キャリコン的映画レビュー『Perfect days』
お疲れ様です、本日仕事始めの方も多いでしょうか
能登半島地震で被害を受けられた方々に謹んでお悔やみ申し上げます
昨年に2023年映画ベストの記事をアップしまして、年末に見た『Perfect days』が非常に良い映画で2位といたしました。
本作の主演、役所広司さんはカンヌ映画祭で日本人としては19年ぶりの男優賞を見事受賞!それも納得の素晴らしい演技でした
本作の監督はドイツの巨匠ヴィム・ヴェンダース、個人的には学生時代に最初に見た彼の作品が『ベルリン天使の詩』でした、これに衝撃を受け『パリテキサス』『都会のアリス』『アメリカの友人』などかなりハマってみました。キューバの音楽ドキュメンタリー『ブエナビスタ・ソシアル・クラブ』も素晴らしい映画でしたね
本作の主人公は公衆トイレ掃除人というパッと聞くと地味なテーマを想像するのですが、まあ確かにトイレ掃除人の繰り返される日常を淡々と描いた作品です。
ところでトイレ掃除というと年末の大掃除でやる家庭も多いですね、植村花菜の「トイレの神様」では”トイレには綺麗な女神様がいるんやで〜”と歌われました。やはりトイレを綺麗にするってご利益がありそうですよね。
そう考えると公衆トイレが何やらパワースポットのようにも見えてきます。本作では主人公の平山は掃除のために巡回する中でサボり癖のある後輩や不思議な老人、OLとの出会いがあり、モノクロ映像のフラッシュバックが挿入されます
淡々とした日常ですが、そんな中にもちょっとした美しさが現れます。それは公園の木漏れ日だったり、サボり癖のある後輩が知的障害者と仲良くしている光景だったり、お寺に咲く小さな花だったり、、、
平山はどうやら父に反目し家を出て相当な年月が経っているようです、富裕層らしき妹の存在などからはいい家柄だった様子が伺えます。平山の人生ははっきりと説明されませんが元々富裕層でインテリだった彼が今トイレ掃除の仕事をしているという状況。でも平山は今の暮らしに悲観しているかというとそんなことはないようです、カセットテープでお気に入りの曲を聴き、幸田文の古本を読み、馴染みのスナックに通う生活は精神的豊かさを感じます。
そんな彼に精神の自由を感じるのか、平山の妹の娘、姪っ子のニコが突然平山の家に泊まり込みできたりします。
行きつけのスナックのママとのさりげない会話、余命宣告されたママの元夫と影と影を重ね合わせる遊び。人生の小さな楽しみと誰にでも訪れる死
何か決定的なことが起きるわけではないのですがラストの平山の表情からは人生の満足感を見て取れます。それは喜怒哀楽という区分に当てはまらない曖昧なものですが何か前に向かう手応えを感じるもので感動でした
ヴェンダースは小津安二郎に影響を受けており、本作も主人公の平山という名前やアパートの室内の構図など小津の影響を感じさせます。ただ想像していたよりも小津っぽくはなかったです。小津といえば松竹の王道の作品群が代表作になりますが、時々他の撮影所に招聘されて撮ることがありました。大映で撮った『浮草』、東宝で撮った『秋刀魚の味』
そもそも小津は雨のシーンをほとんど撮りませんでした、しかし『浮草』では激情が迸るような大雨がクライマックスでした。また、『秋刀魚の味』葬送のカラスなど過剰な象徴の提示がありました。
なんとなく小津自身が押さえ込んできた意識下の劇場を他の撮影所の時に溢れ出てしまっているままにしていたように感じます。このヴェンダースの新作には小津自身が抑え込できた劇場が溢れ出る瞬間を再現しているように感じました。
音楽については、ルー・リードやパティ・スミスはいかにもヴェンダース趣味といった感じで私も好きですし懐かしさと共にやっぱりいい曲だよなと思いました。ただ一方で予定調和も感じでしまいます。しかし今回スナックのママを演じた石川さゆりが突然歌い出すシーンには度肝を抜かれました。伴奏するあがた森魚のギターも美しかった。このシーンを見た瞬間にヴェンダース自信が押さえ込んでいた激情を解放したように思えたんですね、ちょうど他の撮影所の小津のように姪っ子のニコは家に帰ってゆくのですが、ニコという名前からはヴェルヴェット・アンダーグラウンドのボーカルを想起させます。いわばヴェンダースの趣味的な世界ですが、その世界から離脱し何かもっとドロドロしたものを解放するようなベクトルを石川さゆりの歌には感じました
色んな見方ができる映画ですし、美しい映像と役所広司の演技も素晴らしい。ぜひオススメしたい一本です