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「カリフォルニア住宅事情」の巻

■駐在員が帰国したがらない訳
 サクラメント近郊は、アメリカで最も人口が急増しているところである。その為、値ごろ感のある住宅が多数売りに出ている。筆者が住んでいた住宅もそのひとつ。ダウンタウンから車で20分、メトロポリスの外側にある住宅街の一角にある。郊外の中古住宅であれば、サラリーマンでも十分マイホームに手が届く。
 勿論、ロサンゼルスやニューヨークなどでは、そんな訳にはいかない。近郊の住宅価格は、山手線の内側に家を買うのと同じである。そういった都心部の住宅価格が高いのはアメリカも日本と同じなのだが、ここでは交通の便が悪い、山がちのところや海辺に、突如として億単位の豪邸が立ち並ぶ、高級住宅地が出現することがある。ロサンゼルスで言えば、パロスバーデス、ニューヨークで言えばハンプトン。大通りにバス路線すらないくらい不便なのに、金持ちが静謐さと安全を求めて住み着いた場所だ。
 筆者が住んでいたのは平屋建てで、間取りは、日本風に言えば4LDK+離れだが、敷地は約200坪ある。自慢ではない。これはアメリカでは小さいサイズの住宅だ。日本企業からの駐在員が住むために借り上げている住宅などは、この倍以上の広さがあるのもザラだ。 
 駐在期間中は豪邸に住み、手当や一時帰国の旅費が支給され、役職も本社勤務よりも上になる。子供は帰国子女入試の恩恵を受けて、日本での進学も楽になるし、アメリカの大学に行かせることも夢ではなくなる。駐在員の奥様方が帰国したくなくなる訳だ。

■落葉の無間地獄
 さて、筆者がこの家に引っ越したのは2006年10月末。驚いたのは、落ち葉の量である。裏庭にはポプラ、楓、梅など、数本の木があり、前庭にも2本の落葉樹がある。さらに、風で近くの家の落ち葉が飛んでくる。中でも厄介だったのは、隣家のプラタナスだ。
 最初は、熊手で掃除をしたが4時間もかかり、その後何もできなくなってしまった。翌日にはもう、新しい枯葉が積もり始めている。それで、やむを得ず、落ち葉専用の掃除機を購入することにした。最初は、逆噴射させて落ち葉を吹き飛ばして一所に集め、その後、吸引して掃除機の中で細かく裁断する。便利にはなったのだが、落ち葉の量が並ではないので、肩にかける掃除機が重い。時間は短縮されるようになったものの、結局落ち葉掃除は苦行のひとつなのだと悟った。落ち葉と芝生が嫌な人は、庭にコンクリートを敷き詰める。無粋なことこの上ないが、手入れの手間は天国と地獄程差がある。

■「返品大国」アメリカ
 そう、落ち葉の次は芝生である。映画やテレビ番組で、芝を刈るシーンは見たことがあるが、まさか自分が、宝くじを当てる前に、庭の芝を刈るような家に住むとは夢にも思わなかった。だがアメリカでは、本当に普通のことだし、そしてこれも苦行のひとつだった。
 引っ越しは夏場ではなかったので、芝生はそれ程伸びてはいなかったが、両隣が手入れをした後は、やはりうちだけが何もしていないことが目立つ。芝生を手入れしていないと、街の景観が壊れるということで、警察から注意を受けることもあるという。そういうこともあって、普通賃貸の場合には、家賃に庭師代が含まれている。
 芝生が植えてある面積がそんなに広くなかったので掃除機のような、片手で持つタイプの芝刈り機を購入し、自分で芝を刈ることにした。テグスのようなプラスチック製の太いワイヤーを高速回転させて芝をカットする。試してみると、これが重い。両手でバランスを取って、同じ長さに芝を切りそろえることが至難の業であることが分かった。
 それで、この芝刈り機を返品することにした。そう、思いっきり使って、不良品でもなかったのだが、返品は可能なのだ。
 アメリカはどんなものでも簡単に返品できる。良品でも返品できる。サイズ違いなどは当然だが、今回のように、一旦開封して使用しても返品できる。店によっては期限を決めたり、洋服などは、タグがついたままであることや、DVDやパソコンのソフトなどは未開封を条件にしたり、制度の悪用を防ぐ最低限の条件はあるが、基本的には何でも返品可能である。
 だから、量販店やスーパーには、必ず返品窓口がある。「着心地が悪い」、「夫に似合わないと言われた」。「使い勝手が悪い」、「組み立て方が分からない」など、様々な理由でアメリカ人は返品をする。
 何と、食料品や医薬品も同じである。「美味しくなかった」、「効かなかった」。そういって、封をあけたソーセージや、風邪薬を返品することが可能である。何かを購入した数日後に、同じ商品がバーゲンになった。そういう場合には。バーゲンでもう一度同じ品を購入し、最初に買ったものを返品する。
 ただ、何度も言うが、アメリカ人は不注意な人が多い。この返品システムで唯一の条件となる、「レシートの持参」ができず、返品を断念する人も多いということだ。

■夫が家事を分担する理由 
 と言う訳で、幼児の歩行器のお化けの様なスタイルの芝刈り機を購入し、芝刈り問題も一応は解決した。
 これ以外にも、垣根剪定用の電動バサミ、住宅補修に必携の電動ドリルなど、日本では絶対に買わなかったであろう品々が、ガレージの中に揃っていく。他に欲しいものがたくさんあったのに…。
 こうして考えると、アメリカの家庭には、男の仕事が多いのだ。ホームパーティーでバーベキューをして客をもてなすのも男の仕事だ。自慢のレシピを持っている人も多い。だからアメリカ人の夫は家事を分担するというが、それは共働きだからではない。家庭における男の仕事、女の仕事の区別があるということも理由なのだ。

『歴史と教育』2007年9号掲載の「咲都からのサイト」に加筆修正した。

【カバー写真】
 サンフランシスコのダウンタウンに近い住宅街。SF名物の霧がかかっているのがわかるだろうか。古めかしいビルが多いが、多くはアパートだ。家賃はNY、LA同様驚くほど高い。ワンルームで15万、20万などざらである。設備などほとんどなくてもだ。しかしその一方で、当地の「借地借家法」は、居住権を強く認めているので、昔から住んでいる人は同じアパートでも、400ドル、500ドルしか払っていない人もいるらしい。(撮影:筆者)


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