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冬眠していた春の夢 第11話 花火大会

 仁美から、来週鎌倉の海で行われる花火大会に誘われた。
 賢吾さんと橋本さんも一緒だという。
 なんか…これがアオハルってやつなのかな?と、ムズムズする自分の感覚を言語化してみた。
 オシャレに興味のなかった私も、さすがに何を着ていこうかと焦りを感じた。
 でもクローゼットの中には、オシャレな服は一切ない。
 どうしよう?

 唯一の友人の仁美もオシャレには疎いし、誰に相談したらいいか悩んだ。
 でも、未だにあまり目の合わない母には相談しにくい。
 かといって、いくらなんでもTシャツとジーンズでは行けない。
 悩んだ挙句、私は名古屋の叔母に電話をした。

 花火大会の前日に、名古屋の叔母から浴衣セットが届いた。
 「花火大会といったら浴衣に決まってるでしょう」
 叔母はそう言って、翌日にはすぐにデパートに行ってくれたらしい。
 開けてみると、しっかりと私の好みをわかっている叔母のセレクトで、ピンクとかの可愛らしい柄じゃなく、落ち着いたグレーがかった水色の淡い花柄の浴衣に、黄色の帯と黄色い鼻緒の下駄が入っていた。

 嬉しくて、すぐに着てみようと広げてみた。
 でも、着方がわからなかった。
 しまった。途方に暮れた。
 でも、せっかく叔母が買ってくれたし、花火大会にはどうしても着て行きたいし…。

 階下から、母が買い物から帰ってきた気配が伝わってきた。
 母に相談せずに叔母に頼ったこと、きっと怒られるに違いない。
 それでも、母に着付けてもらうしかない。
 私は意を決して浴衣を胸に抱いて階段を降りた。

 「おかえりなさい」
 「ただいま。今日はハンバーグにするね。美月好きでしょう」
 母は冷蔵庫に食材をしまいながら言った。
 ずっと電話だけで話していた時は、「みっちゃん」と呼んでいたけど、10年ぶりに会った私が、もう小さな子供じゃなかったからだろう、再会してすぐに呼び方が「美月」に変わった。

 「うん。あのね…お母さん」
 「ん?」
 呼びかけてもこちらを見ない。
 見てくれたら状況がわかって話しやすいのに、見てくれないからちゃんと説明しなきゃいけない。
 「久子おばちゃんが浴衣を送ってくれたの」
 心臓の鼓動が自分でも聞こえるくらいだった。
 私の言葉に、母はチラッとだけ私の手元に視線を投げて、すぐに作業に戻った。
 「ああ、届いたのね。久子さんから聞いてた。明日の花火大会に着て行くんでしょ?」

 そうか…。さすが久子おばちゃん、ちゃんと母に話してくれてたんだ。
 私はホッとした。
 でも、まだこれからお願いしなきゃいけない。
 私がなかなか言い出せずにモジモジしていると、母が冷蔵庫を閉めてこちらに寄ってきた。
 そして浴衣の帯にそっと触れて、
 「作り帯だから私でも簡単に着付けできるわ。何時に出かけるの?」
 「…あ…、18時半に仁美と駅で待ち合わせ」
 「そ。じゃあ17時半くらいにね。髪の毛は自分でできる?」
 「あ、うん。大丈夫」
 「わかった」

 そして母は背中を向けてキッチンに戻っていった。
 その背中を見ながら、母が着付けを引き受けてくれて良かったと思うよりも、改めて感じた母との間の見えない壁に、私は割と打ちのめされていた。

 第12話に続く。

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