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「Rebirth(仮)」(10)敗血症性ショック

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敗血症性ショック時のことを綴った兄の回顧ブログ

2013年11月 生命の危機

その後、治療は進み11月になった。他の患者さんのブログとか読んでる感じかなり白血球が落ちる治療のようだった。

通常、白血球は1000をきると危険になっていくので、1000以下の期間が数日になるような治療が多い。だが、この治療では500以下で、その底が長く続く雰囲気だった。

治療が始まると思った通り血球はみるみる落ちていき、すぐに1000以下になった。さらに血球は落ちていき、ほぼゼロの状態になってしまった。そのタイミングでおしりを切ってしまって、高熱とおしりの痛みに一日中苦しめられた。最初先生はじきに血球は上がってくるから、辛抱しましょうみたいな感じたったけど、血球は一向に上がらなかった。
その間も、おしりの痛みと熱はどんどん悪化し、モルヒネ?(麻薬系)の痛み止めも使った。40度を超える高熱で身体がガタガタ震え、と思ったら、汗でビショビショになり、一晩で何回も服を変えた。

そんな状態が1週間くらい続いたと思う。

ある晩、熱が42度になった。
「これ流石にやばいんじゃね?」
そう思った。

朝、周りのたくさんの先生と看護師さんが名前を呼ぶ声で起きた。
わけもわからず、ボーッとしているとCTへ運び連れて行かれた。
ボーッとしていたが、ヤバいんだろうな。と思った。

どうやら、血圧が下がって危ない状態だったらしい。敗血症でショックを起こして心不全になった。
血圧を下げないためにありえないほどの輸液がされた。
尿管にくだが入れられ、みんな僕を助けるために必死になっていたのをなんとなく覚えている。

夜になると、呼吸がどんどん苦しくなってきた。本当に苦しかった。初めて、本当に死ぬと思った。夜22時とかだと思うが、先生はずっと近くにいた。ずっと苦しんでいたが、そのうち意識を失った。
少しして、先生が名前を呼ぶ声で意識が戻った。知らない部屋に移されていて、
「挿管するので眠らせますよ!」
みたいなことを言ってたと思う。
俺は言ってることのわけはわからなかったが、あまりにも苦しかったので「眠ってしまいたい」と思い、頷いた。


2013年12月 どん底

しばらくして目が覚めた。呼吸は楽になっていた。

「けっこー寝てたな。丸一日、二日くらい寝てたかな?」
と思って、看護師さんに日付を聞いたら1週間経っていた。

あとおかしなことが1つあった。身体が全く動かなかった。指がかろうじて動いたが、携帯のロック解除はできなかった。
看護師さんに解除してもらい、携帯を見るとLINEがそこそこ溜まっていて、とりあえず、地元のグループにスタンプを送った。

部屋もナースステーションの真ん前のスペシャルな部屋になっていた。説明を聞いて、とりあえずわかったことは、

この1週間は生死を彷徨う状態で、ずっと鎮静剤をうたれて挿管されていた。
生死は50/50の確率だった。
体が動かないのは、薬で眠らされていたせいで、1週間筋肉を全く(ほんとに全く)使わなかったから。

周りは僕がとりあえず、助かって明るい雰囲気だったが、僕の気持ちは違った。
死がものすごく身近に感じて怖くて仕方なかった。いままで、死ぬかもしれないと頭ではわかっていたけれど、ピンときてはいなかった。この経験で「死ぬ時ってこういう感じなんだ」とわかってしまった。

あの時の「挿管するんで、眠らせますよ!」が運が悪ければ永遠の眠りになっていたことを想像すると怖くて仕方なかった。

また先生も、「ここまで血球の立ち上がりが遅かったのは、骨髄中で悪い細胞が増えているからかもしれません」
と言っていて、さらにどん底に突き落とされた。

例えば、バイク事故で生死を彷徨って、生き残って、良かったね!これからの人生大切に生きようね!が普通だろ!
俺は生死を彷徨って、生き残って、それでもなお戦い続けなければならない。この経験の異常さを恨んだ。

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