「愛の不時着」に感動できるなら、きっとあなたの人生は美しい。

「愛の不時着」が尊すぎる。




わたしは未だかつて同じドラマ(や映画)を短期間に繰り返し何度も見たことはない。なのに愛の不時着はもう5周か6周は見ている気がする。とうに飽きたような気がするが、ジョンヒョクとセリに会いたくてNetflixを付けてしまう。作業用BGMとして再生させても途中で作業を中断して釘付けになってしまうことがある。
何故こんなにも魅力的でわたしの心を掴んで離さないのか、わたしなりに考察してみる。

※ネタバレ含みます※

ひょんなことからこのドラマの世界に不時着してしまった。
「愛の不時着」が素晴らしい理由は俳優のヒョンビンがほとんどを占めているような気がするが、紐解いていくと他にも素晴らしき点がいくつもある。









愛の不時着に登場する脇役を愛さずにはいられない。



心に響いたお母さんの台詞がある。

“お母さんに気を使わず幸せになりなさい
もちろん母親として
言うべきことは言わせてもらう
だけど
言うことを聞きすぎる必要はないの
自分の思うように生きて幸せになりなさい
それだけよ
あなたが母親の言うことを聞きすぎないか心配なの
私が死んだ後
あなたが不幸だったらどうしようって
私が間違っていたらどうしようって
そう思うと怖くてたまらないの”


ダンのお母さんが酔っ払って、娘のダンに語り出すシーン。物語における主要なセリフではないので1周目の時は気づかなかったが、2週目ではじめてこの台詞が心に響き見入ってしまった。ぶっきらぼうだったダンの表情がゆっくりと切なく変わっていき涙を堪えているような表情で横になっているお母さんにそっとブランケットをかける。そんなシーンだ。

お母さんなら誰もが子育てにおいて自己嫌悪に陥ったことがあるはず。わたしはよくこどもの寝顔を見ながら「今日は怒り過ぎちゃったな、明日は優しくしてあげなきゃ・・・」とひとりで反省会をしている。
我が子は可愛い、愛おしい、大切だ。だからこそ心配で色々と言いすぎてしまう。だけど一番の願いはこどもが幸せな人生を歩むこと。自分の人生なんだから自分が主役になって自分で進むべき道を選んで幸せになって欲しい。本当にただそれだけ。
きっと、そう願う世界中のお母さんたちが共感するシーンであると思う。

その後、物語終盤でダンは愛する人を失う。そのときダンのお母さんは次のような台詞で娘を慰める。

“あなたと一緒に泣いてあげられる
話も聞いてあげるし
一緒に乗り越えてあげられる”


数日後、実際にダンが失った恋人の洋服を胸に抱え涙するシーンでは、少し離れたところから娘を見つめてお母さんが一緒に泣いている。
娘の悲しみを一緒に泣きながら見守る、しかもそれが娘には気づかれないようにひっそりと。そんな優しさ溢れる母の姿に涙した人も多いのではないだろうか。

夫の無事を願う妻の気持ちにも心打たれた。

最終話、耳野郎ことマンボクさんが韓国から北朝鮮へ無事帰国する。

マンボクさんが村に帰ってきて息子ウピルに声をかけるとウピルは満面の笑みでお父さんの帰宅を喜び無邪気にギュッと抱き合う。父と息子の感動の再会。

その直後、ウピルがお母さんを呼び夫婦の再会となる。


マンボクさんの妻ミョンスンさんは泣きながら次の台詞を言う。

“連絡もくれないなんて
死んだのかと・・・
生きててくれたのね
ありがとう”



ここからは個人的推測。

マンボクさんがもう帰らぬ人になったと覚悟を決めていたミョンスンさんはそれを確かめることが出来ず、亡くなったかもしれないと口に出すことも出来ずひとりで不安な気持ちを押し殺していたのではないだろうか。息子の前では「お父さんは帰ってくるわよ。」とほんの僅かな期待も込めて明るく気丈に振る舞っていたのではないかと思う。
でなければ、ウピルは再会の瞬間にあんなに明るい純粋な笑顔でお父さんを出迎えることはできないだろう。ミョンスンさんの妻として母としての強さ、優しさ、逞しさが尊く涙が止まらない。

人生においていつも忘れずに心に留めておきたいこと


セリがジョンヒョクにトマトの苗を贈る。その時セリは育て方についてこういう。

“たっぷり水やりをして1日10個きれいな言葉を”

昔読んだ「水は答えを知っている/江本勝」という本がこの台詞を証明していると思う。
この本を簡単に要約すると、言葉や音楽により水の状態が変化する。ありがとうと声をかければ綺麗な結晶になり、馬鹿野郎と声をかけると結晶にもならず黒く濁る。と言ったところだ。
セリの言う「たまねぎは褒められるとよく育ち、罵ると枯れる。」という台詞にも納得できる。
人間の70%は水。言霊を信じていると言ったら白い目で見る人もいると思うが、自分の発する言葉を最も聞いているのは自分自身。美しい言葉を話そうと心がけることは、育てている植物や相手のためだけでなく自分にも影響する。身体の水が美しく循環されると、心身共に癒されて充実した人生を送ることに繋がると思う。

このシーンがきっかけで、何年も前に読んだ大切な本の内容を久しぶりに思い出すことができた。

「愛している。」と言う以外の愛情表現が尊い。















ジョンヒョクとセリが離ればなれになる前、ジョンヒョクは1年分の予約メールにセリへのメッセージを残す。

そのいくつものメールは、健気で愛に溢れ知的で優しいメッセージ達だ。暦博士のような内容もあれば、忘れかけていた大切な何かを思い出させてくれるメッセージが詰まっている。
愛する人を失い生きる希望も持たずに生きてきた彼だからこそ、その言葉は決して薄っぺらくなく説得力がある。

“日々の生活に散りばめられている
小さな幸せを忘れないで”



2020年コロナ禍、このセリフが心に響いた。大切な家族、大切な友人、皆が健康で安全に1年を過ごせて本当によかった。新鮮さはもうとっくに無くなり、同じような日々をただ繰り返しているように感じてしまいがちだが、毎日家族揃って食事できることがどんなに幸せなことか思い知らされた。
わたしたちはかけがえのない時間を生きているんだと再確認できた。








物語の中では、数日ごとに届くジョンヒョクからの素敵なメールのおかげで、セリの生き方が変わった。

“私が悲しむと彼もそうなりそうで
私は精一杯笑って感謝して
幸せになろうと努力した“


壮絶な過去を持ち死にたいと思いながら生きてきたセリが、ジョンヒョクに出会ったことで明るく前向きになり人との関わりを大切にするようになる。
”人生はトントン”と聞いたことがある。不幸も幸福も順番は違えど皆平等に訪れると思う。ジョンヒョクのセリフにも「災いのあとには幸せが来るものだ。きっと何とかなる。」とセリを励ますシーンがある。
どんなに絶望的な状況でも必ず報われるんだと勇気を貰った。失敗したっていい。落ち込んだっていい。だけど孤独にはならないように...ひとりで泣かないように...ジョンヒョクの台詞が私たち視聴者の心をも励ましてくれているような気持ちになった。






「愛の不時着」の様々な情景や台詞は「愛」の本質を捉え人生を豊かにするためのヒントが沢山詰まっている。見るたびに新しい気付きや学びがあるので何周も見入ってしまう。
よく眠りよく食べて元気に過ごす。楽しもうと努力する。自分の置かれた環境に感謝する。ごく当たり前のことのようだが、それらをちゃんと意識して生きてみようと自分が変われば、やがて周りも変わっていく。
愛の不時着に登場する人物達が説得力を持ってそう言っている。

そしてわたしは気づいたことがある。
愛の不時着に感動できるのは、自分の人生も豊かで幸せだからではないだろうか。



それは、誰かがあなたの幸せを願っていて、あなたも誰かの幸せを願っているから。



だからジョンヒョクとセリの生き様に心揺さぶられ、2人を取り巻く周りの人達に心温まるのだと考える。


わたしは、「愛の不時着」の中にある沢山のメッセージをいつも心に抱いてこれからの人生を歩んでいきたい。
大切なものたちに愛情を注ぎ、何かに挑戦し続ける、夢を叶える、困難を乗り越える、たとえ悲しい出来事が訪れようと深い心で受け止める。
いつも身体が健康で心が満たされていれば、ものごとを本質的に捉えて正しい選択へと自分を導くことができる。
一度きりの人生、思う存分楽しみたい。



最後に。

冒頭に「ネタバレ含む」と記載したにも関わらず、ここまで読んで下さったまだ愛の不時着を見たことがない方へ。
あなたが少しでも愛の不時着を見てみたいと心揺らいでいてくれたら、私はとても嬉しい。

ドラマ「愛の不時着」の心温まる美しい世界が、もっと多くの方々に伝わることを願って・・・。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

#愛の不時着 #Netflix #愛 #スキしてみて

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