[連載小説] オオカミは もうそこまで来ている #8 南海トラフの足音 しおさいと海風
夏美は、たったひとつの希望の星「耐震等級3」を追いかけて先へ進む事にした。
だけど
2000年耐震基準は
震度7に一度だけ耐え 命を守っても
その後の余震で倒れる!
住み続ける事を 前提にしていない
この重大な事実を、あいまいにされていた事への怒りは収まらない。
まずは気分転換が必要だ。
そこで、小さなポーチと車のキーを手に部屋を出ると
調理場の母さんに声をかけて、淡いブルーの愛車に乗り込んだ。
専門学校を卒業した今年の春、バイト代と父さんのカンパで買った中古車だ。
海岸沿いの国道を少し走って、山側のゆるやかなわき道を登ると
お気に入りの「しおさいカフェ」の看板が見えてきた。
ドアを開けると、ガラスのウィンドチャイムが軽やかな音を立てる。
「あらっ なっちゃん いらっしゃい! 久しぶりね」
黒いエプロンをキュッとしめたオーナーがカウンターから声をかけた。
髪に巻いた赤いバンダナがアクセントになっている。
お揃いの赤い首輪を付けた黒ネコのノワールが、しっぽを揺らしてすり寄って来た。腰をかがめて黒ネコのあたまをちょいちょいと撫でながら
「ちょっと いろいろ立て込んじゃって。今日は息抜き」
「じゃ、いつものでいいの?」
「ええ お願い」
夏美は、お気に入りのテラスの席に腰を下ろした。
はるか遠くに熊野灘が広がり、入江には小舟が浮かんでいる。
「はい お待たせ どうぞ」
やがて、琥珀色のアイスティーと レモンケーキが運ばれてきた。
仕事の合間をぬって、父さんに頼まれたことを調べ、要点をまとめるのは楽ではなかった。おまけに調査結果はうれしいものじゃない。
疲れた夏美は、今はただ 冷たいアイスティーを手に 風に吹かれていたかった。