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【R07:STORY】『価値ある』時間を提供するアンサンブル・Duo Axia

フリーランスのチェロ奏者、山口徳花(やまぐち・のりか)とピアニストの伏木唯(ふしき・ゆい)によるアンサンブル、Duo Axia(デュオ・アクシア)。東京藝術大学の同級生だったふたりが奏でるクラシック音楽の魅力と、それぞれの夢に迫った。

幼少期からクラシックを学び、独留学を経てプロへ

埼玉県出身の山口は、3歳からピアノを習い、12歳でチェロに転向した。曲らしい曲を弾いたのは高校2年生のころ、ハイドンの1番のコンチェルトが
最初だった。

「芸大を目指すレベルの高校生は、ロマン派のコンチェルトなどのレパートリーをいくつも持っていることが多いです。前述のハイドンなどは、小学生か中学生くらいの時に弾いているのではないでしょうか。チェロを始めた年齢自体、4〜6歳という人が多いです」。

それでも東京藝術大学音楽学部へ進んだ山口は、異質な経歴と言える。

翻って札幌出身の伏木は、多くのトッププロと同じく4歳でピアノを始めた。順調に学びを深め、高等学校卒業を期に上京。同大学同学部へ進学し
た。

同学部器楽科の入学定員は98名(※編集部注:19年11月現在)。人数が少ないため、ほぼ全員が顔見知りとなる。ふたりも、たまに話したり、互いの演奏会を聴きに行ったりする程度の間柄だった。

山口は当時を振り返り、「伏木さんは自他ともに認めるソリストでした。『アンサンブルには興味ないんだろうな』と思っていたから、彼女と一緒に弾こうなんて考えたこともなかったです」。

「たしかにあのころは、『ソロをしっかりしないとアンサンブルも上手くいかないんじゃないか』と思ってました」と頷く伏木。

彼女は2010年に第79回日本音楽コンクールにて入選、学部での成績優秀者に贈られるアリアドネ・ムジカ賞を受賞するなど、ソロのピアニストとして学内外で活躍していた。

ふたりが仲良くなったのは13年、大学卒業を期に渡独し、ベルリン芸術大学音楽学部でも同級生となったことがきっかけだった。

「偶然、同じ大学に留学して、歩いて2分くらいの距離に住んでいることがわかって。一緒にご飯を食べたり、深く語り合ったりするようになりました」。

山口の試験の伴奏を伏木に依頼する、伏木のリサイタルでのコンチェルトに山口が参加するなど、音楽面でも少しずつ繋がっていった。しかし「アンサンブルと言うより、ただ『一緒に弾いていた』だけでしたね」。

15年、同音楽学部を最優秀の成績で卒業した山口は、同大学院修士課程に進学。在ドイツ日本国大使館はじめ、ドイツ各地の演奏会や音楽祭に出演を重ねた。17年秋に活動拠点を東京に移し、現在はフリーランス奏者として、日欧を往復しながら演奏活動をしている。

一方の伏木は、修士課程を経て、現在も同大学国家演奏家資格課程に在籍中だ。「一般的な大学院の博士課程のようなものです」。

多数のソロリサイタルを開催しているほか、東京フィルハーモニー交響楽団などと共演。第63回マリアカナルス国際ピアノコンクール入賞など、多くの実績を挙げている。

「ピアニストにとって、コンクールはステップアップの一つの手段です。私にとっては『自分と向き合うきっかけ』という部分が大きいですね。本番があってこそ、自分を高められます。成長の機会として大事にしています」。

『音楽への愛』を注ぎ込む場として

ふたりがデュオで活動をするようになったのは17年のことだ。そのきっかけについて、山口はこう語る。

「互いのコンサートやコンクールなどの本番前に、予行演習として演奏を聴き合うのが習慣になっていったんです。演奏が終わると、聴いていた側は必ず感想を言うことにしていました」。

「時に白熱した議論になることもあれば、曲の素晴らしさに何時間も興奮が冷めやらず語り合うこともありました。そうするうちに、互いの価値観や方向性が似てきたんですよね。自然とデュオを組む流れになりました」。

これまでに東京で1回、ベルリンで4回の演奏会を開いているふたり。

「続けているうちに、お客さんから『デュオ名はないんですか?』と訊かれることが増えてきました。本格的に活動するためにも、名前を考えることにしました」。

「どんなテーマで名前をつけるか」「どんな響きが良いか」「どんな意味合いにすべきか」。

メッセージアプリを使って長い話し合いを重ねた結果、19年10月、ギリシャ語で『価値あるもの』を意味する『Duo Axia』に決まった。

それぞれプロの演奏家である山口と伏木。ソロでリサイタルを行ったり、各地で演奏の仕事を請け負ったりしているが、Duo Axiaでの演奏はそれらとどう違うのだろうか?

「とにかく深く曲と向き合うことを大切にしています」と山口は語る。

「今は互いの拠点が東京、ベルリンと離れているので、実際に合わせて練習できるのは、本番直前の一週間くらいしかないこともあります。それでも数か月前から、『その曲についてどう思うか』『どんなアイディアを持っているか』など、スカイプで会議をしています。インスタントではなく、じっくり練り上げた音楽を届けたいと思っています」。

伏木も「ふたりの考えを共有して、吟味しながら、よりよい音楽へ深めていっています。お互いを尊重して、どちらかの意見を押し通すことはありませ
ん」。

「学生のころはしっかりアンサンブルを練っていく時間があっても、社会に出て、プロになってからは、時間も情熱も満足にかけられないことに悩む人
が多いです」と山口は悔しさを滲ませる。

「でも、私はその場しのぎのような音楽をすることが凄く嫌なんです。もちろん私たちも忙しいけれど、できるだけ深く、音楽に、その曲に向き合いたい気持ちがあります」。

妥協も遠慮も一切なく『音楽への愛』を思う存分発揮する場として、このデュオがあるという。

さらに伏木は「デュオで弾く時は、自分が弾いてないパートも自分が弾いてるかのような感覚をもって音楽を奏でたい。一体化する感覚を大切にしています」と言う。

「一緒に弾く相手との信頼関係もすごく大事です。たとえ練習時間が十分にあっても、言いたいことを言えなかったり、思っていることが違いすぎて譲れなかったりすることもありえますから。『同じ方向を向いている』前提で演奏できる相手は貴重です」。

10年来の親友であるふたりだからこそ、奏でられる音があるのだろう。

筆者がクラシックというジャンルに対して畏敬の念を抱くのは、その厚みと重みである。一人の作曲家が生み出した楽曲を、何十年も何百年も、何千人もの演奏家が弾き続けてなお、道を究めようとする若手は後を絶たない。年端もいかない子どものころから、それらと向き合い続けるモチベーションは、どこから生まれてくるのだろうか。

伏木の答えは「やっぱり『好き』ということが一番ですね。ピアノを弾くことが好き。演奏を聴くことで元気をもらえる。だから続けています」。

今後の目標を訊ねると、「作曲家の世界観を大事にしながらも、自分しかできないような表現や音色を目指したい。自分ならではの音楽を伝えていき
たいです」。

一方の山口は「たとえばベートーベンの楽曲で、もう何年も、何度も本番を踏んでいる曲があります。プログラムに加えるたびに全力で向き合ってい
ますが、それでも毎回新しい発見があります。幾らやっても飽きることがありません。だから今日まで続いているし、100歳まで続けると思います」。

いくら平均寿命が延びた現代とはいえ、壮大な人生設計に思える。

しかし「気負っているつもりはなくて、ごく自然にでてきた夢です」と山口は笑う。

「それは、尊敬できる先輩方を知っているから。70歳、80歳になっても上り坂で、成長を続けている偉大な方々を知っているので、私もそうありたいんです。私にとってクラシックの音楽は、一生楽しめるし、一生かかっても極めきれないような道です」。

19年9月6日、ベルリンで開催された山口の生誕30年記念リサイタルでも共演したふたり。彼女たちの音楽がどこまで深化していくのか、自分の命が続く限り、見届けたいと思った。

text:Momiji

INFORMATION

2020.02.19(Wed) open 19:00 / start 19:30
Duo Axia デュオリサイタルvol.6

[会場] 渋谷ホール(渋谷区桜丘町15-17)
[出演] 伏木唯(ピアノ)、山口徳花(チェロ)
[料金] 一般¥3,500 学生¥2,000
[プログラム]
 ベートーヴェン:ピアノとチェロのためのソナタ第4番
 フランク:前奏曲、フーガと変奏曲
 ドヴォルザーク:チェロとピアノのためのロンド
 プロコフィエフ:チェロとピアノのためのソナタ
[申込方法] 件名に「2/19チケット申込」と入力の上、希望券種・枚数および氏名を「duo.axia@gmail.com」に送信

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