ちあきなおみ「喝采」

ここブラチスラバでは暇で暇で仕方がないのでYouTubeを見て時間を潰したりしている。もちろん日中は街をぶらぶらしているのだが、夜は暇である。毎晩飲み歩くにも金がかかるので、金を使わずに夜過ごす方法といったらそれぐらいしかないのである。
話がそれたが、昨日YouTubeのおすすめ動画になぜか、ちあきなおみの喝采が出てきた。

日本を離れて、そろそろ日本が恋しくなってきただろうとYouTube側が判断したのかは知らないが、海外にいる私の心にその喝采は染みた。
思い返せば、ニュージーランドに留学していた時も同じように河島英五を知り、その歌が心を震わせた。
この喝采という曲は歌詞がとても素晴らしく、河島英五の歌と同じく私に日本の心を思い出させてくれた。
長い曲でもないので、以下全歌詞を載せる。

「喝采」
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いつものように幕が開き 恋の歌うたう私に
届いた報せは 黒い縁取りがありました
あれは三年前止めるあなた駅に残し 動き始めた汽車に一人飛び乗った
鄙びた町の昼下がり 教会の前に佇み 喪服の私は祈る言葉さえ忘れてた
蔦が絡まる白い壁細い影長く落として 一人の私はこぼす涙さえ忘れてた
暗い待合室 話す人もない私の 耳に私の歌が通り過ぎてゆく
いつものように幕が開く 降り注ぐライトのその中
それでも私は 今日も恋の歌うたってる
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故郷に残してきた昔の恋人が死んでしまったのだが、直接的に死という言葉は使われていない。
そこが素晴らしいのだ、直接言うことはなくてもその風景、感情がありありと心に浮かんでくる。
また、時系列順でいえば駅での別れが最初に来てもおかしくないが、これが最初に来てはならない明確な理由がある。
東京で歌手としてスター街道を駆け上がっている彼女は彼の訃報に接して初めて、あの別れのシーンを思い出したのだ。感情の流れ的に回想がここで現れるのが自然だ。

足りない部分を私なりに補ってみると以下のようになる。(足りないと言えば誤解を招くかもしれないが、この歌詞はこのままで完成されきっている。暗に示されていて、あえて述べる必要もない部分を補うといった方が適切だが、いかんせんそれでは冗長になると思ったまでだ)

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いつものように幕が開き、ステージで恋の歌うたう私に
突然届いた報せには黒い縁取りがあるあなたの訃報でした。
思い返せばあれは三年前、止めるあなたを駅に残して
動き始めた汽車に私はひとり飛び乗って東京に出てきました。

二人の故郷も東京に慣れた私には鄙びて見え、
町の昼下がり、葬式が行われる教会の前に佇み、あなたの死を受け入れることが出来ない喪服の私は祈る言葉さえ忘れていました。
教会の蔦が絡まる白い壁のそばで私は、昼が夕方になり、細い影が長く落とすようになるまで 一人で嘆いてこぼす涙さえ忘れていました。
暗い待合室で話す人もない私の耳にふとラジオから流れる私の恋の歌が通り過ぎてゆきました。

いつものように幕が開いて、降り注ぐライトのその中
あなたのことを思い出し悲しみに暮れながら、それでも私は今日も恋の歌をうたっています。
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こんな感じになるだろう。

これを抜群の歌唱力と表現力を持つ、ちあきなおみが歌い上げるのだから、もうお手上げだ。
日本の精神が表れた名曲にならないはずがない。

==================================追記

さらに気づいたことが二点あるので追加しておきたい
一点目はメロディーの対称性についてである。
以下に歌詞の初めの部分と番号を振っているが、同じ数字の部分は同じメロディーである。
①いつものように幕が開
②あれは三年前~
③鄙びた町の昼下がり~
③’蔦が絡まる白い壁~
②’暗い待合室
①’いつものように幕が開

彼女の気持ちは夢見た東京で歌を歌っている現状から、彼の訃報に触れて葬式に参加するようになるまで落ち込んでいく。葬式を済ませた彼女は、彼の死を乗り越え再び東京に戻り歌手として活躍するのである。

二点目は太字で示した部分だ。「幕が開」から「幕が開」に変化しているのだ。ここからも彼女の微妙な心情の変化が読み取れる。
「幕が開き」で、その後に続く物語に目線を持ってこさせ、「幕が開き」でその物語が終わりに近づいていることを暗に示している。

深読みすればするほど、この喝采の歌詞は素晴らしい。
それも。ちあきなおみの表現力があってこそだ。


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