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ロストインタビュー02:マーシャル・アート

石田憲一
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<マーシャル・アート>
●「マーシャル・アート」という語をあえて使うということは、マーシャル・アーツとは似て異なものだというメッセージが込められているように思える。だから独自概念であると考えていい。
●アクションと武術が非分離だからこそ、双方からの解釈が可能となる。
●「役者として、武道家として、人間として学んだものは、全て武道から学んだもの」この武道家と武道は同じではない。(=武道家が武道から学ぶのは当たり前)
ということは武道家の武道と、武道=マーシャル・アートとの間にズレがあるから、あえてこのような言い方をしている。武道家としてもマーシャル・アートから学んだ、ということ。
●すなわち、マーシャル・アートは、マーシャル・アーツを含む概念であり、その差分とはアート=表現・クリエイティビティーの発揮なのではないか。
●さらに踏み込むなら、闘いを表現すること=マーシャル・アートであり、その二つの側面の一方が独自流派創出としてのJKD、もう一方が映画における格闘創作としてのアクションだったと考えられる。
●彼にとって既存の武術とは研究対象としての素材であり、その素材から生み出したリアル武術がJKDで、架空の格闘がアクション表現であったのではないか。

そんなことを話しています。

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