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【RS18】いつまでも「上」を目指すラッパーでありたい・くずにぼし

関東を中心に活動しているラッパー、くずにぼし。中学3年生のときにHIP-HOPに興味を持った彼は、大学進学を機に、自らもステージでラップを披露するようになった。その経緯と、今後の展望に迫った。

HIP-HOPのカルチャーに惹かれて

青森県青森市出身のくずにぼしは、子どものころ、音楽には関心がなかった。「ぶっちゃけ、今でも『音楽』ってくくられると、苦手意識がありますね。カラオケも下手だし」。

小学生のころは、陸上部に所属していた。

「運動できないけど、足だけは速いんですよ。短距離を走ってました」。

中学校では生徒会役員を務めた。

「自分で言うのもおかしいですが、俺は『ちゃんとした人』だったと思います。優等生まではいかなくても、先生からの信頼あつい感じ。あのころの知り合いや先生に『ラップをやってます』と言っても、信じてもらえないでしょうね。絶対、びっくりされます」。

そんな彼がHIP-HOPを知ったのは、中学3年生のときだ。

「YouTubeを見ていたら、Lo-fi Hip Hop(ローファイ・ヒップホップ)ってジャンルが流れたんです。カフェとかで流れているような、ゆったりした音楽なんですけど、『これにHIP-HOPって名前付くんだ』って興味を持って。お洒落だなと思って聴き始めたのが、最初でした」。

もっとも、当初は純粋なリスナーであり、たまに好きな歌詞を口ずさんだり、フレーズを書いてみたりすることはあったものの、人前でパフォーマンスをすることなど思いもしなかった。

そんな彼も高校生になり、応援団に所属したことで、自分の殻を破る。

「うちの高校の応援団は100年以上の歴史があって、式典で演武を披露したり、運動部などを応援したり、めっちゃカッコいいんです。でも俺が1年生のときは、他に誰も団員がいなくて。伝統が途絶えてしまいそうなところで、『じゃあ俺がやります』と手を挙げました」。

応援団の活動を通して、演者としての心構えが身についたと語る。

「度胸っていうか、『ステージに立ったらやるしかない』みたいな。振りを覚えきれなくて不安な時もあったけど、ステージに立ったら、堂々としているやつが最強ですから。鍛えられましたね」。

しかし、高校卒業直前に体調を崩してしまう。

「無事に回復したんですけど、大学受験のために、浪人することになりました。結果として時間ができたので、勉強の合間に、ラップを口ずさむことが増えましたね。声に出してみることで、『韻を踏んでるな』とか『ダブルミーニングになってるじゃん』とか気づけるんです」。

折しも2020年、世界がコロナ禍に突入したことも、彼にとっては福音となった。「SNSで『おうちチャレンジ』とかが流行ってたおかげで、『自分も何か録って、ネットに上げてみようかな』と思いました。ラッパーとして本格的に動いていくきっかけになりましたね」。

一年後の21年春に、千葉県の大学へ合格。「ずっと前から、漠然と『関東の大学行きたいな』と思ってました」。

実家を出て一人暮らしを始め、大学生活を送るなかで「せっかく関東へ来たのだから、ラップをやりたい」という思いが膨らんでいった。

「色々と調べていたら、高校の先輩に、ラッパーとして活動している人がいることを知りました。Dr.マキダシさんっていうんですけど、彼が主催しているイベントが、俺の初クラブでした」。

先輩の導きもあり、東京都内へ通う回数が増えた。さらに、MCバトルへの出場を経験した。

「何度かバトルに参加したおかげで、友達が増えました。でも、自分には合わなかったかな。俺は即興で相手をディスる韻を踏むとか、得意じゃないんです。ラッパーとして、MCバトルをすることにメリットがある人と、ない人がいると思います」。

もっと音楽としてのHIP-HOPを楽しみたいと考えるようになった彼は、22年1月ごろから楽曲制作に取り組み始めた。

「トラックはYouTubeのフリー音源をライセンス購入したり、誰かに作ってもらったりして、自分で書いた歌詞をのっけてます」。

22年9月3日には恵比寿BATICAで開催された『俗・びとぶれ! 2days -day1-』へ出演。10月からは、月4本ほどのペースでライブを重ねている。

「最近は、渋谷のUNDERBARさんや、YOKOHAMA COAST GARAGE+さんを中心に出させてもらってます」。

また、毎週木曜日の夜には、高田馬場駅のロータリーで「早稲田戸山サイファー」の副主催を務めている。

サイファーとは、複数人で輪を作り、即興でラップを行うことだ。

「参加条件は特になくて、飛び入りの方がほとんどです。そもそも馬場には色んな人がいるので、面白いですよ。スピーカーからトラック流してラップしてる俺らが、一番静かな集団ぐらいです」と笑う。

「クラブもそうですが、色んな人と関わるのが好きなんですよね。東京の一番の魅力かもしれません。俺は青森出身だけど、全然違う土地から来た人と音に乗ったり、みんなで同じ歌詞にくらったりするのは、他のジャンルにはないというか。HIP-HOPならではだと思いますね」。

ラッパーとして活動を続けるための地盤作り

「くずにぼし」という名前の由来はいくつかある。まずは、彼の地元である青森県の名物・煮干しラーメンだ。

「東京でも煮干しラーメンの店を開拓しているくらい、好きなんですよ。それと俺は元々、個性の強い人間じゃなかったので、煮干しの出汁くらい存在感のあるやつになりたいなって。何をやっても俺って思わせられるくらいの」。

「くず」の部分にも、過去の自分への思いが滲む。

「自分で言うのもおかしいけど、俺は『ちゃんとした側の人間』だったんです。でもHIP-HOPのカルチャーに触れて、『別にちゃんとしてなくてもいいんじゃね』と思い始めたんです」。

人間として大切な礼儀やマナーは存在するとしても、規律を守ることにこだわりすぎなくてもいいのではないかと語る。

「昔の自分の『真面目』ってイメージを払しょくしたかったのもあって、自分から『くず』って名乗ってみました」。

さらに、ラッパーの名前には、あえてネガティブな単語を使う文化がある。

「たとえば海外では『Lil(リル)なんとか』って名前が多いんです。『ちっちゃいけどイカレてるぜ』みたいな、逆の意味で使ってるんですよ。それを日本語で表現するなら『くず』かなって」。

そんな彼が歌うのは、等身大な自分の思いだ。

「『ラップにありがちな歌詞』じゃなくて、あくまでも自分の目線でやりたいですね。俺にしか書けない言葉を書けたときが嬉しいです」。

ブログやSNSで文章を紡ぐのとは、まったく違う快感があるという。

「結局、俺にとってはラップが、自分を表現しやすい方法なんでしょうね。自分がどんなやつで、最近何を思ってて、何が好きで、みたいなことしか歌ってません」。

現在、ライブで毎回歌っている楽曲の一つが『SIGNe(サイン)』だ。

「一言でいうと、自分が上京してからの一年間をぎゅっと凝縮した曲です。田舎者から見たキラキラした東京とか、クラブシーンとか、一人暮らしの生活とか。綺麗なもの、汚いもの、ぜんぶが刺激的で『東京』だなって思いを込めました」。

くずにぼしにとって、ラップの魅力とは何なのだろうか。

「他のジャンル、たとえばJ-POPと比べて思うのは、ラップって共感を求めてはいないんですよね。『俺は特別な人間で、お前らとは全然違うんだ』って、自分の好きなものや人生をひたすら歌う。それなのに、聴いている側が勝手に何かを受け取って、刺さっちゃうのがアツいんですよ」。

たしかに編者は、よくJ-POP系の弾き語りアーティストに取材をするが、「多くの人に共感してもらえる曲を書きたい」「聴いてくれる方に寄り添って歌いたい」という言葉を聞くことが多い。くずにぼしの語るHIP-HOPのカルチャーは、明らかに種類が違う。

彼は熱を込めて続けた。

「俺だって、普通の家に生まれ育って、特に中学生まではいたって平凡な人生を送ってました。なのに、アウトローに生きてきたラッパーのラップに喰らうことがある。それが衝撃と言うか、面白いんです」。

HIP-HOPには、生まれや育ちを超えて、人の心を動かす何かがあるのかもしれない。

ラッパーとして活動を始めたばかりの彼に、これからの展望を聞いてみた。

「まずは今できている曲が7~8曲あるので、ちゃんとレコーディングしたいです。今年中には、配信なり、CDを作るなりして、世の中に出そうと思っています」。

長く活動を続けていくためにも、自分の名刺代わりとなる作品を制作することが重要だと考えている。

「俺は大学を卒業したら、就職して社会人になるつもりです。だからこそ、学生のうちに、働きながら音楽を続けていけるような地盤を作りたいですね」。

彼がこのように考え始めたのは、尊敬する先輩の影響が大きい。

「俺が一番お世話になってるDr.マキダシさんは、精神科医として働きながら、ラッパーや怪談師としても活動してます。彼の『上を目指し続ける姿勢』は本当にカッコいいですし、俺も、社会人になってからが本番かなって」。

5年後、10年後の自分はどうなっていると思いますか?と聞いてみた。

「ラッパーとしては『武道館に立ちたい』とか言えたらいいんでしょうけど、自分はそういうタイプじゃありません。でも、停滞はしたくないですね。どこまでも貪欲に、成長し続けたいです」。

安定した毎日ではなく、変化を追い求めていたいと語る。

「HIP-HOPって、良くも悪くも『みんなでパーティする』文化でもあります。定期的に呼んでもらえるイベントがあって、いつもの仲いいメンツでラップするのも正解というか、終着点の一つです。でも俺は、ホームに安住する側ではないなと、最近特に思っています。まだまだ色んな景色が見たい。できればライブをするたびに、どんどん上の、でかいステージに立っていきたいですね」。

彼がどんな道を歩んでいくのか、楽しみだ。

text:Momiji

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ほぼ毎週、渋谷・横浜のクラブを中心にライブ出演中!

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また、2023年中に、CDおよびグッズを制作予定。乞うご期待!

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