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【書評】細谷功「「具体⇄抽象」トレーニング」

概要


著者は、東芝でキャリアを始め、その後、コンサルファームを渡り歩き、独立。数多くの著作がある。

 著者は、知識や教養があると思われる人でも要点を得ない単調な説明や、SNSにおける結論に至らない論争は、具体と抽象を行き来するという視点が足りないのではないかという問題意識を持っている。 
 この本は、簡単な演習問題も織り交ぜながら、プロジェクトを進める過程において、具体と抽象をどのように使いこなしていくべきかについて分かりやすく解説している。また、仕事以外の日常的なコミュニケーションのシーン等においても、具体と抽象を行き来することの有用性を説明している。
 なお、著者によると、具体の性質は、個別、特殊、五感で感じられる実体、個々の属性(形、色、大きさ等)であり、抽象の性質は、集合、一般、五感で感じられない概念、二者以上の関係性、構造である(64頁)とのこと。

 第1章は、「持ち家vs賃貸」論争といった卑近な例を通じて、具体と抽象の重要性について説明している。
 第2章は、具体と抽象の内容について、複数の視点から説明している。
 第3章は、抽象化のプロセスについて、「都合の良いように切り取ること」「捨てること」「言語化・図解すること」など、様々な角度から説明している。
 第4章は、具体化のプロセスについて、「自由度を下げること」「違いを明確にすること」「数字と固有名詞にすること」など、様々な角度から説明している。
 第5章は、プロジェクトの進展やコミュニケーションギャップの解消等のために、いかに具体と抽象の行き来が有用かを説明している。
 第6章は、言葉とアナロジーを用いた抽象化の応用方法を説明している。
 第7章は、具体と抽象を用いる際の注意点(コツ)を説明している。

感想

〇「各個人にとって自分が下した意思決定を行動に移す場面においては、「全て正解」だと思いこんで実行に移すことが重要です」(11頁)
 具体と抽象の行き来を通じて得た結論を実行するときのアドバイスですので、「はじめに」ではなく、「おわりに」に記載してもよかったように思います。著者がコンサルであり、クライアントの実行にまで責任を負わないことから、実行力についてはあまり関心がないということでしょうか。記載される場所は気になりましたが、おっしゃることはごもっとも。

〇「安定期の具体、変革期の抽象」(56頁)
 新しいことを始めるために、全くゼロから発想することを求めているのではないです。私のような凡人は特にそれのような器用な思考はできません。参考になるのは、他業種の成功事例やビジネスモデル。他の事例との具体的な類似点を探すのではなく、もう一つ上のレベルで共通項を探すことで、実際のアクションの指針をより強固にすることができる、と著者は考えているような気がしました。
 著者は、抽象的に考えることの重要性を強調する半面、従来の日本の義務教育における詰め込みを否定するスタンスを取っておりますが、抽象的な思考をより実りの多いものにするためには、具体例のインプットが必須だと思います。発想の勝負と思われがちなクリエイターもインプット(=努力)の重要性を強調しています。以下の本が参考になります。

 要は具体的な知識、抽象的な思考、両方必要なんですよね。

〇「「時と場合によって」抽象化の方向性は異なります。要は、同じ一つのものでも抽象化する方向性は一通りではなく、複数通りあるということです。いま「時と場合によって」と表現しましたが、それは「目的による」ということです(76頁)
 著者は、具体例として、上司が部下に投げかける言葉の代表例である「枝葉に気を取られないで幹を見なさい」という表現をあげております(79頁)。そもそもやろうとしている対象業務の目的が共有しないと、上司と部下が考える幹が(目的の相違によって)異なる場合があるのです。

〇「戦略的な思考に抽象化の視点が不可欠であることを示しています。戦略的に考えるための重要な視点が「優先順位をつけること」であり、それを基にして、「捨てる」ことだからです(86頁)。
 歳を重ねると、守るものも増え、全てを満足にこなすことが不可能であることを悟ります。大事なことだけに時間を費やすこと。一つ一つの具体的なアクションは、何を達成するために行っているのか。その目的と関係が薄いアクションは、大胆に捨てていく必要があるのでしょう。本書では抽象的な考え方が必要な理由を複数あげていますが、上記はとても刺さる内容でした。無駄なことをするな、と主張するビジネス書は数多ありますが、無駄なことを決める指針について説得的に説明する本は少ないように思います。

〇「「写実的な絵」が具体の代表とすれば、「単純化された図」が抽象の代表ということになります(103頁)。
 少しググってみると、絵画の世界は写実主義が先行し、その後、大戦等をきっかけに抽象画が勃興したようですが(間違いでしたらすみません)、抽象画がより深い思考を要求されることを踏まえると、そのような流れは納得できるものです。抽象画も変遷があると思いますが、どのような発想で何を抽象化したのか。歴史的な背景も踏まえて勉強すれば、アートの理解が進むように思います。そのような視点で整理された美術史の本ないかな。

〇「抽象度の高い全体の設計は一人でやることが本来は好ましいのです。多数の人間が集まれば集まるほど「各自の特殊性が強調されたボトムアップの将来像」ができあがります。「そうは言っても、一人でそんなことができるスーパーマンはないから、ワーキンググループを発足し、全員の意見を聞く」という言い分もあるかもしれませんが(中略)そもそも、一人で設計しようという思想そのものがないから、そういう人材が不足していることが顕在化せず」(139頁)
 組織のトップの重要性を改めて感じます。自ら絵を描き、自分で実行するとスケールアップしないのも納得です。抽象度の高い思考に時間が取れないと、組織が大きくなっていかないんでしょうね。一般的なサラリーマンの視点からいえば、マネージャーとプレイヤーの違いです。

〇「要は「本質という言葉の本質」は、「自分にとって都合が良い性質を抜き出したもの」であると言えるでしょう(163頁)。
 耳が痛いですね。一人で色々考えているだけだと、自分勝手な本質を掲げて終わり。自分の考え正しいか、なるべく早い段階で、小さなアクションを取り、批判的に検証することが必須だと思います。全て正解だと思い込む、と矛盾するように思いますが、自分の抜き出しが適当か否かについては、熱いハートを持ちながらもクールな頭で検討する必要があるのだと思いました。

 マイペースに更新していきます。


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