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深センを体験して香港を思う

私は香港が好きだ。

叔母が長く住んでいたこと、夫の新卒時赴任地が香港、というめぐり合わせに縁を感じるなか、何年か前にはじめて香港に行って以来、この街が好きになった。今回は香港と深センを旅したことで、より香港の魅力を発見できた気がするので、それを共有しようと思う。「街に惚れる」とは?

6年ぶりの香港。まずはつらつらと感じたことを書いてみる。

現金が無いと何も出来ない。交通系ICカード「オクトパス」も現金チャージのみ。大型店はクレカやオクトパスが使えるが、個店は現金オンリー。結論、現金無いと電車にも乗れない。各駅に設置された銀行ATMはどこも列をなしている。みんな現金を下ろしている。1997年、世界一早く交通系ICカード(オクトパス(NFC))を導入したのに、そこで止まっている

次に食文化の変化。飲茶のお店は8割が65歳以上。若い人は飲茶食べなくなったの?以前よく見かけた‘大家族で飲茶’の光景を見かけなかった。雲呑麺屋さんも減った気がする。逆にパン屋さんが増加。朝食を提供するお店では、だいたいお粥の他にトーストセットがあり、半分以上の人がトーストセットを食べている。オシャレなコーヒーショップも増えた。香港人はお茶をよく好み、コーヒーはあまり飲まない傾向だったような気がするのだけど。

ふと気づいて驚いたのが、街がきれいになっていた。とくに都市部は道端にゴミが無くなっていた。まちのゴミ箱も活用されている。以前はポイポイ捨ててませんでしたっけ。

老若男女スニーカーを履いている。以前は女性はサンダルのようなものを履いている人も多かった。そしてこの国もリュック率が高くなっている。通勤の人だけでなく日常プライベートもリュック。

そして忘れてはいけないのが、相変わらず早いエスカレーター。香港人のプライドを感じる、あの早さ。「どや、香港人はこのスピードで歩きこなすのだよ」といわんばかりのこだわり。じいさんもばあさんも乗りこなす。

以上。変わらないところ、変わりつつあるところがあった。決済やエスカレーターのようなインフラ部分は、サービスの根幹や行政、都市計画に大きく影響するので、過去の成功体験や慣習が邪魔するところが大きい。食文化やファッションは世代の移り変わりによってクルクルと変化していく

今回、日帰りで深センに行ってきた。香港島からバスで約30分程度。深センで感じたことをつらつらと書いてみる。

まず、AlipayかWechat payが無いと何も出来ない。地下鉄もAlipayかWechatで払える。飲食店の注文もAlipayかWechatでメニュー確認してアプリからオーダーするのがスタンダード。《オーダー → 配膳(上げ)→ 配膳(下げ)→ 決済》のオペレーションのうち、フロア店員さんの仕事は配膳だけ。現金でオーダーしようとしたら、店員さんが大勢出てきて、1台しかないiPadを出してきて、これで注文してくれとプチ大騒ぎになった。すいませんペコリ。なにかあったら困ると思って換金しておいた現金は、全くもって無駄、逆に持って使おうとしたことで騒ぎになっちゃったよ。

次に20代~30代が大勢いる。じいさんばあさんを見かけない。30年前は30万人だった人口が今は1400万人と爆増。深センはテンセント(Wechat), 中国平安保険、ファーウェイ、DJI、ZTEなど新進気鋭のテクノロジー集団が本社を構える。結果、優秀な人材が集まる。20代~30代を中心とした新しい街づくりがされているから、サービスや都市計画におけるリテラシーギャップが少ない。反対勢力がいない。モバイルオーダーもスタンダードになるわけだ。

食品の信頼強化が目立っていた。スーパーでは産地や製造加工工程がわかりやすく動画等で掲出されていた。商品パッケージもクリーンなイメージ。鮮魚コーナーでは、魚がQRコードを咥えていた。このQRコードを読み取るとどのような工程でこのスーパーの鮮魚コーナーの水槽にたどり着いたかがわかる。

深センのトイレは綺麗だった。古い建物の場合は、まだアレな感じも残っていたけれど、新しい建物の場合は内装にもこだわりがあり、臭いもしない。ん、ここは中国じゃないのかもしれない。いや、中国だけど。

とにかく広くて、人も街も新しい深セン。街全体が見本市。見本市でリアル体験ができるから、そりゃ楽しくてワクワクする。だけど、人が紡いできた歴史がまだ浅いからか、「移住のまち」というよりは「出稼ぎのまち」に見えた。この街の何十年後はどうなっているのだろう。

戻って香港。深センからバスで30分ほどの距離で、香港ー深センを行き来する人も多いけれど、いまだ現金主義。スマートシティとはほど遠い。隣接していても、人が行き来していても、それが超絶便利でクールだったとしても、影響を与えない鉄壁があるみたい。これは日本にも言えること。

ここまで読むと、「これでなぜ香港が好きなの?文脈意味不明」と思われるかもしれない。

まちは人が紡ぐ。

なぜなら、香港は人の匂いがするから。現金主義なのも、エスカレーターがやたら早いのも、最近朝食にパンを食べ始めたり、街がきれいになってきたりするのも、それって全部、住む人たちの意思・行動が感じられるから。愛を感じる。香港を紡いできた、香港に住む人、関わる人、私の叔母や、私の夫にとっての特別な場所(まさに「特別区」)として。

変えるべきところは、そのまちを愛している人同士で、話し合うのがいい。価値観が同じなのだから、それがいちばんの近道。そして魅力の連鎖によって、まちを愛する人がもっと集まればよい。

さらに100年時代に向けて、隣接する香港と深センの人たちが国政、社会主義、民族の様々を飛び越えて、組み込みあうことができたら素晴らしいと思う。重たい歴史を変えられるのは、価値観。すでに文化や芸術はすでに、自由交易な状態になっている。

最近、若い世代がつくる香港ブランドも立ち上がってきているよう。従来の大型資本による金融や通信、観光じゃなく、個による社会的意義のある事業。ゲームチェンジを起こす事業。こういう活動に触れるとワクワクする。

私も香港を話し合える一人になれたらいいなと思う。

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