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「水道橋博士のメルマ旬報」第一回

2021年3月9日フランス時間11時10分、この「メルマ旬報」に連載するきっかけとなった、ワインラベルのコンペの結果はドメーヌ(*1)から今まだ発表されていない。

本来ならそのコンペの結果を待ってから書こうと思っていたのですが、いつになるのかわからないし、その待っている時間が自分にとってストレスなので、それを紛らす意味でも、第一回目の「メルマ旬報」の記事を執筆しようと思い、書き始めています。

始めに、まず、全く無名のどこの馬の骨かわからない人間に、「メルマ旬報」の仕事をくださった水道橋博士に感謝いたします。ありがとうございます。そして僕のことを全く知らない「メルマ旬報」スタッフの皆様、これからどうぞよろしくお願いいたします。

僕のコンテンツのタイトルの「square the circle」は、以前ワーキングホリデーで一年間フランスの南西部のトゥールーズにいた時に、日々の暮らしを写真とともに綴り、日本にいる友達のために作ったブログのタイトルでした。そしてその意味は「不可能なことを企てる」、「無駄な努力をする」という、まさに今の自分がしていること、これからしていくことにぴったりだと思い、これを「メルマ旬報」のタイトルにも使おうと思いました。

僕が今住んでいるフランスは、新型コロナウィルスの影響で、去年の11月からかれこれ4ヶ月間も飲食業の営業がストップしているので、僕は今仕事をしていません。給料の8割は国から保証されているので、食べることには困りはしないのですが、去年の1回目のロックダウン時の飲食業営業停止の3か月を上回る今回の営業停止に戸惑うとともに、逆にこれだけ自由な時間があるのだから、じっとしていないで普段できないことを始めようと思い、16年間やめていた絵をまた描き始めることにしました。絵はワーキングホリデーでフランス南西部に滞在していた時に始めていたのですが、日本帰国後、フランス料理店に勤めることになり、忙しさもあって去年の5月まで描くのを止めていました。

絵を再開してすぐに、以前に絵を描いていた時のようには描けなくなっていることを妻に指摘されました。自分でもそう思うところもあったので、とりあえず「1000枚描く」という目標を立てて、描いていくことにしました。ちなみに、今のところ去年5月から描いた絵は400枚を超え、ようやく以前の感覚が戻ってきたような感じがします。

その1000枚の絵の発表の場として、友人の勧めからFacebookとInstagramのアカウントを立ち上げました。始めは全く使い方もわからず、戸惑いましたが、徐々に自分が投稿した絵に対しての反応がおもしろいと感じ始め、コロナ禍で身動きができないにも関わらず、世界中に自分の絵を発信し、それに対する反応や感想が聞けることが日々の楽しみになり、創作意欲へもつながっていきました。

そもそも、絵を描き始める前から、ワインのラベルに自分の絵があったらいいなあと漠然と思っていたこともあり、お店の同僚やFacebookでつながった人にもそんなことを話していました。そのことも忘れかけていたころ、現在はフランスのプロヴァンス地方で、ワインツアーガイドをしている元同僚から、ワインラベルのコンペの情報が回っってきたのです。参加費無料、ドメーヌ名やぶどうが収穫された年などの基本情報が入っていれば、写真、絵、コラージュなど作品のジャンルは問わない。これがコンペへの参加条件でした。

そこで僕は、ドメーヌのロゴに王冠がデザインされているのに注目し、たまたまiPhoneにストックされていた写真の中から、ガレット・デ・ロワ(*2)のフェーヴ(*3)を当てた娘が紙の王冠を冠っているいる写真を見つけ、それをもとにコンペの応募作品を描きました。

描いた絵にドメーヌ名やぶどうが収穫された年などの基本情報を入れてみたところで、何かものたりないと思い、クレヨンで描いたような2本の線を付け足しました。これで応募準備は完了。ドメーヌのコンペ応募作品受付のメールアドレスに簡単な自己紹介、連絡先とともに作品を送り、無事にコンペへのエントリーが完了したのでした。しかし、ここからが本当に地獄のような日々の始まりだったのです。

ここで、このワインラベルのコンペのルールを簡単に説明したいと思います。

まず応募作品は、コンペを開催しているドメーヌのFacebookとInstagramのアカウントに画像として投稿されます。そのアカウントを訪れた人は、投稿された全ての応募作品を見て、気に入ったものがあれば「いいね」をする。するとそれが票となり、投票締切の2021年3月1日午前0時の時点での、「いいね」の獲得合計数が一番多い作品と、ドメーヌの審査員が選ぶ一作品の二つが入賞作品となり、そのドメーヌが作るワインのラベルに採用されるというルールです。

実は、ルールがフランス語で書かれていたこともあり、僕はこのルールをきちんと理解せず、勝手に「いいね」の数が多い上位二作品が入賞となると思い込んでいました。そしてこのことが、後でとんでもないことにつながってしまいます。

このコンペで重要なことは、「いいね」の投票場所である、ドメーヌのFacebookとInstagramのアカウントを多くの人に見てもらい、コンペの存在を多くの人に知ってもらうことです。しかしこのドメーヌのアカウントは、どちらもフォロワー数が400前後と少なく、不特定多数の人が応募作品を見て投票できる環境が整っていませんでした。そこで僕は、コンペ自体の存在を知らせようと、絵を発表するために始めた自分のFacebookのアカウントで友達になっている人たちにコンペの情報を案内として送ることにしました。基本の案内を日本語で作って、翻訳ソフトの世話になりながら、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語、ポルトガル語にして、できるだけメッセージの受け手となる人の言葉に翻訳し、それを送りました。なぜなら、相手の言語で書くということが、お願いをするにあたっての最低限の誠意だと思ったからです。

そして、その案内文も自分に投票するようにということではなく、「コンペの応募作品を全部見てもらい、気に入ったら僕の作品に「いいね」をしてください」という文章にし、そこに僕の応募作品の写真を加えておきました。

案内を送り始めたころから、返信メッセージも届くようになり、「「いいね」をしましたよ!」など、わざわざ書いてくれる人には、なるべくその人の言語でそれぞれに返事を送りました。最初はそれが嬉しくて全く苦ではなかったのですが、その数が増え、日々こなしていくうちに、そこにかける時間が僕の一日の時間の多くの部分を占めるようになりました。きちんと時間を測っていたわけではないので、定かではありませんが、おそらく一日に5時間はSNSに費やしていたと思います。一日5時間を約1ヶ月。今もう一度やれと言われても絶対にできません。SNSにも慣れていなかったし、心身ともに相当にやられていたと思います。僕はSNSには向いていないと自覚しました。ただ、今後コロナ禍で仕事ができなかったり、自由にどこかに行けないことが続くのであれば、SNSは絶対に必要になってくることもわかっていたので、投げ出すこともしませんでした。

情報の拡散については、SNSに詳しい友人を頼り、いろいろとアドバイスをもらって試しました。その甲斐もあってか。気がつけば、その時点での暫定ではありましたが、「いいね」の得票数合計で僕の作品が首位になることができたのです。しかし喜びはつかの間、そこからさらなる問題が発生していくことに・・・。

首位になると、今度は暫定2位となっている作品との得票数差をいかに広げるかということが課題になっていきます。追う立場から追われる立場になったのです。それからは日々の得票数が気になり、一日最低でも6回は自分の作品の得票数と2位の作品の得票数をチェックし、得票数差を気にするようになってしまいました。こんな経験も初めてで、日に日にストレスとなり、早くコンペの投票期間が終わってほしいと思うようになりました。

しかし、そうした様々な努力の甲斐もあって、2位の作品との得票数差は最高で440票近くまで開きました。ここまでの活動で票を獲得することの大変さを知った僕は、コンペの投票期間終了1週間前には、もう自分の作品の得票数を抜ける作品は出てこないだろうと勝利を確信しました。ところが、そんな矢先、とんでもないことが起こったのです。

朝6時、いつものようにiPhoneで自分の得票数と2位の作品の得票数を確認するためにドメーヌのFacebookとInstagramのアカウントを開くと、440票も差があったのにかかわらず、前日深夜に2位だった作品が一晩で僕の作品の得票数を抜いて1位となっていたのです。一気に眠気が覚め、呆然として、一体何が起きたのかを理解し、それを受け入れるまで10分ぐらいかかったでしょうか。全く想像できないことが起こった時、人間はフリーズするということを、身を以て体験しました。

脳も少し慣れ、気持ちも落ち着いたころ、ここ数日2位の作品は全く票が増えていなかったことを思い出しました。自分の経験から考えれば、「いいね」の数は、毎日少しずつ増えていくものです。毎日欠かさず、票のチェックをしていた僕にはそれがよくわかります。でもまあ、その増え方にはバラツキもあったりして、票が全く増えない日もあるかも?と気にとめないようにしました。しかし、そんな作品がどうして一晩で440以上の得票数を増やすことができるのでしょうか?

その1位になった応募作品のことを書こうと思います。自分の作品の得票数を一晩で抜いた作品です。その応募作品はぶどうを鳥(ハチドリ)がつついているような絵でした。我が家ではその応募作品の作者をトリッピー(*4)と名付けて呼ぶことになりました。

トリッピーに票を投じた人のアカウントをよく見てみると、Instagramではプロフィール写真なし、投稿なし、フォローなし、フォロワーなしというアカウントだったり、あるいは投稿は2つ、フォロワー4〜5人、フォロー50のようなアカウントばかりでした。僕の作品に投票してくれたInstagramのアカウントの人たちとは明らかに違うのです。

一方Facebookのほうを見ても、トリッピーに投票しているアカウントは、投稿ゼロなのにフォロワーが2000人いたり、それはそれで怪しいものが多く、さらによく見てみるとほとんど同じ町に住んでいる人のアカウントだということがわかりました。みなアフリカのガボンにある町の住人なのです。トリッピーが一気に票を増やす度にチェックしてみると、今度はメキシコのとある町のアカウントばかりでした。証拠も何もないし断定はできないけれど、これは、もしかしたら票をお金で買っているのでは?と疑問を持ち始めました。というのも、僕にも「票を買わないか?」という勧誘のメッセージがこのコンペに参加してすぐに届いたことがあり、僕はもちろんそんな勧誘は無視しましたが、そういうことを企てる人がいることは知っていました。

おそらくトリッピーは勧誘にのって票を買ってしまったと見るのが妥当かと思います。しかし、トリッピーが「自分は知らない」と言えば、証拠もなく、それがまかり通ってしまうかもしれない。僕の作品に投票してくれた人とトリッピーに投票した人が同等に扱われることに、僕はとても腹が立って、悲しくなりました。票を買ったトリッピーに対してもですが、トリッピーを勧誘したやつに対してもです。少なくとも僕のまわりには、そんな輩はいないし、いたとしても友達にはなりません。

トリッピーが票を買っているだろうと気がついた時、僕はもう絶対にトリッピーには勝てないのだと絶望し、心が折れました。なぜなら、コンペの主催者であるドメーヌは、SNSに対する認識の甘さ、言い換えれば、こういうズルいことをする人が出てくるかもしれないということを想定していなかった人の良さがあり、コンペの規約には「票を買ってはいけません」とは一言も書かれていないのです。こうなると応募者のモラルにかかってきますが、ここはフランス。日本のようにはいきません。目的のためには手段を選ばない人が多い!でもここで諦めたら、今まで僕がこのコンペに費やしてきた時間も無駄になるし、第一、僕の応募作品に投票してくれた人に申し訳ない。「トリッピーを撃ち落とせ!」僕は折れかけた心をもう一度奮い立たせ、何か良い方法はないかと考え、知人から紹介してもらったClubhouseを使って、票獲得に最後の望みをかけました。

それと同時にドメーヌに対して、「一位となっている作品の動向、票の増え方はおかしいのではないか?」という旨のメールも送ってみました。フランス人は、何か不確かなものを密告するということを嫌う傾向にあるので、あまりこういうメールを送るのはフランス的には好ましくないのかもと思いましたが、一生懸命をバカにかれた気がして、僕は送らずにいられませんでした。送らずに後で後悔したくはなかったのです。

Clubhouseという新しいツールを手に入れた僕は、苦手な英語に戸惑ったものの、最低限必要な操作を覚えて、いろいろなルームに行ってはワインラベルのコンペの宣伝をし、票につながるように、そこにいる人たちにお願いをしました。この時点でコンペの投票締め切りまであと4日。フランスやワイン、デザイン、絵などに関するルームを回って、自分の状況を説明し、宣伝し、お願いし、それを繰り返すことで、その4日間で500票近くの「いいね」を新たに獲得することに成功しました。

文字だけのやりとりとなるメッセージとは違って、Clubhouseでは、顔は見えないけれど生の声、生きた言葉のやりとりが、どうやら文字でのコミュニケーションより人の心に届きやすいようです。僕の本当に伝えたいという気合いや気持ちもあったかと思うけれど、それは人対人のコミュニケーションがなされたのだと思います。そしてさらに、お願いしたわけでもないのに、僕のことを拡散してくれる人が現れました。これには本当に感動して、僕が大好きな森達也さんの本のタイトル『世界はもっと豊かだし、人はもっとやさしい』を心の中で何度も繰り返し、そう信じていきたいと思いました。

さらに、このコンペの情報を拡散していく中で、僕の応募作品を気に入ってくれた人から声をかけていただくということも起き始めました。今年9月にパリで開催される日本人アーティストを紹介する「モダンアートエナジー」展の主催者から声をかけていただき、招待アーティストとして展覧会に絵を出展して、インタビューも受けることになりました。

さらに、ワインラベルのコンペの宣伝をするために入ったClubhouseの水道橋博士のルームで、博士ご本人に僕のInstagramの絵を見てもらえる機会に恵まれ、絵を気に入ってくださった博士と連絡先を交換して、すぐにこの「メルマ旬報」の仕事のお話をいただいたのです。たったの5分も話していないのに、連絡先を交換しようと言ってくれた博士のフットワークの軽さと、自分の臭覚を信じ直感で動く姿を目の当たりにし、感動するとともに、正直かっこいいと思いました。

そうこうしているうちに、ずっと保留となっていた、僕が絵を担当する絵本の出版も決まりました。ワインのラベルのコンペに参加したことから、いろいろなことが動き出しました。たった数週間でどれだけのことが僕に起こったでしょうか。僕にとってはまるで映画の中の出来事のようなことが次から次へと起こり、少し戸惑っているのも事実です。

そして3月1日午前0時、ワインラベルのコンペは投票を締め切り、終了となりました。僕は首位のトリッピーにあと150票というところまで迫ることができたけれど、首位のトリッピーを撃ち落とすことはできず、残念ながら2位という結果に終わりました。

一生懸命は(いんちき)トリッピーに負けました。しかし2位入賞でワインラベルになる権利は獲得!まあしょうがないかと思いながら、もう一度ドメーヌのコンペの応募規約を読み直したところで、とんでもないことを発見してしまいました。

「「いいね」の合計数獲得が多かった作品が1位。2位は審査員による選考で決定。」

と書いてあるではないか!!つまり、2位となった僕の作品は、審査員に選考されなければ、今のところワインラベルになるかどうかはわからない、ということです。

頭が真っ白になりました。こんな経験は、前回のサッカーW杯で、日本対ベルギーのロスタイムで日本が失点して負けた時以来のこと。むしろそれを凌駕するようなショックです。深夜、トリッピーを撃ち落とせなかった悔しさと僕のフランス語力の限界を痛感して、泣きました。

3月17日フランス時間15時54分。ワインラベルコンペの結果はまだ発表されていない。

ドメーヌのFacebookを確認したら、Pendant que tout le monde attend les résultats de concours,.... la vigne n’attend pas, elle!! 「みんながコンペの結果を待っている間も、ぶどうのツルは待ってくれません!!」という最新投稿がありました。締め切られてから2週間以上も経過している今日現在も、僕はまだ結果を待たされているのです。「ふざけんな!そう いうフレンチジフレンチジョークはいらないから!」って正直思いましたが、確かにぶどうの成長は待ってくれないよな、と一人納得して、今心を落ち着かせたところです。


ドメーヌ(domaine):
ぶどう畑を持ち、ぶどう作りから醸造、瓶詰めまでを行うワインの生産者。シャトー (château)と呼ばれる生産者より小規模であることが多い。
ガレット・デ・ロワ (galette des rois):
1月6日の公現祭 (Epiphanie) を祝って食べるお菓子。アーモンドクリームの入ったパイ。お菓子の中には陶器でできた小さな人形(fève)が一つ隠されていて、お菓子を切り分けたときにその人形が当たった人が、その年の王様、あるいは女王様となり、王冠を冠って皆から祝福される。

フェーブ (fève):
ガレット・デ・ロワ (galette des rois)に入っている陶器の人形。

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