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「アメリカ住宅購入事情」の巻

 連載時に、今回の原稿より、「羅府スケッチ」から「咲都からのサイト」と改称した。「咲都」とは筆者が考えた充て字だ。カリフォルニア州の州都サクラメント(Sacramento)のことを、地元民はを略して "Sacto" と呼ぶ。これにサクラメントの「サクラ(サク)」をかけたものだ。

■選挙権の行使
 アメリカでは住民票の移動がないから、選挙権の登録を引越しの度にしなければならない。DMV(陸運局に相当する)や郵便局に備え付けの用紙があって、それに記入して郵送する。流石に郵便代はタダだ。
 2006年の中間選挙で面白い事件があった。ベトナム移民のある候補者がヒスパニックの住民に対して、「市民権のない人は投票できません」という内容のダイレクトメールを送り、物議を醸した。市民権がなくして選挙権なし。これは万国共通の常識だ(旧民主党の連中と公明党、一部の在日コリアンはそう思っていないようだが)。ところが不法移民なのに有権者登録をして、投票している事実があるらしい。選挙人登録が郵送なので、不正もしやすいようだ。ダイレクトメールは民族差別だと、ヒスパニックの候補が怒ったというのだが、何をか況やである。

■プライバシーのない住宅探し
 さて、今回の引越しに伴って、中古の一戸建てを買った。勿論、地域差はあるが、当地ではロサンゼルス近郊の半額で家が買える。
 予算と地域に目星をつけ、アイリスというベトナム系の不動産エージェントと契約した。運を天に任せるような話だ。
 アイリスのベンツで物件を幾つも見て回ったのだが、その途中で彼女は、地元のベトナム料理店に連れて行き、暫し和ませてくれた。彼女の細やかな気遣いは、彼女のベトナム脱出譚を聞けば頷けるものだった。
 何軒かに絞り込んだ後で、アイリスの所属する不動産会社のコンピュータで物件のデータを確認した。驚くなかれ、画面には売りに出ている住宅の所有者の本名、購入価格、ローンの返済額と残額、といった情報が全てオープンになっていた。現オーナーだけでなく、過去のオーナーの情報も全てである。勿論オンラインで多くの不動産会社やエージェントがこれを共有している。前号でご紹介した、あの社会保障番号(ソーシャルセキュリティー番号)が、役所のみならず、銀行、クレジットカード会社、ローン会社、不動産会社等をつなげているので、個人情報が至る所で共有されているということなのだ。
 住宅購入やローンの申込書には、当然その社会保障番号を記入する。これで我が家もあの情報網に、プライバシーを掲載したことになる訳だ。
 アパートを借りる場合はどうか。こちらはアナログだが、申し込みの際には、以前に住んでいたアパートの管理人の連絡先を必ず申告せねばならない。店子として問題はなかったか、支払い状況は良かったかなどの情報が、電話で確認される。ここにもプライバシーは、ない。保証人がいない留学生が、いきなり「空室あり」の看板を見て訪ねても、過去の賃貸歴がないので普通は貸してもらえない。管理人は外国人を差別しているのではなく、賃貸歴のない人は入居させないという基本的なルールに従っているのだ。

■介在業者の必要性
 さて、買いたい物件が決まったら、エージェントに交渉を開始してもらう。その後、ローンのエージェントを決めて、ローンの手続きに入る。通常、米国の庶民が最初の住宅を買う際には、1割を頭金、8割を第1ローン、1割を第2ローンとする。ローンの総額が購入額の8割を超えると、金利が急に高くなるからだ。
 年収や預金などをもとに、ローンが組めることが分かった時点でエスクローに入る。エスクローとは、売り手が買い手の財力を確認し、買い手がその住宅の様子を確認する期間のことで、それが滞りなく終わって、初めて売買成立となる。このエスクローもエスクロー会社を通じて行われるので、売り手側の不動産会社(エージェント)、買い手側の不動産会社、ローン会社(銀行のエージェント)、エスクロー会社と、複雑に関係者が絡み合う。
 引っ越した先で、思わず背筋が寒くなる話を聞いた。
 元オーナーから買い取った業者が賃貸している一戸建ての物件があった。店子の女性がそそくさと出て行った後、若い夫婦が引っ越してきた。彼らは「とても安い価格でこの家を購入できた」と嬉しそうに言う。その家がまだ売りに出ていないことを知っていた隣家の人が不審に思い、知り合いだった元のオーナーを通じて連絡をしてみたところ、やはり売却の事実はなかった。店子だった女性が、オーナーになりすまし、勝手に売買契約を結んで、金を詐取して逐電したらしい。
 勿論、エージェントを使わずにオーナーから直接買うことは可能だ。しかし、手続きを知っていなければ、こういうことだって起こりうる。住宅を買うには50枚は優に超えるであろう書類の山に、幾つもサインをして購入する。日本の比ではない。初めて家を買う人は、仮に詐欺師に示された必要書類が数枚であったとしても、疑わないだろう。
 やはり手数料や手続きの時間はかかっても、専門業者を介することの安全性を実感した。「少しのことにも、先達はあらまほしきことなり」である。エージェント、弁護士、各種保険会社、代書屋など、アメリカでは、そのような「介在」をビジネスにする業者が非常に多いのだが、彼らに頼って、安全や確実性を確保することが必要な社会だということなのである。

『歴史と教育』2007年2号掲載の「咲都からのサイト」に加筆修正した。

【カバー写真】
 サクラメントといえば、NBAの "Sacramento Kings"が大人気である。写真は試合前に行われる国歌斉唱のセレモニー。この当時、Sactoからアナハイムへの移転話があって、市民はやきもきしていた。(撮影:筆者)

【追記】
 選挙における郵便での有権者登録の不正について、この時筆者は書いている。2020年の大統領選挙では、それを組織的に大規模に行ったようだ。不正がしやすいのにそれを変更しないで放置していたのはなぜだろうか。政界全体がグルになっているとしか思えないのだが…。

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