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「日米の祝日の思想」の巻

 2011年8月1日から1週間、担当クラスの学生が "Academic Break"(セメスター間の休み)に入った。しかし、国防総省外国語学校(Defense Language Institute Foreign Language Center、DLIFLC)では、教官には夏休みも冬休みもなく、コマ数は少なくなるが、他のクラスの授業には行かねばならない。その代わりに休暇は取り易い。チーム・ティーチングで、どの時間にどのクラスで何を教えるかがはっきりしているので、休んでも代講の教官に任せられる。他の教官と日程がぶつかりさえしなければ、長期の "Annual Leave"(年次有給休暇)や "Sick Leave" (疾病有給休暇)を簡単に取れる。
 休暇に関して言えば、日本とアメリカの大きな違いは、それが取り易いかどうかということだ。筆者が日本で公立高校の教諭をしていた時、有給休暇は年間20日、それを2年分までためることができたので、最大で40日。しかし、それを使い果たすことなどできなかった。同僚でそういう人もいたが、「あの先生は年休(有給)をほとんど消化してしまっている、どういうことだ」と白い目で見られたものだ。しかし、ここでは、有給休暇の消化は当たり前で、無給休暇をとってでも、長期で休む人は多くいる。休暇は権利の行使。そういう考えは徹底している。
 一般にアメリカ人は休みすぎだと思われているが、実は祝日はそんなに多くない。連邦政府が決めている "Federal Holiday" は、10日しかないのだ。以下、列挙しよう。

 ・1月1日     New Year’s Day
 ・1月第3月曜日  Birthday of Martin Luther King, Jr.
 ・2月第3月曜日  Presidents’ Day
 ・5月最終月曜日  Memorial Day
 ・7月4日     Independence Day
 ・9月第1月曜   Labor Day
 ・10月10日    Columbus Day
 ・11月11日    Veterans Day
 ・11月第4木曜  Thanksgiving Day
 ・12月25日    Christmas Day

 アメリカでは正月も2日から仕事だ。日本の祝日は16日あるし、盆暮れの休みもある。日本は、祝日を作らないと休めない社会だというのが、これでよくわかると思う。
 新年やクリスマスを除いて、アメリカの祝日らしい祝日ナンバー・ワンは、映画でもおなじみの "Independence Day" (独立記念日)だろう。この日は各地で式典が行われ、花火が打ち上げられる。カリフォルニアでは、メキシコ人が多いこともあって、シンコ・デ・マヨというというメキシコの祝日(5月5日)を祝う人も多い。保守系の白人は、それを白い目で見ているが、そんなことにはお構いなしだ。「カリフォルニアはもともと、俺達のものだった」という思いが、メキシコ人には強くあり、合法、非合法の移民での「逆侵略」というか、「奪回作戦」が進んでいるかのようだ。
 日本は外国から独立したという経験がない。それはそれですばらしい歴史なのだが、筆者はかつてインドネシアの独立記念式典に参加した時に、誇らしげに国歌を歌うかの地の人々を見て、心から羨ましく思った経験がある。せめて建国記念の日を、これは神話だからといって有耶無耶にするのではなく、日本は建国が伝説になるほどの歴史を持つ国なのだと、胸を張って語り継いでいかねばならないと思う。
 語り継ぐといえば、アメリカでは軍人に感謝する為の祝日が、10日のうち2日もある。”Memorial Day”(戦没将兵追悼記念日)と ”Veterans Day"(退役軍人の日)だ。軍隊が好きかどうかといった低い次元の話ではなく、国のために自分を捧げた軍人に感謝し、敬意を表するというのは、国家・国民としての義務だ。翻って日本では、菅直人内閣の官房長官であった仙谷由人が、「自衛隊は暴力装置」と発言したことでも明らかなように、まるで、今日の繁栄が、軍人=防衛力とは無関係にあるかのような、歪んだ思想が蔓延している。
 ところで、アメリカ人が好きな祝日はいつだろうか。クリスマスが一番だろうが、それを別格にすれば "Thanksgiving Day"(感謝祭)と答える人が多いだろう。アメリカの最初の移民の、最初の収穫を感謝する日だが、この日は遠方からでも故郷に帰り、家族や親しい友人と七面鳥の丸焼きを囲んでパーティーをすることが慣わしだ。その前後、アメリカの空港や高速道路は大混雑をきたす。私は感謝祭のことをアメリカのお盆と呼んでいる。そして翌日は "Black Friday" と称する1日限りのバーゲンの日。デパートや量販店では、深夜からチラシを片手に人々が列を成す。日本でも近年、意味も分からず「ブラック・フライデー」という言葉を耳にするようになった。
 そもそも日本では、祝日は祭日であり、その由来は、祭祀と関連があるものが多い。それを子供たちに正しく教えるだけで、国家観や歴史観は少しずつ変わるのではなかろうか。祝日ではない母の日や、クリスマスの由来は知っていても、神武天皇ご即位の日に由来する「建国記念の日」とか、五穀豊穣を神々に感謝する新嘗祭に由来する「勤労感謝の日」とかを子供に教える人は少ないだろう。アメリカの子供は、それぞれの祝日の由来を先生から習い、その意義を父母に聞かされて育つ。そうやって幼い頃から国家意識を育むのだ。
 GHQによって、祭日が宗教と切り離され祝日になったというのは周知の事実だが、それが日本の伝統宗教で祝う日であることを、これ以上希薄にしてはなるまい。多様性の国アメリカでは、キリスト教に基づく祝日であるクリスマスへの批判はあるし、実際、ユダヤ教徒やアフリカ系民族の一部は祝うことをしないが、だからといってクリスマスを祝日から外そうというような愚論は出ない。新しく選ばれた正副大統領だって聖書に手を置いて宣誓する(余談だが、カマラ・ハリス副大統領は聖書に直接手を置いていなかったということが巷間伝えられている)。なぜならアメリカ合衆国はキリスト教の一派が信教の自由を求めて移民しなければ誕生しなかったのだから。
 他国の例を挙げると、ドイツでは年間14日の祝日があるが、宗教と関係がないのは、3日だけで、あとは「公現祭」(イエスの生誕を祝福しに3人の賢者が東方から来たという故事に基づく)や、「聖母被昇天祭」(聖母マリアは死なないで、天に挙げられたという故事に基づく)といった宗教色の濃いものばかりだ。
 もう占領軍はいないのだから、祝日において日本の色を前面に打ち出すことに躊躇はいらない。それとも我々はまだ、精神的占領軍として存在する、反日特アに気兼ねをし続けねばならないというのだろうか。

『歴史と教育』2011年9月号掲載の「シビリアン・アンダー・コントロール~モントレーの砦から」に加筆修正した。

【カバー写真】
 ハワイ島ヒロにあるカメハメハ大王(1世)の像。ハワイ州には連邦の祝日とは別に、このハワイ王国の初代王であるカメハメハ大王の誕生日を祝うKing Kamehameha I Day(通称カメハメハ・デー=6月11日)が州の祝日として制定されている。その他、Prince Jonah Kuhio Kalanianaole Day(ハワイ人の人権向上に尽くしたプリンス・クヒオの誕生日。通称 クヒオ・デー=3月26日)、Good Friday(聖金曜日=復活祭前の金曜日)、Statehood Day(州昇格記念日=8月第3金曜日)がある。Statehood Dayを休む代わりに、ハワイ州では Columbus Day を祝日とはしていない。(撮影:筆者)


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