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第9回「ブックマン瀬戸川猛資③」

 前回までで雑誌〈BOOKMAN〉についてごく大まかにまとめたので、今回は少し時を遡って1977年創刊の角川書店の雑誌〈バラエティ〉について見ていく。〈バラエティ〉は、映画を中心に文芸、マンガ、音楽などの情報を掲載する総合文化雑誌で、創刊は1977年10月号である。
 本誌に登場した初めて瀬戸川猛資の原稿は「ヒッチコックの面白さは、まず、どぎつさとあくどさだ」という映画評(1977年12月号、藤崎誠名義)。アルフレッド・ヒッチコックの映画『フレンジー』を取り上げ、この「不思議なほど評価されない」作品の魅力をヒッチコック作品の特徴とともに語りつつ、同時に、日本の映画ジャーナリズムが海外での評価に振り回されて、評価すべき作品を評価できない不明を指弾している。以降、映画『ガントレット』評(1978年2月号・藤崎誠名義)、スティーヴン・キング『呪われた町』評(1978年2月号・瀬戸川忍名義)、映画『アラビアのロレンス』評(1978年5月号・藤崎誠名義)を寄稿した。
(※瀬戸川猛資の別名義は、桜田順(学生時代)・藤崎誠(70年代中心)・宅和宏(80年代中心)の三つとされるが、文体・内容的にこの瀬戸川忍名義の評も瀬戸川が書いたものではないかと、勇み足ながら追加した)

 単発の寄稿だけでなく、特集コーナーにも瀬戸川は顔を出している。例えば「BOOKS」の「名探偵特集」(1978年5月号)では都筑道夫・鏡明とともに「わたしの名探偵」というコーナーに「女性作家と名探偵」という題でエッセイを寄せた。かと思えば、様々なジャンルのスーパーヒーローを紹介した「あいむ・あ・チャンピオン」という特集(1978年9月号)で阪急の上田利治監督、ジョー・ディマジオ、昭和36年の甲子園における浪商高校、ハイセイコー、リング・ラードナーの短編「チャンピオン」の項目を担当している。テーマがやたらと野球に偏っているが、翌月10月号の「少年マンガの世界」という特集でも『ドカベン』論をぶちあげているし、少し飛んで1980年5月号では「夢とロマンに満ちた狂気の世界 プロ野球を悶絶しつつ楽しむ」という、球団別の楽しみ方を紹介したかなり長い記事を書くほど瀬戸川は野球好きであったようだ。瀬戸川がこのように野球に入れ込んでいるというのは考えたこともなかった。そういえば「夜明けの睡魔」連載時、ネタに困ってリチャード・ローゼン『ストライク・スリーで殺される』(ハヤカワ・ミステリ文庫)という当時の新作を唐突に取り上げていたが、これも「野球好き」という補助線を引くと納得できるような気がしてくる。

 閑話休題。瀬戸川が〈バラエティ〉に書いた記事の中でおそらく唯一広く知られているのは、1979年1月号から5月号まで連載された「西田敏行わんまんしょう」というコラムだろう。深夜ラジオの「水曜パック・イン・ミュージック」(通称“西やんパック”)のコーナー「金田一耕助探偵事務所」の〈バラエティ〉誌上版という触れ込みのこの企画、第1回は無記名だが、第2回以降は「探偵事務所アシスタント」として瀬戸川の名が登場する(正確には、第2回は「篠原敏光・瀬戸川猛資」、第3回以降は「瀬戸川猛」と記されている。ちなみに篠原はワセダミステリクラブにおける瀬戸川の後輩である)。第1回はラジオを文字起こししたような内容で今となってはあまり面白くない(西田敏行ファンの皆さん、ごめんなさい)が、第2回以降は「金田一耕助事件ファイル紹介」「金田一耕助のライバル紹介・海外の名探偵編」「日本の名探偵編」「怪盗・悪漢編」と、もはやラジオとは何の関係もない瀬戸川の独壇場と化している。編集部もよく通したなあと感嘆してしまう。

「BOOKS」の新刊レビューコーナーに瀬戸川の名が登場するのは1979年10月号から(宅和宏名義)だが、1979年4月号の「BOOKS」ではTV MOVIESというアメリカの映画紹介本のレビューを寄稿している。この時の名義が「宅 和宏」。本連載の第6回でご紹介した「早く来すぎたミステリ作家――フータローニアンの推理作家・山田風太郎」は1979年7月刊の「別冊新評」掲載のため、現在確認できている限りこの名義は本誌が初出となるが、その第一回から間違えられてしまうとは困ったものだ(笑) 「タッカー・コウ」→「宅和 宏」の駄洒落が通じなかったのかもしれない。
 ちなみにその1979年10月号は創刊2周年特集号ということで「BOOKS」の大拡充が行われていて、瀬戸川は「新刊レビュー番外編:奇妙な味の料理人 8人」というコーナーを執筆している。夢野久作、星新一、都筑道夫、藤子不二雄、サキ、ロアルド・ダール、スタンリイ・エリン、リング・ラードナーという、オーソドックスからちょっと変わり種まで取り揃えてみせて、「奇妙な味」という説明困難なタームを非ジャンル者に紹介しようとしているのが面白い。

 翌1979年11月以降、瀬戸川は新刊レビューコーナーにレギュラー執筆陣として定着。期間としては1982年12月までで、ちょうど〈BOOKMAN〉創刊の時期と重なる。
(※厳密には、1983年1月から1984年3月までの約一年間も瀬戸川の名は新刊レビューコーナーに残るけれど、これまで6ページあったコーナーが「新刊レビュー VARIETYの選んだこの10冊」という見開き2ページに集約され、無記名の短評(=誰がその本を担当したのか不明)になってしまうので、ここでは扱わない)
 ちなみにその第1回は「海外SF・ミステリ特集」ということで、SFはディキンスン『緑色遺伝子』、ハリスン『原子力衛星が落ちてくる!』、アシモフ『停滞空間』、ヴァーリイ『へびつかい座ホットライン』、『ポオのSF1』、ホワイト『宝石世界へ』、ディクスン『ドラゴンになった青年』、ミステリはラドラム『悪魔の取引』、ダーレス『ソーラー・ポンズの事件簿』、カサック『殺人交叉点』、『犯罪の中のレディたち』、メイヤー&カプラン『黒い蘭』、イネス『密輸鉱山』、ハンター『煙のたつところ』、そして植草甚一『探偵小説のたのしみ』で締めている。この『殺人交叉点』は旧文庫版のため、『殺人交差点』の誤りと思われる。創元クライムクラブ版から新訳されたこの本が、結末の趣向を途中でばらしてしまうような翻訳になっていたために瀬戸川含むミステリマニアたちから大ブーイングを受ける……というのはもう少し先の話である(瀬戸川は、もしかしたらレビューを書いた時点ではこの本をきちんと読んでいなかったのかもしれない)。
 続く第2回は、ジャンルの枠に囚われないもっと自由な書評コーナーを展開している。新刊のスタンウッド『エヴァ・ライカーの記憶』を軸に「タイタニック号に関する4冊」というテーマを掲げ、カッスラー『タイタニックを引き上げろ』、カー『曲った蝶番』、岡本好古『巨船』と既刊の紹介に繋げる……という前半は前回の流れを引きずっているが、ワンクッション置いて、桜井邦明『考え方の風土』、山室静『世界のシンデレラ物語』、『インド・ネパール・スリランカ』『地球の歩き方・アメリカ』、沢木耕太郎『敗れざる者たち』と新刊をズラリ紹介する後半は傾向が異なる。殊に『考え方の風土』と『地球の歩き方~』は、一冊のなかでの日本人論・アメリカ人論の対比という共通テーマを持つ本として、それぞれ興味深い短論を展開している。また『敗れざる者たち』収録の「さらば宝石」という一編に対して「1本のヒットを打つことに執念を燃やした男の鬼気迫るドラマで、読後、異様な感動を覚えた」とコメント。瀬戸川の野球に対する熱い思い入れについては既に書いた通りだが、こういったところでも逐一言及があるのは興味深い。

 と、このように全部の回について言及していては、どれほどスペースがあっても足りない。ということで各回の詳細については打ち切り、〈バラエティ〉と瀬戸川を結び付けるとある編集者のことを眺めつつ、本稿を締めることとしたい。
 その編集者の名は秋山協一郎。早稲田大学に在学中はワセダミステリクラブに在籍、編集プロダクション「綺譚社」において雑誌〈綺譚〉(1978~1983)を刊行した人物で、瀬戸川とは先輩後輩の関係にあたり関わりは深い(瀬戸川が二年先輩)。実際、瀬戸川は〈綺譚〉第2号(1980)の「都筑道夫特集」に「「サタデイ・ナイト・ムービー」を読み終えて」という記事を寄稿しているし、秋山も後に〈BOOKMAN〉第13号(1985)の「決闘文学特集」に寄稿している。
 Wikipediaによると秋山協一郎は〈バラエティ〉の編集に関わっていたとされるが、その時期は明記されていない。ただ、瀬戸川が「ブックマン物語」で書いた呉智英との出会いについての説明で、1981年の暮れに『封建主義 その論理と情熱』(JICC出版局)という呉のデビュー作を「新刊レビュー」で書評するように頼むくだりがあり(その内容に感銘を受けた瀬戸川は、同年末の綺譚社の忘年会で呉と初対面したという)、おそらくその頃には秋山も〈バラエティ〉編集部の関係者であったに違いない。〈綺譚〉寄稿者と「BOOKS」寄稿者の重複の多さ(瀬戸川はもちろん、伊藤昭・斯波司・中島梓・鏡明……)を考えると、秋山が評論を書ける知り合いを片端から自分の担当コーナーに押し込んでいたのではと推測したくなるが、さて真実は那辺にありや。関係者にインタビューした「雑誌文化とワセミス人脈」をまとめた本が出たら面白いと思うのだが、誰かやらんのかね。ニッチすぎるかな。
 とまれ、この〈綺譚〉→〈バラエティ〉「BOOKS」→〈BOOKMAN〉というルートの一端に登場するのが、次回取り扱う〈週刊宝石〉の「本のレストラン」となる。どうぞ、こちらもお楽しみに。

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