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【S03:COLUMN】静謐の歌姫

エリザベス・フレーザーの歌声が好きである。
その特異な、意味性を放棄したボーカルスタイル(これに関しては聴くのが早い)には現実逃避的なところがあって、音楽に人生の慰めを見出していた僕に訴えるものがあった。

後になって彼女が幼児期に虐待を受けていたこと、かつての自分と同じ立場の人間に向けて歌っているとインタビューで語るのを聞いた。悲しみと優しさが歌われていたのだと分かった。
ボーカルを務めたコクトー・ツインズ解散後、各所の客演でこそ存在感は見せたものの彼女は表舞台からフェードアウトしていく。

最近、YouTubeでサーチしていた折に、彼女と故ジェフ・バックリィのデュエットを見つけた。
『All Flowers In Time Bend Towards The Sun』と題されたそれは出色の出来だった。
2人は短い間交際していたらしい。ほどなくしてジェフは不慮の水難事故で帰らぬ人となる。
何かの事情で一度もリリースされなかった音源。冒頭には彼女の笑い声が入り込んでいる。幸せの記憶だ。

彼女が今何をしているのか気になって調べた。
コクトー・ツインズのもう一人の中心人物であり生活のパートナーでもあったロビン・ガスリーとの感情的な問題を理由に再結成を拒んだとあって得心するところがあった。
商業的な成功と距離を置き、メディアからも遠ざかり、ただ大切な相手のために歌う。
彼女にとっての歌は極私的な、生き様そのものだったのだろう。
調べる中で老齢を迎えた彼女のポートーレートを目にした。
本当に綺麗だった。

最初にその歌声に興味を持ったのは、
インターネットのどこかで「図書室で本に囲まれて聴いていたい音楽」と書かれていたからと記憶している。
ああ、その通りだなと思う。出会えたことに感謝している。

text:トマトケチャップ皇帝/This Charming Man  illustration:Kei

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