。

■シニアボランティア教師の派遣を
 残念ながら、補習校の教師の力量不足は否めない。日本人学校では、文部科学省から期限付きで派遣される教師がおり、現役バリバリの彼らから現地採用の教師も学ぶことができる。しかし補習校の場合、校長や教頭が派遣でも、教師は殆どが現地採用になる。そもそも、在籍児童生徒数が一定数に達したら教員派遣が行われるハズなのだが、生徒数が百人を超えても派遣教員はゼロ、校長以下全員が現地採用というケースさえある。せめて数年でも日本で一条校を経験した先生が現地採用に応募してくれればよいのだが、そんなケースは稀だ。補習校は全日制ではないので就労ビザがおりないからだ。そして現地採用でも、仕事は週1回なので、それだけでは食っていけない。プロがいないというのが実情なのだ。昔取った杵柄の人、経験の浅い人はまだ良いほうだが、場合によっては、免許だけで経験のない人、免許すらない人まで混じることになる。
 全米各地で年に1回、近隣の補習校教師を集めて講習会が開かれているが、そこでは教授法やカリキュラムだけではなく、薄給の愚痴のようなこと話されるらしい。そんな機会だけで研修が不十分なのは言わずもがなだ。
 教師という職業は、生徒以外の他人に仕事を見られる機会が少ないので、自分が学ぶ気持ちを持ち、いつも新しいことを求める意識が必要だ。ましてや、週に1日だけの学校で、授業に追われて授業見学の機会もないという環境では、人柄の良さや熱心さだけでは、レベルアップは望めない。例えば、手加減を知らない教師は、週1日の授業で、1週間分の授業内容を詰め込もうとして、恐ろしい分量の宿題を出す。現地校でも宿題は出るし、その量も半端ではない。だから補習校の宿題は金曜日の夜まで残り、親子共々地獄を味わうことになる。だから小学校低学年で補習校に通うのを諦め、数年間日本語教育を受けなかったために、帰国後に日本語で苦労するようになったというケースも勿論ある。
 現状では、補習校という存在に、殆どの在米日本人は頼るしかないのだから、せめて文部科学省が、海外シニアボランティアのような形で、退職教員を派遣するルートでも作る必要があるのではないかと、真剣に思う。

『歴史と教育』2008年3月号掲載の「咲都からのサイト」に加筆修正した。

【カバー写真】
 ある補習校の本格的な運動会。子供たちに日本の学校の雰囲気を体験させたいということで、この学校では多くの行事が設定されている。生徒は楽しみにしているのだが、「素人先生」には、これが負担にもなっているのも事実だ。(撮影:筆者)

【追記】
 朝鮮学校に補助金を出せと、日本に敵対する国の民族学校とグルになって運動している自称「人権派」弁護士に問いたい。あなた方は、在外邦人の教育がどんな状態か知っていますかと。もっと日本人は、日本人のことを真剣に考えるべきだと私は思う。どこの国が、国民より外国人を優遇しているのだ。しかも、日本人を拉致し、日本を敵国と真顔で言い放つ国に対して。

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