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「水道橋博士のメルマ旬報」第十四回

コロナ禍のフランスは早々にロックダウンとなり、飲食業が何ヶ月も業務停止となった。仕事ができない間に僕が絵を描き始めたことは以前にも書いたが、娘の願いもあって犬を飼い始めたことも、我が家で起きたコロナ禍の出来事のひとつだ。

犬を飼うといっても、ここはフランス。日本とは色々と勝手が違う。最初は日本のように、ペットショップに行き、好きな犬種を選び、買ってくるとばかり思っていたが、日本のようにあちらこちらにペットショップがあるわけではない。ペットを飼おうなんて計画が全くなかった頃から、フランスではそもそも日本と比較してペットショップが少ないと感じていたが、それは思い込みでなく、事実のようだ。フランスでは、2024年にはペットショップでの犬や猫の販売が禁止になり、飼いたい場合は直接ブリーダーから買うか、保護施設に申請して引き取る形になる。なぜこのような法律ができたのか?その目的は、捨て犬や捨て猫を増やさないために、安易に犬や猫を購入できないようにすることだ。

日本でもそうだったかもしれないが、コロナ禍で家にいる時間が増えたり、人に会えなくて寂しい人たちが、その場だけの衝動的な気持ちで犬や猫を飼い始めた。しかしコロナがある程度収束し、仕事が再開されると、ペットと過ごす時間は激減する。ペットを飼えなくなり、捨てたり、保護施設に預ける人が続出したのだ。

自分たちが住んでる街にもペットショップはない。だから、どうせなら保護施設の犬を引き取ることで、一匹だけでも助けられると思い、引き取り希望の申請をしたのだが、申請条件には、クリアしなければならない項目がたくさんあった。居住スペースの床面積、庭の有無、日中何時間ぐらい犬や猫がひとりで過ごすか、今までに動物を飼った経験があるかなど、全ての条件を満たさないと許可が下りるのは難しい。いくつかの動物保護団体に申請をしてみたが、結果から言うと、僕たちには犬の引き取り許可が下りなかった。保護されている犬の多くは大型犬で、庭が必要だし、保護犬の多くは孤独や虐待を経験していて、日中の留守番はタブーである。どんな理由で我が家の申請が却下されたのかは、理由が書かれていなかったので、はっきりとはわからないが、共働き家庭で集合住宅住まいというのは大きな理由になっただろう。

動物保護団体に引き取りの申請を済ませた後、「新しい家族が増える!」と、すっかり犬を迎え入れる気持ちでいた娘は、とてもがっかりしてしまった。一度は家族で相談して犬を飼うことを諦めかけてはいたのだが、僕も犬を飼い始める気持ちでその気になっていたので、気が向くとたまに、ブリーダーの情報をネットで探してみたりするようになっていた。そんな時、たまたま覗いた個人売買のサイトに犬のブリーダーの投稿を見つけてしまったのだ。そのサイトは日本で言うメルカリみたいなものだろうか?以前、娘の自転車を探すために、使ったことがあったのだが、動物も売買されていることは想像もしていなかった。

その個人売買サイトでは、ブリーダーのところまで動物を引き取りに行くことも踏まえて、自分が住んでる場所から半径何キロまでの地域で探すか?それから犬種、値段、性別、などを入力して探す。「耳が垂れている犬がいいなあ」と言っていた妻の希望から、スパニエル種の犬にターゲットを絞ってみた。スパニエルと言っても、様々な種類がいる。日本でも知られているコッカー・スパニエルやキャバリア・キングシャルルなどもスパニエルだ。概ね中型犬ではあるが、フランスでは中型犬としては大きめな体格のスパニエルも多くみられる。ブリタニースパニエルやフレンチスパニエルが大きめなスパニエルだ。しかもスパニエルはかわいらしい垂れ耳に似合わず、実は狩猟犬だ。そもそもは、王族や貴族が狩場に連れて行くための犬なのだ。そんな基本的知識もないまま、個人売買サイトに掲載されていた写真で目に留まったのが、イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルの赤ちゃんだった。かわいい、とにかくかわいい。しかもブリーダーの家は、我が家から1時間ちょっとの場所。これは見にいくしかないということになり、すぐにブリーダーに連絡をして、僕は娘を連れてイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルの赤ちゃんを見に行くことにした。

一度出会ってしまったら最後だ。腕に抱かせてもらった生後1ヶ月ちょっとの子犬に、娘も僕もメロメロになってしまった。仕事中だった妻にビデオ通話で繋いで、かわいらしく腕の中に収まる子犬を見せながら、この犬を飼いたいとその場で話をした。ブリーダーのところに行くと言った瞬間から、こんな展開になるだろうと想像していた妻は、ブリーダーとも電話で話し、あっと言う間に購入予約をすることになった。フランスでは生後2ヶ月未満の子犬の売買が禁止されている。購入予約から2週間ほど待って、購入金額を記入した小切手を手に、家族3人で再びブリーダーの元を訪れた。

ブリーダーは子犬を販売する前に、身元証明のICチップ装着、国への登録、ワクチン、販売前の健康診断を済ませる。購入する顧客はそれらが全て完了していることを確認して、証明書を受け取る。身体に何らかの心配がある場合は、そこで説明を受け、全てを了承してから購入する。

フランスでは、犬や猫などのペットにICチップを装着することが義務付けられている。ICチップには、動物個体番号や種類、名前、飼い主などの情報が紐づけられる。日本と大きく違うことは、ペットに名前をつけて登録するための名付けルールが存在することだ。ペットにつける名前は、生まれた年によってイニシャルが決まっている。例えば、我が家の犬は2020年生まれなのだが、2020年生まれのペットにはRで始まる名前をつけなければならない。2021年生まれはS、2022年生まれはTで始まる名前をつけなければならない。我が家の犬は登記上、Ralf(ラルフ)という名前がつけられていた。が、我が家ではLeffe(レフ)と名付けようと決めていたので、我が家の犬の通称はLeffeである。Leffeは、実はベルギービールの銘柄だ。取り立てて意味はなかったのだが、何となく音がかっこいいからこの名前にした。犬の名前を問われて答えるときには、「ビールのLeffeだよ。でも彼はアルコール依存症ではないよ。」なんて、ジョークも交えて説明している。

イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルのLeffeは、元気いっぱい。狩猟犬なので、森が大好きで、ほぼ毎日エネルギッシュに森を自由に駆け回っている。この毛むくじゃらの男の子が家族になってから、人間の行動範囲も変わった。休日は森へ行き、旅行も都市ではなく、Leffeと一緒に楽しめる自然の多いところに行く。旅行先で美術館や博物館に行くことが激減した。ヨーロッパは地続きで隣国へ車で移動できるので、Leffeとは海外旅行もした。我が家の中心はしばらく娘だったが、今はLeffeになりつつある。家族みんなLeffeが大好きなのだ。

Leffe(レフ)はベルギービールの銘柄だけれど、レフはあのロシアの大作家トルストイの名前でもある。レフ・トルストイはLevと書くのだが、カタカナにすればレフでLeffeと同じだ。ロシアの作家とベルギービールと同じ名前のイングリッシュ・スプリンガー・スパニエル。彼はフランス生まれで、日本人家庭で育ち、日仏バイリンガル犬でもある。ロシア、ベルギー、イギリス、スペイン(スパニエル)、フランス、日本。実はマルチ・カルチャーな犬である。いろいろ混ざっていて、よくわからないけれど、何となくいい感じ。そういう雑多な感じが僕にも、我が家にも合うように感じている。

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