見出し画像

第7回「ブックマン瀬戸川猛資①」

 前回までの連載で、デビュー以降80年代までに見られた瀬戸川の「ミステリ評論家」としての側面をおおむねまとめた。厳密には90年代にも〈信濃毎日新聞〉「水曜ライブラリー」で「世界の推理 海外編」というコーナーを散発的に担当(1992/2/19~1993/3/3)、月刊誌〈マルコポーロ〉で「BOOKS ミステリーはこれを読め」という短期の連載を担当(1994/7~1995/2)などしているが、目新しい要素はないのでこの連載では割愛させていただく。

 さて、これでようやく次のステップに進むことができる。すなわち「瀬戸川猛資=ミステリ評論家」という誤った固定概念を取り払うという本連載の目的に向けて、一歩を踏み出すことができる。
 確かに瀬戸川の仕事のうち、単行本化されていて多くの読者の目に触れ得るのは『夜明けの睡魔』『ミステリ・ベスト201』といった「ミステリ評論」である。しかし、瀬戸川にとってミステリは興味の対象の(ある時期においては最大のものとなる)一つでしかない。この事実を閑却しては彼を理解したことにはならない。彼が愛したものの中でほかに大きなものと言えば「映画」が挙がるが、それもまた彼にとっては「多数のうちの一つ」なのである。
 星の数ほどある、細々とした「面白いもの」に対する尽きせぬ好奇心こそが瀬戸川の原動力であり、そういった「文化の総体」を主として本を通じて摂取・咀嚼し、そして評論という形で読者に開陳したという事実こそ、彼が我々のような「原稿が書かれて数十年後」の読者にとって興味深い理由なのだ。瀬戸川のミステリ評論はもちろん面白い。だが彼への理解は、ミステリに対するものに留まらない、ありとあらゆることがらに対する彼の文章を読んでこそ深まることになるだろう。

 今回から章題とする「ブックマン瀬戸川猛資」の「ブックマン」は、瀬戸川が編集に関わった雑誌〈BOOKMAN〉からいただいた。同誌の26号から掲載された連載「ブックマン物語」で瀬戸川は、〈BOOKMAN〉の寄稿者たちを「本と実生活が密接に結びついている人々」=「ブックマン」と呼称したが、その呼び名は誰より瀬戸川猛資によく似合う。本章ではそれを示すような様々な連載を紹介して、瀬戸川猛資という評論家の〈面白がり〉の幅の広さを証していきたく思う。

 本論に入る前に、本章で取り扱う連載についてあらかじめ説明する。それらを連載開始の順に従って並べたのが以下である。なお、連載時期が分かりやすいように「夜明けの睡魔」「夢想の研究」の連載時期を併載した。

②1979/10~1984/03 角川書店〈バラエティ〉「BOOKS 新刊レビュー」
 【1980/07~1982/12 〈ミステリマガジン〉「夜明けの睡魔」】
③1981/10~1991/05 光文社〈週刊宝石〉「本のレストラン」
①1982/10~1991/06 〈BOOKMAN〉
 【1984/01~1985/12 〈ミステリマガジン〉「新・夜明けの睡魔」】
④1985/03~1986/09 文藝春秋〈文藝春秋〉「瀬戸川猛資の本をめぐる人々」
⑤1988/06~1991/10 〈産経新聞〉「読書欄」
⑥1988/07~1991/08 〈毎日新聞〉「リレー書評 今この本が面白い」
 【1989/01~1991/08 〈ミステリマガジン〉「夢想の研究」】
⑦1992/04~1998/10 〈毎日新聞〉「今週の本棚」
⑧1997/02~1999/04 〈東京人〉「書評同人事事物物」

 今回及び次回で①〈BOOKMAN〉を取り扱う。連載開始が先行する②〈バラエティ〉・③〈週刊宝石〉は、〈BOOKMAN〉の成り立ちに深くかかわる連載で、順番としてはこちらが先なのだが、やはりこの書評誌こそ瀬戸川の80年代の活動の核になっているものということで先に出す。以降は、丸数字の順に進めていく予定だ。
 ②ではこの「新刊レビュー」以前の1977年末から、たびたび瀬戸川の記事が掲載されている。その中には「瀬戸川=ミステリ評論家」という枠組みでは説明できないようなものが色々含まれていて、これらも連載と併せて扱う予定だ。また、殊に③の連載においては雑誌自体の通俗性が取り上げる本の種類にも反映されている。〈ミステリマガジン〉や〈ダカーポ〉における比較的堅めの連載では取り上げる機会のない砕けた選書になっているのが興味深い。とはいえ、今後もし瀬戸川の評論集が作られることがあったとしても、②③の原稿が収録されることはおそらくないだろうが……いかにも瀬戸川らしい独自の旨味が迸る内容で、むしろ積極的に紹介されるべきだろうと個人的には考えている。
 本にまとめられる機会がなさそうだということでは、④〈文藝春秋〉の記事も同様だ。というのもこの「瀬戸川猛資の本をめぐる人々」は、瀬戸川が様々な「ブックマン」にインタビューして回り、それをまとめるという内容だからである。連載から40年が経過し、もはや連絡のつけようもないという相手も少なくなかろう。だが、その内容はギュッと詰まっていて非常に啓発的であり、色々とモッタイナイ。
 膨大な新聞書評群については、適宜実物を示しながら紹介するつもりである。ことに〈毎日新聞〉「今週の本棚」掲載の書評は、主幹たる丸谷才一の期待に120パーセントの力で応え、しかもそれを六年半に渡って続けた超絶連載だ。曰く、書店における問い合わせの件数で、瀬戸川は他の評者と比べてぶっちぎりに多かったとか。短評(と言っても400文字程度)も合わせると100本以上、原稿用紙にして400枚近くに及ぶ90年代の出版シーンを瀬戸川流に切り出したこれらの寄稿が一切単行本にまとめられていないのは、なんとも残念。最後の⑧「書評同人事事物物」は、書評としては瀬戸川の最後の連載となったシリーズである。瀬戸川が積み重ねてきた「ブックマン」たちとの出会いが、こういった形で結実したということに面白さと同時に喜びが感じられる。
 さらに章の〆として、書評における先輩たち、小林信彦・開高健・丸谷才一に対する瀬戸川のラブコールをまとめる予定である。これがまた素晴らしい。瀬戸川がいかに彼らの影響を受けながら自分の芸風を確立していったかということがはっきり分かる内容になので、瀬戸川ファンは初出誌や解説の載っている文庫をすぐ探すべきだろう。

 さて、まずは何を置いても〈BOOKMAN〉である。この雑誌は1982年10月から1991年6月までの約10年間で全30号を刊行して終刊した。隔月刊を標榜していたものの、「完成しなければ出ない」スタイルで、刊行が3か月、4か月空くことはしょっちゅう。酷い時には半年空くこともあった。ほとんど同人誌のような身内ノリの冊子だがその内容のレベルはずば抜けている。「特集+連載」スタイルを貫き、そのいずれも優れた原稿を集めているが、まずは特集の大まかな分析から。以下、全30号の特集タイトルを並べる。

01「なぜか、いま岩波文庫が読みたくなった!!」
02「見えない図書館——恐怖のブック・ハンター列伝!!」
03「書棚から消えていった作家たち」
04「完全版・神田古書店カタログ——本の聖地の徹底ガイド」
05「岩波&中公・新書ハンドブック——新書は知識の大百科」
06「おお探偵小説大全集——早川ミステリVS.創元推理文庫」
07「ザ・ベストブック1983——読書のプロが選んだこの一冊」
08「HOW TO 洋書——読み方・集め方の徹底探求」
09「一生の読書計画——〔黄金の12冊〕を決める」
10「書斎の秘密——文筆家の書斎テクニック図鑑」
11「ザ・ベストブック1984——何がいちばん面白かったか」
12「幻の探偵雑誌《宝石》を追う——ある雑誌の生涯」
13「これが決闘文学だ!——胸さわぐデスマッチ小説を耽読する」
14「ザ・ベストブック1985——面白い本がなかったなんて本当ですか」
15「「辞書」はすばらしい——切磋琢磨の熱中ガイド」
16「SF珍本ベストテン——謎の名作・噂の怪作」
17「読書術・秘中の秘——ベストブック1986付」
18「みんな欲しかった中国名著カタログ」
19「本物のホラーを!——エセ恐怖ブームを斬る」
20「ブックマンたちに捧げる特別号——それでも私は活字人間」
21「東京古本屋帝国ベスト店——地図とガイド」
22「読書日記をつけましょう」
23「完答古本屋帝国ベスト店——東京・横浜・千葉・埼玉」
24「世の中、マンガ——’80年代精選傑作漫読大会」
25「BM式必携文庫目録——絶版時代がやってくる」
26「秘密のベストセラー——〔硬派〕の売れ行き」
27「本への〝熱視線〟——ヴィジュアル読書の時代」
28「よくわかる現代詩——〈知られざる世界〉の面白さ」
29「オール未発表企画——終刊前の「特集」サービス特集」
30「〈いい本〉とは何か——最後のメッセージ」

 このように並べた中でおそらく最も有名な特集は16号の「SF珍本ベストテン」だろう。何しろこの号を読んで以来、「噂の怪作」として取り上げられた栗田信『発酵人間』の謎めいた魅力に取りつかれて、ついには国会図書館でコピーしたものを製本、自分だけの『発酵人間』を作ってしまった人もいるくらいである(古書山たかし『怪書探訪』参照のこと)。
 SFやらミステリやらを特集とした号、古本屋特集をやった号などは分かりやすい部類で売れ行きも良かったようだが、むしろ注目すべきは本当にこの雑誌でしかやらない、またできないだろう特集である。例えば「中国名著ガイド」、例えば「決闘文学特集」……キャッチーで売れる見込みがあるか、時代の需要に合っているか。そんな些事を度外視しているとしか思えない異端の発想群。だが、読むと面白い。今もって、古書市場では高値で取引されているのも納得しかない。
 では、その〈BOOKMAN〉はいかに産み落とされたのか。先に上げた「ブックマン物語」の冒頭をざっと要約すると、「脱サラしてトパーズプレス社を立ち上げ、深野有(松坂健)の『ペーパーバックス読書学』を刊行してまあまあの売れ行きとなったものの、出版を担当してくれた奇想天外社が風前の灯火であり、このままだと先がないと感じていた瀬戸川。1981年の末、赤坂のマンションの一室にあった事務所にやってきた松坂健から「書評誌を出そうと思うのだが、ペーパーバックスのコーナーを担当してくれないかと持ち掛けられている」と言われたことから運命が回りはじめ……」といった感じで〈BOOKMAN〉は始まったらしい。そこから、企画会議ばかりで実態のない、いつまでも出ない雑誌に業を煮やした瀬戸川が、一寄稿者でありながら編集を乗っ取り、「面白い本の話ができる」友人たちを集めてついに第一号を出すに至る、というのが「ブックマン物語」の概要である。超一流の書き手たちが、ほとんど手弁当の形で集って好き放題やった〈BOOKMAN〉。次回は特集の細部や一つ一つの連載に入りこんで、より詳しく見ていきたいと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?