あなたの家のミイラ

「どしたの、それ。」

後輩が眼帯をつけてきた。

「兄貴と喧嘩したっす。」
「えー。大丈夫なの?目」
そう聞くと、後輩は、眼帯を取って見せてくれた。
目が真っ赤っ赤。周りが青いアザになってる。
「痛いす。」
「だろうね。眼医者行った?」
「いや、俺が言ってるのは、心の方す。心が痛いんすよ、はぁ。」
「…今日、仕事終わったらご飯でも行くか?」

そんなわけで、焼き鳥屋。
んで?心が痛いのってのは、なんでよ?
「いやー、これ、他の人には言わないで下さいね。」
何かやばい事?犯罪系?
「違うす。兄貴、ちょー変わってんすよ。人嫌いで引きこもりで。仕事もしてないんす。家でダラダラすんのが好きだからって。今だに、親に小遣いもらってるんすよ。んで、菓子買ってビール飲んで、太ってんす。俺は、そんな奴が兄弟だと知られたくない!」
ふーん。人嫌いねぇ。でも、そうできる環境があって、兄貴としては、ラッキーてな感じなの?それとも、これじゃ良くないって自覚あんの?
「自覚なんてないす!ないす!父ちゃんと母ちゃんも悪いんすよ。兄貴が怒ると、何しでかすか怖い、とか言って、言う事聞いて…あぁ、もう!」
あ、すいません、生中もう一杯。…怖いって、暴力とか?
「いや、あいつは証拠に残ることはしません。悪魔っすよ。口が立つ!むかーしの事もずーっと覚えてて、親のせいだのなんだのとまくし立てるんす!結局みんな、あいつに丸め込まれるんすよ。」
あんたも大変ねぇ。ほら、ビール来たから飲みなよ。人嫌いなら、一人で生きて行けば、せいせいするのにね。
「そこっすよ!俺も言ったんすよ。働いて家出て、好きに暮らしてろよ、父ちゃん母ちゃんを苦しめんな!って。」
ふんふん。あ、砂肝一本下さーい。そんで?
「働くなんて絶対や嫌だ、と。俺は、働いてる奴みんな、ざまあみろ!と思ってる、と。そこで俺が、このクズ野郎!とキレて殴り合いに発展すよ。」
なるほど。
「俺はいーんす。家出ちゃってるから。父ちゃんと母ちゃんが気の毒で…。それで心が痛いんす。」

その夜は、焼き鳥屋をゴチして解散した。
私は、座れなかった電車で、ケータイもいじらずに、窓の外を見ていた。

"どの家庭も、押し入れにミイラを一体隠してる"って、昔どっかで聞いた。
ここから見える、ひしめき合ってる家の一つ一つに、ミイラはいるのかな。

問題のない家庭なんかないってことか。
みんな言わないけど。

それにしても。

働いてる奴ざまあみろ、か。
働く楽しさ、知らないんだろーな。
自分で働いたお金で暮らすの、楽しーぜ。
今日も焼き鳥美味かったし。安いけど、ゴチできて良かったしさ。

嫌な事もあるけれど、人と接しないで籠もってるなんて、私は嫌だ。
つまんねーよ、そんなの。

私は、ミイラには、なりたくない。






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